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騎兵二人

 ◆


「フヒ、フヒヒヒ……」


 壁ドンされたままのディアナが、小さく笑っていた。


「何がおかしいの?」


 眉根を寄せるミネルヴァが、期待通り顎クイをする。いいぞ、もっとやれ。


「だって、すごく美人だから。フヒ……」


「貴女のような美女に言われても、嫌味としか思えないわね」


 ディアナが手を伸ばし、ミネルヴァの胸を触る。そのまま腹部、腰へと指を滑らせ、三日月形の笑みを浮かべていた。

 

「フヒ、フヒヒ、どうして胸を締め付けるようなことを? うわぁ、スタイルいいね……」


「男のフリをして学院に入ったからよ、いけない?」


 自分に触れる手を払いのけ、ミネルヴァがピシャリと言った。ディアナは気にする風でもなく、見解を述べ続けている。


「うん、うん。男だとしても、ものすごく美形だね。だけど――キミの心は歪んでいるようだ。中身が少し、美しくないような気がするよ」


「心の歪みなんて、貴女に指摘されたくないわね。アレクシオスに命を賭けるようなことをさせておいて、自分はのうのうと死体を開けている貴女なんかに」


「のうのうと? ボクは魔術師である前に、医師だ。そうである以上、沢山の病気や怪我を見なければならない。その結果として行き着くのが、数多の死体というだけのこと。死者は語るよ――多くのことを。だからボクはそれに応えるんだ、同じ症例で死ぬ人を少しでも減らすことで――それよりアレクが命を賭けるって、どういうこと?」


 おお、これは変態美女対決だろうか? 見つめ合う二人の真ん中で、黒い百合が咲いているようだ。

 しかし、これ以上見ている訳にはいかない、ミネルヴァのおしゃべりが過ぎる。


「二人とも、喧嘩しないでくれ。出来ればそのまま抱き合って、仲直りをしてくれればとても嬉しい」


 ディアナは頬を赤くして、そそくさとその場を離れた。


「あ、ごめん。ボクとしたことが、生きてる女の人をこんなに触っちゃったよ」


 ミネルヴァは溜め息をつき、腰に手を当てている。


「別に、好きでこんな事をしていたんじゃないわ。私が好きなのは男性。どうして発育不全な胸の女と、抱き合い続けなきゃいけないのかしら?」


「む……ボクの胸、そんなに小さい?」


「ガブリエラに比べれば凄く。私と比べても少し小さいわ」


「この位が丁度いいんだよ! ほらアレク、触ってみて!」


「何を言ってるの? 丁度いいのは私の方よ! アレクシオスさま! 触って!」


 やめろ、二人とも。俺を左右から挟むな。台の上の死体が恨めしそうにこっちを見ている。

 ましてや俺は百合っぷるが見たいんだ。なのに女子達の真ん中に入るなど、言語道断。

 目から水が溢れる。二人とも、俺の言うことを聞いてくれない。しょっぱい涙が頬を伝った。


「お、おっぱいは、おっぱいとしか仲良くしちゃいけないんだぞぅ……」


「……えと、ごめん、アレク。もうおっぱいの件はいいからさ、命を賭けるってどういうこと? その人の言っている意味が分からないんだけど」


 寝癖だろうか、少し跳ねた黒髪を指で触りながらディアナが言った。


「あー……大した事じゃない」


「アレクシオスさま。大した事じゃない、ということはないでしょう? 帝国と教会を手玉にとって、この子の自由を勝ち取ることは」


 腕組みをして、ミネルヴァが俺を睨む。

 ディアナは困ったように頭を掻いている。


「はぁ……そんなことだろうと思った。どうせ父上にでも頼まれたんでしょ? あの人、アレクのことを褒めていたから。弱冠十六歳で、あのガイナスを退けた男がいる! ってさ。 だけどね、ことは軍事的な問題とは異なっている。いくらキミが有能でも、帝都に巣食う闇はあまりに深い。だからボクから学べることを学んだら、さっさと自分の居場所へ帰るべきだよ。命が惜しければね」


