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プロローグ 

 ◆


「今ならまだ引き返せるよ、ガブリエラ」


「引き返してどうする? おれにあんな男の嫁になれと、お前まで言うのか?」


「いや……すまない。君の決意を確認したかっただけだ」


 俺は銀の面頰を上げて、隣にいる白銀色の甲冑を着た美女へ微笑んだ。夜が明ける前の早朝、三月の空気はまだ冷たい。

 いま俺達は馬上にあって、眼下の城を見下ろしている。そこは彼女の実家、レオ公爵家の居城だった。


「おれとお前の間で、その名で呼ばれたくない。昔のようにえんじゅと……ちゃんと名前で呼んでくれ。じゃないと、お前のこともアレクシオス・セルジュークと呼ぶぞ」


「……えんじゅ、緊張するのは分かるけど、名前は内緒のはずだろ……」


「わかってる、わかってるが……いいじゃないか。これがもしも失敗したって考えたら……ええい、くそっ!」


 不安げな蒼色の瞳を俺に向け、槐と呼ばれたがる公爵令嬢が不安げな溜め息をついた。彼女の黄金色の長い髪が、静かに揺れている。

 そこにもう一頭の馬が別の美女を乗せ、ノタノタとやってきた。こちらは黒髪で左右の目の色が違う――右目が緑で左目が赤い――、魔性を思わせる女だ。しかし舌っ足らずな喋り方と、気持ちの悪い笑い方で全てを台無しにしている。


「あー、ガブリエラ、アレク。正門の兵は皆、眠ったよ。裏門には伏兵がいる。けどさ、本当に公爵を殺しちゃダメなの? ボクとしては、新鮮な死体が欲しいのだけれど……フヒヒ。解剖して解剖して、飽きたら使役すればいいんだから、人間なんて生きているより死んだ後の方が余程役に立つよ。それに、死体って美しいよね、フヒヒ、フヒヒ」


「ディアナ。天使みたいな顔で、悪魔みたいなことを言わないでくれ」


 俺は眉をしかめつつ、馬を下げる。

 うっかり美女二人に挟まれてしまった。これはいけない。

 二人がいくら元男の親友だからといって、今はれっきとした美女だ。

 ならば百合っぷるの成立を確実にする為、俺はこのさい観葉植物となる。うむ、観葉植物将軍と呼んで頂きたい。


「アレク! 話を逸らすな! これはそもそも、おれの問題だ。おれがきちんとガブリエラとして生きるなら、その決意が出来たのなら……こんなこと、その、お前達まで賊軍にする必要なんてないんだ!」


 白銀の鎧をカチャカチャと鳴らし、拳を握りしめてガブリエラが言った。

 そもそもこの戦いは、彼女がこの国の皇太子と結婚したくないから起こそうとしているものだ。言うなれば単なる我が侭である。

 けれど考えてみれば、彼女の想いは至極当然。


 だって、元男なんだもの。


「いや、しっかりガブリエラとして生きてるじゃないか。大きな胸で、幸せだろう? 自分で揉んだりしてみたんだろ?」


「ぐぬぬ……! お前……!」


「フヒヒ」


 ちなみに天使のような笑顔を見せるマッドドクターな魔法使い、ディアナ・カミルも元男だ。

 何しろ俺達は高校の頃からの親友で、生まれた日は違えども死んだ日は一緒、という転生者。

 もしも三国志であれば、劉備、関羽、張飛の三兄弟にも等しい関係である。

 といっても、ガブリエラとなった南槐みなみえんじゅが武力マックスな関羽に相当しそうな位で、俺とディアナは武将ってガラじゃないが……。


 ああ、そういえばディアナ・カミルの元の名前は、楓川みたび。変な名前だ。


「だけど、だからこそ、お前を皇太子の嫁になんかにさせない。その為なら賊軍だろうと皇帝バシレウスだろうと、なんだってなってやるさ」


恭弥きょうや……! やっぱり持つべき者は親友だな……!」


「親友……ね」


 なにやら潤んだ瞳を俺に向けるガブリエラ。自称「帝国の蒼き獅子」にして「剣姫」の異名で呼ばれる彼女だ。それ程の卓越した武力を持っていても、元男だとしても、泣きそうな女性の表情は庇護欲を掻き立てる。

