ロリエルフ姉妹
◆
「ところでミネルヴァ、料理は出来るのか?」
ミネルヴァの手を握りながら、ガブリエラが問う。一応、本来の目的も忘れていないらしい。
「出来ないわ。むしろ、出来るわけがないわ」
胸を張り、謎の笑みを浮かべるミネルヴァ。胸のサイズは一回りガブリエラよりも小さい。まさに妹分である。だが、それじゃ奴隷の意味がない。俺が困る。
「威張るな。それでは別の奴隷を買わねばならんだろうが」
あきれ顔のガブリエラが、眉を顰めた。
「大丈夫、家事なら彼女達がやるわ。最初から奴隷は三人と伝えてあったでしょう? 出てきなさい、リナ、ルナ」
微笑を浮かべたままのミネルヴァが、薄暗い背後の牢を振り返る。すると、二つの小さな影が飛び出した。
「いいかげん姫様の側から離れやがれです、このガブ公」
「ガ、ガブ公……おれのことかっ!?」
小さな影の一つがミネルヴァの背後に立ち、眉を吊り上げている。見れば銀髪の少女で、髪の隙間から細長い耳が覗いていた。長い睫毛に縁取られた深紅色の瞳が、怪しく揺らめいている。
大きく開いた貫頭衣の胸元から覗く肌の上に、深紫色の複雑な模様が輝いていた。魔力紋だろう。その弊害だろうか、胸はぺったんこだ。
「お姉様、お口が悪いです。腕を斬り落とせば、自然と姫様から離れるしかありませんわ」
もう一方は短剣を逆手に握り、一足飛びにガブリエラへ迫っていた。
ガブリエラは飛び退き、寸での所で短剣の一撃をかわす。ゆったりとした長い袖が、スッパリと切れていた。しかし傷は負っていない。
「逃げ足だけは早いですわね」と悪態をつく少女は青髪赤目で、褐色の肌をしている。彼女も同じく貫頭衣を着て長い耳だが、魔術紋は無かった。あと、やはり胸はぺったんこだ。
二人は肌、髪、瞳の色こそ違うが、容姿は瓜二つ。恐らくは二卵性の双生児だろう。
「喧嘩を売ってるなら買う……ぞ!? う? なんだ? 身体が動かないっ!」
ガブリエラが半身の状態で止まっている。拳を繰り出すことも蹴りを放つことも出来ず、悔しそうに震えていた。
暴力を封じられたガブリエラは、人畜無害な美の女神に等しい。崇めたくなるほどの神々しさを宿した蒼氷色の瞳は今、短剣を握る少女を睨み据えて動かない。
「慈愛に満ちたる地母神イル・ラムよ、かの者の手足を地に縫い付け給え。メレス・ラー・イル・ラム」
銀髪の少女が呪文を唱えた。聞いたことの無い魔法だ。だが詠唱からして動きを封じているのは、この魔法だろう。
銀髪少女の髪がふわりと揺れた。そこから見える首筋の滑らかな白い肌は、人間のモノとは思えない。
「……ロ、ロリエルフ姉妹だ!」
自分の口が、ワナワナと震えているのが分かる。
肌の色など些細な問題だ。
大きな丸い目。ぺったんこの胸。そして長く尖った耳とくれば、ロリエルフ以外の何であろうか。
俺は思わず神に祈った。
「大いなる唯一神よ、感謝します。ですがもう一つ我が侭を許して頂けますのなら、俺は彼女達を見守る観葉植物に転生したいです……!」
「おい、アレクシオス! ぶつぶつ言ってないで、早くおれを助けろっ!」
「え? 大丈夫だよ。だってミネルヴァに呼ばれて出てきたんだよ」
「だったらなんで、おれが攻撃されてるんだ?」
ミネルヴァに視線を向けると、彼女は肩を竦めている。「少し実力を見せてやって」とでも言いたげだ。
実力なんて、俺には何も無いんだが……。
仕方なく、俺は眠りの魔法を使う。これしか無いからだ。人差し指を銀髪ロリエルフに向け、上から下へと宙に線を引いた。
「ヒュノプスよ、かの者を安らかなる夢の世界へ誘い給え」
指先から青白い輝線が浮かび上がり、瞬く間に弾けて消えた。