「それで、ディアナはどうするんだ?」


「少なくともここに居れば、殺される心配はないだろうね」


「ウルバヌス・ランスが学長である限り……だろ」


「別に学長と一蓮托生って訳でもないけど……」


 顔を横に背けたディアナは、少し悔しそうだ。反論できないのだろう。


「ディアナ・カミル。貴女、少しは素直になりなさいな」


 部屋の中を歩き、棚の上に乗った頭蓋骨を指で弾きながらミネルヴァが言う。「それにしても悪趣味だわ、ホント」


「ボクはいつだって素直だよ。フヒ……」


「嘘ね。貴女がアレクシオスさまに向けた笑顔……あれは何だったの? まるで長年連れ添った夫婦みたいだったじゃない? 間に入る余地が、まるで無いんだもの! だから私は頭にきたのよ。私という肉奴隷がありながら……って!」


「そりゃあ、ボクとアレクの間に入るのは無理だと思うよ。だって……」


「だって何よ!?」


 ディアナに詰め寄るミネルヴァの手を掴み引き離そうとしてみるも、見事に手首を捻られてしまった。痛い。


「ちょっと待って、ミネルヴァは一旦落ち着いて……俺の考えが正しければ、ディアナはやっぱり……いてっ」


「ほら、そうやって彼女を庇うっ! まるで相思相愛じゃない! ガブリエラにとられるなら仕方がないと思うわよ、私だって! でもね、昨日今日会ったばかりの小娘に――いくら美人だからって私が負けるっていうの!? 納得できる訳がないじゃないっ!」


「ん? でも――ええと、キミはアレクの肉奴隷なんでしょ――……ちょっと待って!? にく……どれい……だって!? それって……恭弥……この人とえっちをしたってこと……?」


 あれ? ディアナが目に涙を溜めて、俺の胸ぐらを掴んできた。ポカポカとグーで殴ってくる。でも全然痛く無い。てゆーか今コイツ、恭弥って呼んだよな?


 ミネルヴァが胸を張り、これでもかとばかりにディアナを見下している。


「ええ、そうよ! 私はアレクシオスさまの肉奴隷! だから毎日激しいのよっ! あはははは! ざまぁ!」


 いや、ミネルヴァ。嘘を吐くな。


「うわぁぁぁん! ボクなんか童貞のまま死んだんだからなぁ! 気付いたら女だし、前世、かっこつけてないで遊んでおけば良かった! うわぁぁぁん! それなのにずるいぞぉ、こんな美人とえっちするなんてぇぇ! 恭弥のバカァァッ!」


 真に受けるなよ、ディアナ。


 ……でも今、完全にディアナが白状した。こんなことで良かったのか、コイツは。

 それから抱きつき、涙と鼻水を俺の衣服に拭い付ける。それでも美人過ぎるほど美人なのだから、恐ろしい。


 一方ミネルヴァは、勝ち誇ったように高笑いをしていた。


「あーっはっはっは! そう、毎日激しく……掃除をしているのよ、私! だって、肉奴隷なのだから!」


 うん、ミネルヴァも嘘は付いていなかった。


 ◆◆


 午前中いっぱいを室内の掃除に費やし、俺達は食堂へ向かった。ミネルヴァの特技が掃除と認識された為だ。

「見せてもらおうか、アレクシオスの肉奴隷の性能とやらを」なんてことをディアナが言い出し、「図ったな、ディアナ!」とミネルヴァが応えたせいだ。

 俺は「坊やだからさ」と言っておいた。元ネタは、誰も知らない。


 食堂は別にあり、図書館なども併設された開放的な建物の中だった。吹き抜けの天井近くに張り巡らされたステンドグラスから、色彩豊かな光が降り注ぐ。

 俺達は年季の入った木の床を踏みしめ、空いている席を探した。


 横長のテーブルが横に四列並び、縦は二十列。同時に千人近くが食事を出来る空間だ。なんとなく、「グリフィンドー○」とか言いたくなる。

 俺達はそれぞれメニューを決めると、一番右の列、真ん中辺りのテーブルに陣取った。既に正午を過ぎて、食堂はかなりの混雑をみせている。それでも千人を収容できる空間だから、人と人がぶつかる事は無い。