 だが、な、俺は百合っぷるを眺めたいだけの男。そっとディアナの背中を押し、ガブリエラに近づけた。


 そう、ガブリエラとディアナが結婚すれば、俺的に大成功なのだ。ククク……。皇太子だろうがなんだろうが、TS百合っぷるの成立を邪魔などさせぬ。それが俺のジャスティスだ。ふはは。


「ちょ、アレク。どうしておれをディアナにくっつける!?」


 あ、ガブリエラが怒った。変なヤツだな。


「うぇーい」


 ディアナは懐から変な薬品を取り出し、ラリっている。これはまずい。さっさと攻撃を始めないと、コイツ、魔法が撃てなくなっちまうぞ。

 ディアナは何だかんだで賢者の学院を飛び級で、しかも主席で卒業した魔法エリート。だから公爵お抱えの魔術師が相手でも、何とか対応出来るこちらの切り札なのに。

 もっともコイツは日本人だった頃から、「人間の中身が見たいから医者になる、そんだけ」とか言ってたヤバいヤツだった。転生しても基本姿勢は変わってないので、人間性は壊滅している。諦めよう。


「第十六重装兵団(レギオン)、行くぞ。目標は公爵閣下の生け捕りだ」


 俺は剣を抜き、二人の親友を無視して命令を下した。一〇〇〇名の部下達は頷き、静かに前進する。


「将軍、いよいよですね」


「これが終れば、将軍とは呼べねぇな」


司令官閣下、万歳(アウェー・カエサル)! 皇帝陛下、万歳(アウェー・バシレウス)!」


 まったく……これから俺は帝国に反旗を翻す賊軍の将となる。なのに部下達は期待に満ちあふれた目で俺を見つめていた。皇帝じゃないよ、まったく。これから世界中を敵に回すんだよ、みんな少し考えろ?


「最後にもう一度言う。俺と一緒に来たくない者は、去ってもいい。帝国にいれば、給料は安泰だぞ? 俺と一緒にくれば、世界中を敵に回す事になるんだぞ?」


 暗闇の中でも、皆の瞳に炎が灯るのが分かる。

 俺達の身分は今まで、常に最前線に送られるものだった。それなのに見返りも少ない。挙げ句に死んだら死んだで、死体のない共同墓地に名前を刻まれるだけのこと。

 所詮それが、教会育ちの孤児達の成れの果て、という訳だ。ならば少しでも未来に希望を持てる方につく、ということか。


「はは、大丈夫。モンテフェラートの英雄、期待してますぜ」


「そうだ。難攻不落の要塞を落とした男に付いて行きゃ、そっちの方が喰いっぱぐれねぇ」


「あんたが皇帝バシレウスになったら、俺達は全員騎士になれるんでしょう? それとも元老院議員になっちまいますかね?」


 副長が頬にある大きな傷を歪め、ニッと笑う。


「ドムト……モンテフェラートは、運が良かっただけだ。ガイナス不在の空き家を盗ったに過ぎない」


「そんなこたぁねぇ。実際、徒手空拳から三年で将軍になった実力は本物でさぁ。今やアンタはジュリアスの再来とか、常勝将軍なんて言われてますぜ」


「とにかく今回も、俺達はアンタに賭けますぜ」


 俺は頷き、暗がりでも薄らと見える部下達の顔を見渡す。誰もこの場を去ろうとしないな。有り難い決意だが、俺としては少し後ろめたいぞ……全てはガブリエラとディアナ、二人のイチャラブを見たいという欲望の為なんだからな……!

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