「うっ……」
銀髪ロリの目が、半分ほど閉じる。
へえ、俺の全力を耐えたぞ、凄いな。
しかしそれでも彼女の集中力が途切れた為、ガブリエラに対する拘束の効力が消えた。十分だろう。
青髪ロリが、再びガブリエラに近づく。しかし肉体の自由を取り戻した金髪の猛将は、肉食獣のしなやかさを持って青髪ロリの背後に回り、短剣を持った手を締め上げる。
「勝負あったぞ! どういうつもりだ、お前達っ!」
ガブリエラの怒声が、廊下に響き渡った。
「う、ううっ……」
青髪ロリが身を捩り、ガブリエラの怪力から逃れようとする。
「ね、分かったでしょ、二人とも。この二人は強いの。私を信じなさい」
青髪ロリの頭に手を置き、ミネルヴァが言った。
「ひ、姫様を疑っていた訳じゃありませんわ。ただ、悲願を託すのに相応しい相手かどうか、少しだけ試したかっただけですの!」
青髪ロリがガブリエラを睨んで言う。
ガブリエラは少女から手を離し、長い金髪を掻き上げた。額に薄らと汗が滲んでいる。その表情ほど、余裕ではなかったのだろう。
「で、どうだ、おれの腕は?」
「強いですわ。多分、普通に戦ったら圧倒される程に……私はリナ、リナ・ハーベスト。シグマ家の侍女です」
右手を摩りながら、青髪ロリが言った。褐色の腕に、くっきりと手形が残ってる。一体ガブリエラの握力はどれほどなのだろう。
「私は、このおっぱいお化けが許せねぇです。姫さまをベタベタ触りやがって……」
睡魔に耐えているらしい銀髪ロリが、自分の頬を両手で叩く。“パン”と乾いた音が鳴った。
「お、おっぱいお化けだと? お、おれのどこがおっぱいお化けなんだ!?」
ガブリエラが自分の胸を両手で覆う。どうやら自身が巨乳であることに関して、自覚はあるようだ。そしてどうやら、そのことに少しばかり劣等感を抱いているらしい。
「だけどルナも、納得出来たのでしょう?」
「……分かってるっす。アレクシオスさまの魔法、精度がハンパねぇですし。仕方ねぇから肉奴隷になってやるっす。男なんて興味ねぇけど、仕方がねぇです。姫さまを差し出すくれぇなら、私が自分の身体を差し出せば良いだけなんで。ああ、ちくしょう、ゴミ野郎に身体を貫かれるのかと思うと、堪え難ぇ屈辱っす」
右足を“タン”と鳴らすと、半開きだったルナの目がしっかりと開いた。同時に青白い光を身体から発し、瞬時に消し去っている。全力だった俺の眠りの魔法を、何らかの力で相殺したらしい。
うん。俺がこの子と一対一で戦ったら、百パーセント負ける自信がある。確信したぞ。
「私の名は、ルナ・ハーベスト。シグマ家の侍女にして吸血鬼の真祖っす。それを肉奴隷に出来るんだから、光栄に思いやがれです」
「嘘を吐かないで、ルナ。それに肉奴隷になるのは私の仕事なのよ。うふっ」
あきれ顔のミネルヴァがルナの頭を小突き、俺を見てニヘラっと笑う。絶世の美女が台無しだ。
俺は慌てて目を逸らす。
「痛ぇです、姫さま」
「そうですわ、お姉様。瞳の色が赤いだけで真祖になるのなら、この世界にはもっと吸血鬼が溢れていますわ。だいたいトマトジュースだって飲めない人が吸血鬼だなんて、誰が信じますの?」
「はは……」
俺は両手を開いて見せ、笑った。ガブリエラは頬を膨らませて「おっぱいお化けっていうの、訂正しろ」とぶつぶつ言っている。
こうしてミネルヴァが改めて二人を紹介すると、彼女達は俺の前で跪いた。
「「今日から宜しくお願いします、ご主人さま」」
「奴隷としては当面、彼女達が家事を担当するわ。少なくとも、私よりは役立つから」
ミネルヴァが片目を瞑り、微笑んだ。