「あれ、ディアナ・カミルじゃないか? やっぱり美人だな」


「あんまり見るな、石にされるぞ」


「隣の男はなんだ?」


「弟子をとったとかって話じゃないか?」


「いや、実は恋人だって話だ。ペトルスさまがフラれたっていうからな」


「へえ、けっこう素敵な相手じゃない? 黒髪黒目なんて珍しいし。彼も、やっぱり死霊術師なのかしら? 美男美女の死霊術師って、凄いわね」


「あの男が従えている仮面の――あれ、もしかしたら死体じゃないか? やっぱり死霊術師なんだよ」


 色んな噂が耳に入ってくるが、俺の横でミネルヴァが震えていた。


「私は死体じゃないぞ、失礼なヤツがいるなぁ。あと、仮面のせいで食事が出来ない……どうしよう」


 ……ミネルヴァってもしかして、けっこうポンコツなのかも。いや、ドMの時点でかなりのポンコツか。


「仮面、とっても大丈夫だよ。男装しているし、喋らなければ気付かれないと思う」


 ミネルヴァが仮面を外し、スープを飲み始めた。「あ、美味しい」

 向かいの席に座ったディアナが、じっと彼女のことを見つめている。

 

「不思議なのはさぁ、こんなに美人を近くで見ていても、何にも思わないってことなんだよ。ほら、男だった頃は少なからずあった訳だ。おっぱい触りたいとか、お尻触りたいとか」


