ミルカエルゼ・歌の勇者1
「歌の勇者! 援護しろと言ってるだろっ」
「ひゃ、ひゃいっ」
猛毒の勇者に叫ばれ、反射的に応えた歌の勇者。
その身体が、声を出したことで動き始める。
ゴクリ、一度喉を鳴らして声にスキルを混ぜる。
「ボエ~~~~~~~~~~ッ!」
音程が外れた怪音波で魔王フィエステリアへと攻撃を行う。
衝撃波を伴う音の波が襲いかかる。
「美音奈っ」
「任せて! ∽¬∴∝――――っ!!」
人が理解できない声が放たれる。
襲いかかった歌の勇者の音波とかちあい打ち消し合う。
「嘘っ!?」
「歌はボクの専売特許。こっちは任せて!」
「さすが美音奈。頼りにしてるよ。と、いうわけで……」
フィエステリアは存分に猛毒の勇者に専念できる。
手ごろな石を手にするフィエステリア。武器らしい武器を持ってないのか、その平たい小石を武器にするらしい。
舐められたモノだ。と猛毒の勇者は剣を構える。
「歌の勇者の援護は期待できない……か、まぁいい。行くぜ!」
突撃した猛毒の勇者がフィエステリアに切りつける。
上段からの一撃を、フィエステリアは難なく小石で受け止めた。
「なんだと!?」
「ド素人の剣撃なんざ石で充分だ」
「舐めやがってっ!!」
力任せに何度も斬りつけるが、その悉くをフィエステリアが小石で受け止める。
信じられなかった。
信じたくなかった。
自分はチートな力を手に入れたのだ。
魔王といえども斬りつければ猛毒で一撃死になるはずなのだ。
その一撃が与えられない。
「クソっ、クソォっ!!」
「怒りの沸点も低い、剣撃も下手。何から何まで未熟だな。本当に女神の刺客かよ」
「うるせぇっ!」
怒りと共に横薙ぎの一閃。
飛び退き避けたフィエステリアを睨み据える猛毒の勇者。
振り切った剣に重心を持っていかれて体勢が崩れるが、足を踏み込み力を込めて無理矢理体勢を整える。
「ドラァッ!」
「甘い!」
突き出した剣を蹴りで跳ね上げる。
まさかの一撃に驚く猛毒の勇者を小石を握った拳で、というか小石で殴りつけた。
たった一撃。しかしその一撃はあまりにも強力だった。
吹き飛んだ猛毒の勇者が歌の勇者のすぐ側を滑走して消えていく。
そんな猛毒の勇者に視線すら見せず、歌の勇者もまた、チートを悠々越える存在と闘っていた。
炎野美音奈。フィエステリア陣営に存在するただの女の筈だった。
歌の勇者も、あの娘相手ならなんとかなりそう。と勝手に安心していたのだ。
蓋を開けてみればまさかの能力被り。しかも自分が行う音波攻撃が悉く封殺されている。
焦りを覚えながらも必死に声を荒げる。
チート能力の御蔭で喉を痛めることは無い。いくらだって歌っていられる。
もともと歌のチートを選んだのは彼女のコンプレックスからだ。
物心ついた時には既に歌うことが好きだった。
歌手を目指すんだと必死に練習した。
小学生の頃は親から上手い上手いと持て囃されたが、友人たちにはあまり受けなかった。
中学生に入ったころ、ようやく自分は歌が致命的に下手なのだと気付かされた。
それでも歌が好きだった。歌うこと事が自分の生きがいだと思った。
だから、オーディションを受けたのだ。何度だって受けたのだ。
どこもかしこも面接すらなく歌の動画を送り返されるだけで終わった。
路上で歌えば人波が消え、ライブ会場を取れば出入り禁止にされ、彼女の心は次第荒んで行った。
もっと歌いたい。自分の歌を聞かせたい。例え、例えそれで他人が迷惑を被るとしても、いや、私の歌を認めない奴なんて私の歌で死ねばいい。
そう思うようになってどれ程の時間が経っただろうか? 気が付けばオバサンとなり、もはや容姿も致命的になっていた。
歌は相変わらず下手で、絶望のまま死ぬしか道は無かった。
それを、女神に救われたのだ。
女神に呼ばれた時、自分の姿が若返っていることに気付いた。全盛期の肉体に変えたのだそうだ。ありがたい話だ。
また歌を歌う機会があると知らされ、チート能力ならば自分の歌を美声に変えられるのではと歌のチート能力を手に入れた。
けど、相変わらず自分の喉から出るのは下手な音でしかない。
だから、決めたのだ。自分の歌を無理矢理にでもこの世界の住民に聞かせてやろうと。どれだけ嫌がろうとも、憤死しようとも、いつまでだって彼女が満足するまで歌ってやるのだと。
だから、こんなところで死ぬ訳にはいかない。
そして美声を持つ美音奈などに負けるわけにはいかない。
絶対に負けない。美声じゃないけど、下手としか言われないけど、自分だって歌が好きなのだから。
「消えてよっ」
「∽¬∴∝――――っ!」
音波攻撃が再び打ち消される。
募るイラつき、ままならない現実への恨み。
憎悪が歌の勇者をさらに凶悪に変えていく……