こうして俺は一人の美女と二人のロリエルフを奴隷にし、アルメニアス商会を後にしたのである。
一人ぷんぷんしていたガブリエラは、何だかんだとミネルヴァに宥められていた。
「だいたい、アレクは鼻の下を伸ばし過ぎなんだ」
「それはガブリエラ、仕方がないのでは? だって、貴女という高嶺の花が側にいるんですもの。鼻の下を伸ばさない男なんて、いるのかしら?」
「お、おれは花なんかじゃ……」
「あら? 私が男だったら、絶対に貴女のことを放っておかないわ」
「それはお前だ、ミネルヴァ。もしもおれが男だったら、お前を放っておく訳が無い。それぐらい綺麗だ」
「じゃあ私達、相思相愛なのかしら?」
「な、何をバカな。おれ達は女同士で……いや、その、正確には違うかもだが……ええいっ!」
「痛っ……気持ちいい……お姉様、もっと……」
肩を寄せたミネルヴァの腕を引っ叩き、早足に歩くガブリエラ。どうやら照れているらしい。
ミネルヴァの方はドMが目覚めたらしく、叩かれた腕を摩りながら恍惚としていた。
どうやら本当に義姉妹の契りを結びそうなほど仲良くなったらしく、俺としては嬉しい限りなのである。ぐふふ――ほんと、尊いなぁ。
◆◆
数日後。
必要な家財道具を一通り買いそろえると、金が底をついた。
寝台を四つと馬を三頭。それから食器棚と食器、掃除道具一式に四人分の衣類など、それでも日常のこまごまとした物は、まだまだ足りない。
「お金が無ければ、アルメニアス商会から借りましょうか?」
東の窓から柔らかな日差しの差し込む、この時間。風が庭の木立を揺らし、葉の擦れる音が聞こえる。
俺が居間の長椅子に横たわってぼんやりしていると、壁を雑巾で拭きながらミネルヴァが言った。新築だった訳でも無し、よく見ればいたるところに汚れがあるのだ。
ミネルヴァは相当な綺麗好きらしく、料理が出来ない分、掃除を日課としているようだった。そんな彼女は麻布を身体に纏わせ、革紐で縛っただけの標準的な奴隷ファッションである。
一方で主の俺も大差ない。多少は縁取りがあるものの、所詮は麻の平民服だ。
「生活資金を借りるなんて、俺は駄目亭主かよ」
「そう言うけれど、お給料が少ないのには驚いたわ。共和国時代の私の方が、お給料、全然いいんだもの」
「そりゃ、あんたは将軍だったでしょうが。俺、ただの百人隊長だよ?」
「そうね……ああ、惨めな私……私の好きになる人は、どうしてこう駄目な人ばかりなのかしら」
「世の中には、そういう趣味の人も一定数いるらしいね」
「あら? そう答えるとは思わなかったわ。むしろ私がキミのことを好きだと公言したのよ? 驚くべきじゃないかしら」
「そこは冗談だと思っている。もっとも――駄目な人を好きになる――っていう部分は、もしかしたら本当かな? と思った。詳しく聞くつもりもないけどね」
桶に溜めた水を雑巾にしみ込ませ、絞るミネルヴァは何故か嬉しそうだ。
「……ねえ、寝台を買ったのに、まだ私の身体を貫かないのはなんでかしら? 棒が粗末過ぎて、使い物にならないの? それともガブリエラが怖いのかしら? そうね、あなた達がただならぬ爛れた関係だってことは、すぐに気付いたわ。だけどキミも貴族。妻も複数持てるし、奴隷の愛人を持つなんて当然のことなのでしょう。――私は、本当に構わないのよ?」
言いながら、ミネルヴァが俺の隣に腰を下ろす。紫色の瞳には、嘲弄するような輝きがあった。
お前はSなのかMなのか、はっきりしろ――と思う。
「ミネルヴァ……貴女が国に裏切られ、今は他国で寄る辺なき身であることも分かっている。俺と関係を持つことで、約束の保険にでもしようと思っているんだろう? だけど、そういうのは本当に好きな人とすべきだ。それが例え女性であっても構わないと、俺は思う。ガブリエラとか……ほら、ガブリエラとか」