 匙を前後に揺らしながら、ディアナが力説している。

 おかしな話だ。前世、みたびは相当にモテた。それなのに、そんな話をしたことは無かったのだが。


「お前の口からそんなこと、当時は聞いたこと無かったぞ?」


「そりゃさ、言ったらキミが怒るから。なんだっけ? 女同士が至高とか? だからボクがミネルヴァちゃんとイチャイチャしてると、アレクは喜ぶわけなんだろ?」


「うむ、是非そうして頂きたいところだ」


「理解できない変態性だよ、ボクには。まして彼女はキミの肉奴隷だって言ってるんだよ、それで、どうして手を出さないの?」


「それはミネルヴァが俺に負い目があるからであって……それに付け込むなんて真似、出来ないよ」


 俺の言葉に反応して、ミネルヴァがジロリと紫色の目をディアナに向けた。


「男であれ女であれ、私にも選ぶ権利はある。少なくとも貴女よりは、ガブリエラの方がずっといい。目が気持ち悪いんだ、ディアナは」


「酷いなぁ、目の色が違うのは生まれつきだよ。そういうの、差別っていって良くないんだよ」


「色の問題じゃない。人を見透かしたような、見下したような……どっちにしても気持ち悪いんだ、貴女の目は」


 なるべく喋らないようにしていたミネルヴァだが、喋る時は気をつけて男言葉を使っている。多少不自然だが、女言葉を使うよりは正体がバレる確率も下がるだろう。


「まあいいや……それよりアレク。本当にボクを自由にして、キミも安全でいられるのかい? ボクは本当に……親友を犠牲にしてまで、自由なんか欲しくないよ?」


「大丈夫。それにガブリエラも、同じ気持ちだしね」


「……本当にガブリエラは、えんじゅなのかい?」


「ああ」


 ディアナの目に、涙が溜まる。


「あいつも、あいつも童貞のまま女になったんだ……ざまぁ」


 いや、そっち? ねえ、ディアナ。


「それにしても俺達の周りだけ、やけに人が少なくないか?」


「そりゃあ、好んでボクに近づくヤツなんていないさ」


「だけど朝、口説きに来たのもいたじゃないか」


「あー……あれはもう特殊だよ。ある意味で、とても図太い。フヒヒ」


「じゃあ、あの二人も特殊なのか?」


 ミネルヴァがナプキンで口元を拭うと、視線だけを二人の男へ向けた。それから再び、白い仮面を装着する。

 一人は長身で長い金髪、ハッとする程のイケメンだ。もう一人はやや背が低く、オレンジ色の髪をした、そこそこのイケメンである。

 金髪さんの表情には、どことなく影がある。あえて微笑を作っている感じだ。しかし嫌味ではなかった。一方でオレンジ髪は明るい笑みを浮かべ、こちらに手を振っている。

 どちらも白い襟無しシャツに、黒い皮のズボンだ。二人とも生粋の魔術師ではなく、軍人といった服装である。当然、杖の代わりに剣を持っていた。


 あれ、そう言えば俺、剣はどこにやった? あ、ディアナの部屋に忘れていた。まあいいか。ミネルヴァがいるし、どうせ俺は軍人の風上にも置けない存在だから。


「やあ、ディアナ。恋人が出来たって? こちらに同席しておられるのが、愛しの君ですかな? ふははっ!」


 楽しそうに笑いながら、ミネルヴァの横に座るオレンジ髪の男。大盛りの料理が所狭しと並んだトレイをガチャリとテーブルの上に置き、ミネルヴァに「宜しく、俺はティグリス・キケロ」と名乗った。差し出した右手で握手をすると、「随分と細い腕だな、仮面の剣士殿」と笑う。


「勝負は、腕の太さで決まる訳ではない」


 仮面の奥で、紫眼を細めているミネルヴァ。ぷいと顔を背け、席を立った。「失礼、私は単なる護衛なので……」


「そうか」


 気にする風でもなく、ティグリスが席をつめる。結果として俺の正面にきた。明るい茶色の瞳が、キラキラと輝いている。


「よろしく、色男!」


「あ、いや……そういう訳じゃ……」


 同じくティグリスは俺にも握手を求め、俺も返す。邪気はまったく感じないが、こうも開けっぴろげな性格は少し苦手だ。


「ティグリス、冗談も大概になさいな。ディアナが誰かと付き合ったりするわけないじゃない……この子、あの棒に対して嫌悪感さえ持ってるんだから。あんなに愛おしいものを、不思議だけどねぇ? ……失礼、ここに座ってもいいかしら?」


 金髪長身のイケメンが、ディアナの正面の席を求めている。ていうか、低い声だけど女言葉だ。なにこれ、オネエ? じっと俺を見ないで……怖いです。


「いいよ」


 軽く頷いたディアナは、またも「フヒヒ」と笑っていた。「珍しいね、二人がボクの所にくるなんてさ?」


「珍しいのはそっちよ、ディアナ、アナタが食堂に来るなんて。ペトルスが散々喚いていたわ、私の天使が穢された、祓わなければならない――なーんて。だから来たのよ、わざわざぁ」


 金髪が苦笑気味に話している。瞳の色は濃緑色、まるでエメラルドのようだ。いっそ女だったら、未亡人という雰囲気である。でもオネエだ。うっすらと化粧もしている。

 ということは、もしかしてコイツ等、男と男の恋人同士?


「アレク、紹介するよ。ティグリス・キケロとアントニア・カルス。二人はボクの友達で、親友同士。騎兵出身――だったよね?」


「そうよ、あーし達は騎兵。アントニアよ、宜しく。気軽にアントニーちゃん、って呼んでね」


 呼べる訳が無い。

 でも恋人じゃなかったようだ。いや、だがしかし、親友だからこそ一線を越えている可能性も……駄目だ。そんなことを考えていたら、それこそブーメランだ。

 俺の方の親友なんか、二人ともTSしてるんだ。生物学的に一線を越えても、何一つ問題にならない。生物学的には、な。


「よろしく、アレクシオス・セルジュークです」


 俺は二人に会釈し、残ったスープを飲み干した。羊肉がたっぷり入っていたが、値段は安い。やはり魔術師というのは、国家的に優遇されているのだろう。


「知ってるさ。ガイナスを退けたっていう、あのアレクシオスどのだろう? ぜひ一度、会ってみたかったんだ」


 オレンジ髪が身を乗り出して、俺に問いかける。パンをモゴモゴと食べながらだから、非常に言葉が聞き取りずらい。


「たぶんそのアレクシオスだけど、実際に戦場で指揮をしたのはガブリエラ・レオさまだよ」


「あら……あんなの、お飾りの軍団司令官じゃない。謙遜も度が過ぎると、嫌味になるわよ?」


 上品にパンをちぎって食べながら、金髪の男――アントニア・カルスが言う。

 イケメンというのは、パンを食うだけでも絵になる。しかし、彼はオネエだ。


「別に謙遜じゃない。ガブリエラさまの武勇は本物だ。彼女がいなければ、俺の生還もあり得なかっただろう。もっとも――全てはユリアヌス殿下の功績として記録されたはずだけどね」


