帝国史概略
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俺の名前はかつて、陵蘭恭弥だった。
今はアレクシオス・セルジュークと名乗っている。
別に不思議な話じゃない、単なる異世界転生だ。前世の記憶持ち、というのは少し特殊だろうけれど。
前世の俺は、平均的な日本の家庭に生まれ、平均的な容貌に歴史科目以外は平均以下の成績。無難な運動神経を持つ、オシャンティとは程遠い男子高校生だった。
ゆえに女子からモテたことなど無く、だから女子とは遠くから鑑賞する対象だと考えていた。もちろんそれは、今も同じだが。
もっとも、俺には親友が二人いた。彼等は共に、随分とモテていたな。
一人は南槐。剣道と空手の有段者で、どちらの大会に出ても全国優勝という化け物だ。しかもイケメンという許せない存在だったが、いじめっ子の魔の手から俺を救ってくれて以来、何故か仲良しだった。最強のボディガードと俺が思っていたことは、絶対に内緒だ。
とはいえヤツは強さにしか興味がなく、自分がモテている事に関してまったく無関心だった。
むしろヤツは俺としか一緒にいなかったから、ホ〇との噂まで立ち上った。もしもヤツが本当に〇モだったなら、俺のお尻はたいへんな目にあっていたのだろうか……。
もう一人の親友は、楓川みたび。学年どころか全国でもトップクラスの成績で、父親も母親も医師という医療系サラブレッドだ。
しかし彼は何をどう拗らせたのか、死体愛好家の側面を持っていた。夜な夜なネットで死体の写真を探したり、父親の経営する病院の霊安室に忍び込むなど、将来を嘱望されつつも、マッドな方向に行きかねない危険性も孕んでいた。
もっとも彼の容姿は美貌を通り越すほど美しく、誰もが女性と見間違えてしまうほどのもの。性格がどうあれ、これまたモテないはずがなかった。
そんなみたびが俺と仲良くしてくれた理由は「恭弥の内臓、綺麗っぽいから」とのことだった。
あれ、もしかして俺、殺される可能性があったのだろうか……。
ちなみにアレクシオス・セルジュークとなった俺は、容姿と肉体で平均以上のスペックを得た。これは前世が余りにも恵まれなかった故の特典だと思いたい。
しかしながら、他はあらゆる点がハードモードになっている。いくら肉体と容姿のスペックが上がっても、孤児院からの徴兵ルートでは、いかなる幸せも掴めそうになかった。
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流れ星が近づく夢を、今でも見る。
それはあの日、俺達三人が――実際は日本人の全てかもしれないけれど――死んだ日の光景だ。
もっとも俺が覚えているのは、流れ星が太陽くらいの大きさになって落ちて来るところまで。
あれは俺が楓川みたびと南槐の二人と共に、学校から駅へと向かう途中のことだった。
夕暮れ時で日が落ちかけている時間、暗くなった空が急に明るくなったのだ。大きな流れ星だと、最初は皆ではしゃいでいた。しかしすぐに街の人々も騒然としはじめ、俺達も焦った。
といっても、そんな時間は一瞬で、すぐに人々の夢や希望を絶望に変えた隕石は、轟音と共に地上へと激突した。
俺は、まあいい――と思った。別に将来やりたいことがある訳じゃない。このまま生きていても、普通に大学へ行き、就職して働き、時期がきたら死ぬだけだ。
結婚とかは、出来る気がしない。しいて言うなら世界史が好きだった。哲学もだ。だけど一番好きだったのは、百合だった。
どうして動物は、男女でしか子供を作れないのだろう?