「キミって不思議な人ね。普通の男ならガブリエラも私も、両方を手に入れたいって思うものじゃないの? ううん、今のキミの立場なら、ガブリエラを妻にして公爵位を狙うことも出来る。そして私を侍らせ、世界に散らばる諜報網を使って国を獲ることだって夢じゃないのに」
「そう簡単じゃないよ。ガブリエラは第一皇子に目を付けられているし、他にも上級貴族から次々と求婚されているらしい。それを奪ったら、命がいくつあっても足りないね。それに貴女を使うのは、諸刃の剣だ。間諜達は貴女に従っているのであって、俺じゃあない。
だいたい、俺はゆるゆると平和に暮らしたいだけなんだ。日向ぼっこでもしながら、ガブリエラと貴女が仲良くしている姿を見ることが出来れば、それだけで幸せだよ」
目を丸くして、まじまじとミネルヴァが俺を見ている。
「ふうん……キミの黒い瞳を見ていると、吸い込まれそうになるわ」
ミネルヴァが俺の前髪を指で弄び、目を細めた。くすぐったいので手で払いのける。
「黒髪も羨ましい。私なんて、老人と同じ様な髪色だもの」
「綺麗な銀髪じゃないか。まるで夜空に浮かぶ月のようだ」
「ふふ……詩人みたいなことを言って。だったらガブリエラは太陽かしら?」
口元に手を当て、目を瞑ってミネルヴァが笑う。長い睫毛も髪の毛と同色で、本当に月の女神みたいだ。ずっと見ていると、好きになりかねない。百合っぷるを眺めたいだけの俺としては、断じてあってはならないことである。
俺は彼女から目を逸らし、話題を変えることにした。
「俺がどうやってガイナスを牢から出すのか、聞かないんだな」
天井を見つめながら言った。この話をするのは彼女を奴隷にしてから、初めてのことだ。
「聞く必要って、あるのかしら? キミはやると言ってくれた。それなら、やるのでしょう。必要な人材や兵力が整うには、時間が掛かると思っているわ」
俺は頷き、再びミネルヴァの横顔を見上げた。紫色の瞳には、固い決意が宿っている。
「ミネルヴァ。あの時の戦いでガイナスが正確に俺達の居場所を掴んだ理由は、やっぱりルナの魔法と諜報網があったからなんだね?」
「ええ……リナが、暗殺者の長なの。彼女のお陰で父も私も、色々と助けられているわ」
頷き、俺の目を見るミネルヴァ。
「それに、ルナの精霊魔法も便利なものよ。地の精霊や風の精霊と交信できれば、敵の位置を知るなんて雑作もないわ。もちろん敵にこちら以上の魔術師がいれば潰されるけれど、帝国にはそもそも精霊魔法に精通している者がいない。愚かしいことだわ」
本当のことを語ってくれている、そう確信できた。
だったら、もう迷うことはない。
俺は身体を起こし、足の上で腕を組む。ガイナスを助けると約束した以上、やはり、やり遂げなければならない。
「……モンテフェラート要塞の見取り図と、守将の人となりが知りたい」
「何の為に?」
パチパチと長い睫毛を上下に揺らし、ミネルヴァが首を傾げる。
「ガイナスを牢から出す為に」
「それとモンテフェラートに何の……あっ!」
理知的なミネルヴァだ。これだけで、俺の意図に気付いたのだろう。しかし頭を左右に振って、「無理よ、いくら何でも無理だわ。あの要塞は難攻不落なのよ」と言う。
「一度は落ちている」
「だけど……そんなのはジュリアスが天才だっただけで……」
「分かっているよ。だけど今、共和国を安泰たらしめているものは絶対防御の要、モンテフェラート要塞。それを失えば、次に頼るモノは常勝将軍であるガイナスしかいない。つまり共和国はガイナス将軍を、必ず必要とするだろう――そんなことより」
