アンゴルモニカ・拳法の勇者4
「あら? こっちに来たけどあまり意味はなかったかな?」
中田ベアトリーチェが現場にやってきた時には、既に両腕を失った拳法の勇者と平柾門が向き合っている所だった。
ベアトリーチェは近くで待機中だった刑部姫の横へとやってくる。
「おや、中田の御嬢さん」
「こんにちわ。そちらの皆さんは、敗北者ですか?」
「ええ。先程筋太郎が負けましたわ。大言吐いて横槍入れておきながら早々に敗北するとかヤラレ役過ぎて笑えませんわ。やはりトドメを刺すのは我らが大名柾門様ですわね」
「しかし……白さんも松下のお嬢様も敗北、ですか」
「柾門様のために相手を弱らせて下さったといえばいいのかしら? すでに両腕が折れてましたの。その腕も筋太郎が引きちぎってしまわれて、後は足技をなんとかできればいいのですが」
会話する二人の前で、刀を引き抜いた柾門に走り寄る拳法の勇者。
「両腕が無いのに戦意は衰えずか」
「五体が動かなくなるまで闘う。それが俺だっ」
「ふむ。チートを与えられただけなら悶え苦しみ死に物狂いで逃げると思ったが、存外強き精神だったようだな」
地を蹴り右足の鋭い蹴りを放つ。
流れる動作で避けた柾門が刀を振るう。
これを左足を蹴りあげ、右足を降ろし、刀を挟み込むように閉じる。
足での白刃取り。相手の目的に気付いた柾門は慌てて刀ごと身体をよじり回避行動。
刃を折られる前に拳法の勇者から距離を取る。
「ふん。貴様の実力は今まで闘った奴らの中では一番弱そうだな。あそこのお嬢のように合気術を習っているでもなく、剣術に秀でているでもない。桃蛇郎より楽に勝てそうだ!」
「抜かしおる」
柾門は舌打ちするが、残念なことに相手の見抜きは的を得ていた。
彼の実力はそこまで無い。一対一であれば桃蛇郎に敗北するだろう。筋力比べなら筋太郎にも負けるだろう。
もともとは妖怪達を束ねる族長として指揮力に長けた魔人なのである。柾門自身の実力はむしろ器用貧乏と言わざるを得ないだろう。
それでも、両腕すら無くしている拳法の勇者に無様に負ける訳にはいかない。
皆が力を合わせようやく両腕を封じたのだ。ならばその思いを引き継いで、これを倒さねば男が廃る。
気合いを入れ直し、刀を水平に構える。
絶対に引く気が無い男の覚悟がそこにあった。
「「行くぞ!」」
柾門と拳法の勇者。同時に走る。
剣閃が煌めき物凄い打撃音が響く。
交差した両者が位置を入れ替え着地した。
「い、今の……」
ベアトリーチェの呟きが漏れた瞬間だった。
ごふり。血反吐を吐きだした柾門が倒れる。
まさかの敗北に刑部姫が絶叫した。
「柾門様あぁぁぁぁぁっ!?」
「く……見事」
どさり倒れた柾門に、脇目も振らず走り寄る刑部姫。
ゴクリ、喉を鳴らし生き残った拳法の勇者へと弓を番えるベアトリーチェ。
もはや援軍は期待できないだろう。
ここに来るまでベアトリーチェは誰にも会わなかった。
おそらく援軍としてこちらに来たのは自分が最後だ。
最後の、砦なのだ。
全身が震える。
かつて無い大役だ。
ぶれる狙いを必死に拳法の勇者へと向ける。
ダメだ、両手が震えて、弓が震えて、矢が拳法の勇者に向けられない。
緊張し過ぎて全身が揺れる。
落ち付け、落ち付けっ。自分にはやれるはずだ。自分にしかやれない筈だ。
ただ弓を射る。今まで何度だってやってたことだろう。
自分を叱咤する。
震えは止まらない。
どれ程の時間が経っただろう? 体感は数時間。過ぎ去ったのは数秒だろうか?
ふと、ベアトリーチェは気付いた。
これ程無防備に支点を合わせられない自分の攻撃を、避けようともしない拳法の勇者。
柾門を倒したのに彼にトドメを刺すべく振り返ることもしない。
ただ柾門に背を向けたまま、佇むだけである。
全身を震わせながら、ベアトリーチェはゆっくりと拳法の勇者に近づいて行く。
彼の前面が露わになった。
思わず息を飲む。
そういえば、対決を終えた柾門は刀を握っていなかった。
決着がついた時は気にならなかったが、なるほど、それは当然のことだったのだ。
決着は既についていた。
柾門に拳法の勇者の蹴りが炸裂し、彼は瀕死の重傷を負った。
だが、柾門の刀もまた、拳法の勇者の心臓を貫いていたのだ。
深々と突き立ち、拳法の勇者の命を刈り取った刀は、拳法の勇者に突き刺さったままになっていた。
立ったまま絶命していた拳法の勇者が動かないのは当然だった。
既に死んでいるのだから、動ける筈がなかったのだ。
ベアトリーチェが弓矢を降ろすと、ちょうど均衡が破れたのだろう、ゆっくりと拳法の勇者が背後へと倒れていく。
地に伏した豪傑の最後に、彼女は瞑目を捧げるのだった。