世界が女の子だけなら、すごく平和なのに、と俺は思っていた。
あるいはあらゆる並列世界を探せば、その何処かには、俺の望む桃源郷があるかもしれない。ならば、そこで観葉植物にでもなるのが俺の理想だった。
だから死ぬと思った瞬間、百合っぷるの側で彼女達を見守る観葉植物になりたい――と願った。
しかし叶わなかった。当然だ。観葉植物になっていれば、言語がない。ということは、こうして思考することも出来ないのだから。
つまり俺は、再び人間になったのだ。
再び生まれてみれば、千年帝国と呼ばれる国の末端の家。幸い父親は騎士の爵位を持っていたから、俺も将来は騎士になって、軍に入って百人隊長くらいにはなるんだろう――と思っていた。
そんな矢先に父親が戦死。母親は生活が出来ないからと、どこかの伯爵の妾になった。
こうして俺は、あっさりと捨てられた。そして教会に預けられ、文武、魔法を学ぶ事となる。ときに六歳だった。
とはいえ前世すべてが平均以下で、歴史科目のみ異常な高得点をたたき出していた俺だ。文はともかく、武と魔法はお世辞にも上手く学べていた、とは言えない。
それでも、幸いなことに新たな世界で手に入れた身体は頑健だった。お陰で教会において剣術はトップ。魔法も、ちょっとした回復が出来る程度にはなっている。
だからなのか、十六歳になる春。晴れて俺は、帝国軍から徴兵される事となった。
所属は第六軍団所属第一〇九軽歩兵団。はっきりいって孤児や解放奴隷で構成された、使い捨て部隊である。
軍には需要があった。隣国との戦争が三百年も続いているのだ、当然である。
もともと帝国は東西で一つだったのだが、五百年前に分断。理由は当時、広大になり過ぎた帝国領土を管理するため、東を正帝、西を副帝と分けて統治していたことによる。
とはいえ、その後二百年の間は何事も無かった。互いに貴重な貿易相手となったし、北には魔族という共通の敵がいたから。
だが今から三百年前、決定的な事態が起きる。
魔族と人が住まう土地の間には巨大な山脈が東西に走り、その中央にしか通行可能な場所が無い。真ん中を南北に貫く回廊は、そのまま海へと至るのだ。そして海が、東西の帝国を分けていた。
つまり魔族の国と東西帝国が唯一国境を接する点こそ、その回廊――モンテフェラートである。
人族にとって魔族の武力――というより魔力は脅威だった。
だから人々は幾度もモンテフェラートに要塞を築き、魔族に備えていたのだ。
結果として西は西、東は東で要塞を築き回廊を塞いでいた。そして西に魔族が侵攻すれば東から軍を出し、それを挟撃する。逆の場合は西が、といった具合に。
だから蜜月とまでは言わないまでも、魔族という共通の敵の為、東西の人々は手を取り合わざるを得なかったのだ。
けれどある日、魔族が突如として回廊のど真ん中に巨大な要塞を建設した。というより、空間転移で強引に持ってきたのだろう。そうでなければ一日で巨大な、魔導兵器を有する要塞なんて作れるはずが無い。
そしてそれは魔族曰く、難攻不落の城だったらしい。
しかしその要塞、実際には難攻不落ではなかった。これが問題だったのだ。
いや、凡人相手ならば難攻不落を何十年、何百年も保てたかもしれない。
しかし時の西の皇帝ジュリアスは、戦争の天才だった。だからこの要塞を陥落させてしまったのだ。
結果、西側の力は増大。魔族は自分たちの持ってきた要塞を突破出来ず、東の帝国であるこちら側も侵攻出来ない。
こうして西側の帝国が国力を増大させて、魔族の国と東の帝国の双方に侵攻した。そして領土を徐々に拡大し、今や東の帝国領は、その一部が奪われて久しいのだ。
だからこそ東の帝国たる我がアルカディウスは領土を奪回すべく、常時兵力の増強に努めている。
とはいえ三百年間で今まで、難攻不落と謳われるモンテフェラート要塞を陥落させた者は帝国に存在しない。
つまり失った領土の奪回任務ならばまだしも、要塞攻略戦となれば我が帝国は全戦全敗を喫しているのだった。
もっとも、だからといって西の帝国が常に安泰であった訳でもない。
ジュリアスから五代を数えた後、難攻不落を本来の意味で発揮し始めたモンテフェラート要塞のお陰で、外敵の脅威を失った西の帝国は急速に内部が腐敗していった。その結果、民衆が蜂起し革命が起こり、今や開明的な民主国家となっているのだ。
こうしうて東西に分かれたアルカディウス帝国の片割れがラヴェンナ共和国となり、一方は教会の正当性を奪い取り、神聖アルカディウス帝国と名乗るに至ったのである。
――まあ、元日本人の俺としてはラヴェンナで生まれた方が良かったな、と思わなくもなかったが……今更どうしようもない、といったところだ。