言い終えると、俺は立ち上がった。とりあえず、当座の金が必要だ。どうせ明日からは賢者の学院に行くのだから、剣と鎧を売ってこようと思う。
なに、訓練なんて借り物でやればいい。どうせ大して強くない俺が道具に拘ったところで、良いことなんて無いんだから。
「私の鎧、売ってもいいわ。私は貴方に忠誠を捧げた者。役に立たなければならないもの」
ミネルヴァが俺の服の裾を掴む。目に涙を溜めていた。「これは、うれし涙よ」と微笑している。
「ミネルヴァの漆黒の鎧は有名だし、いずれ使う機会がきっとくる。大切にとっておいた方がいい。その点、俺の鎧や剣なんてさ――」
「だったら、これを売りましょう」
ミネルヴァがペンダントを外し、俺に手渡してきた。見れば純金製で無数の宝石が鏤められている。しかし誰かの名前が彫られているので、売り物としては問題があった。
「大切なモノなんじゃないのか?」
ミネルヴァが頭を振り、憂いを含んだ表情を見せた。
「いいえ、もういいの。もっと早くに処分すべきものだったから」
「だけど……マルクス・プトレマイオス? 誰の名前か分からないけど……くれた人に失礼だし、名前が彫ってあったら値段も下がるし」
「大丈夫、金だもの。相場の値段で買って貰えるわ」
「そう言うけどさ」
「……これを私にくれた相手は、婚約者。いいえ、元婚約者よ。今は父を貶めた政敵に過ぎない。だから、いいのっ!」
幾度か返そうとしたが、ミネルヴァは頑としてペンダントを受け取らない。
複雑な事情があるようだが、昔の男から貰ったプレゼントを売るというのは、日本も異世界も共通のようだ。
日本では時々、「返せ!」という強者もいるらしいが、マルクスとやらがそうでないことを祈ろう。
そんな訳で俺は仕方なくミネルヴァと一緒に市場へ行き、ペンダントを売った。
三十金貨になったそれのお陰で、当面は生活費の心配をする必要が無くなった。
ありがとう、マルクス。もの凄く高級品を送ったキミは、間違いなく甲斐性があるぞ。
だけど不思議だな。未来の義父を牢に繋いで、どんな得があると言うんだ。ましてやミネルヴァほどの美人を手放してまで……。
ほどよく大金を手に入れた俺とミネルヴァは、適度に高級な店で昼食を摂った。それからブラブラと街を見て歩いていたら、いつの間にか太陽が西に傾いている。
彼女とは色々と話をした。といっても、他愛ない話ばかりだが。
「自棄になっていたのかもね……私。だからキミに、めちゃくちゃにして欲しかったのかも……」
そう言ったミネルヴァは、俺の服の袖を掴んで歩く。まるでデートだ。
「はは……そろそろ帰ろう。暗くなる前に」
「そうね。夕食が楽しみだわ」
少しだけミネルヴァと心が通じたと思ったら、帰宅後に問題が待っていた。
どうやら俺とミネルヴァが仲良く歩く姿をメディアに見られていたらしく、我が家に帰ると憤怒の形相を浮かべたガブリエラが待ち構えていたのだ。
「アーレークー!」
ルナがちゃっかり彼女を迎え入れ、今は食卓を共に囲んでいる。さんざん文句を言っていたガブリエラは、腹が膨れると反比例して頭がカラッポになるらしい。今の機嫌は上々だ。
「このスープはなんだ!?」
「香味野菜の出汁で、羊肉とレンズ豆を煮込んだものですわ、ガブリエラさま」
給仕のリナが、礼儀正しく頭を垂れる。
神速で匙を口に運ぶガブリエラが、嬉しそうに頷いた。「羊、好きだぞ!」
こうして満足したガブリエラは、何故か家に帰らずミネルヴァの寝台へ潜り込み、「監視だ。アレクの寝台へ行かないように!」と言いながら俺の家に泊まるのだった。