「――そんなものを信じる人は、みーんな目が節穴なのよ。残念ながらあーし等の目は、ちゃんと付いてるのよ。ね、ティグリス」


「ま、そういうこった。それよりアントニー、ほら、お楽しみが向こうからやって来たぞ。言った通りだろう?」


 パンを一口の頬張り、ティグリスが立ち上がる。腰に差した剣を立てかけ、こちらに向かってくる集団を睨み据えた。九人、十人――結構な数だ。


「あーしは望んでいないんだけどねぇ……ま、彼の性格を考えれば、報復は当然よねぇ……」


 アントニアも立ち上がり、同じく剣を置く。

 

 こちらに向かってくる集団の中心にいるのは、なんと今朝の男――ペトルスだった。


「そこの二人、どけ。用があるのは後ろの男だけだ。私のディアナを誑かしおって! 成敗してくれるっ!」


「残念ながら、そうはいかん。朝の話を聞けば、お前がアレクシオスに突っかかることは目に見えていた。我が友ディアナ・カミルの幸せを奪うなど、許さんぞ! さあ、掛かって来いっ!」


 朗々と言い放つティグリスは、既に半身に構えていた。周囲の学生達は一斉に下がり、乱闘の場が出来上がる。


「まったく――それをダシに喧嘩がしたいだけじゃない、ティグリス。さ、あーた達は部屋に戻りなさい。ここは抑えるから」


 長い金髪を背中で束ね、同じく半身の姿勢で構えるアントニア。ディアナはポカンと口を開け、俺と彼等を交互に見ている。


「これって、やばくない? ここは二人に任せて行こうよ、アレク」


「そういうけど、アイツ等の目的は俺だろう? なのに俺が逃げるってのもねぇ……」


「あら、アレクシオス、いいのよ。あーし達なら大丈夫。いつものことよ、気にしないで。ティグリスが喧嘩好きなだけだから」


 アントニアが微笑を浮かべ、逃げろ、と手をヒラヒラ振っていた。綺麗だ、アントニーちゃん――と思う自分の美意識を亡きモノにしたい。

 ではなく、数が多すぎる。二人で相手をするには、ちょっと不利だろう。


 ティグリスが俺に笑みを向けてきた。


「ああ、だが――たしかに男としては、逃げるのも癪だろう。いいぜ、アレクシオス。ディアナに良いところを見せてやんなっ!」


 ディアナに良いところを見せても、何の得も無い。なので俺は、別の提案した。


「いや、出来れば穏便に済ませたい……そもそも学内で喧嘩は駄目だろう? 君だって処分される可能性がある。だからここは、話し合うべきじゃないかな。どう思う、ティグリス」


「そうだなぁ。アイツがペトスル・イーラじゃなければ、それもいいだろう。けど、アイツは子爵家の次男坊にしてクロヴィス殿の腰巾着だ。アレクシオス、アンタを拉致して消すくらいの権力は、持ってるヤツだぜ?」


 うん、やっぱり怖いので、ここは戦っておこう。俺に手を出せば痛い目を見るって、ちゃんと思わせないとな。

 よーしミネルヴァさん、やっておしまいなさい――って、ミネルヴァ、どこにいった?

 あっ! いた! 食堂の前の方に移動している。あれか、お代わりか! だけど、どうしてこんな時に、スープのお代わり貰いに行ってんの!?  君はいったい何しに来たの、ここに!


 ああ、もう間に合わないよ!


「やるぞっ! アントニー、アレクシオスッ!」


 掴み掛かってきた敵の腕を取り、投げ飛ばしながらティグリスが叫ぶ。

 アントニアは華麗なステップを踏んで敵の打撃をかわしつつ、足を引っ掛け転ばせている。

 俺は――殴り掛かってくる一人の男を横に避けて、何故かスープの皿を相手の頭にかぶせていた。


「バカにしてんのか、この野郎!」


 頬を伝う汁を手で拭いながら、相手が凄んでくる。ペトルスの雇った護衛だろうか。学院に相応しくない乱暴者だ。


「いや、わざとじゃないんだけど……つい、うっかり」

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