アンゴルモニカ・拳法の勇者2
「舐めるなっ」
ぎりぎりでサイドステップ。
しかし枝分かれした雷撃は逃げた先にも降り注いだ。
「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「ばっちし感電や!」
「よくやった!」
桃蛇郎が切り込む。
感電した拳法の勇者はぼはっと息を吐き膝から崩れ、倒れ込む。
上段に構えた桃蛇郎が刃を返して真下に突き立てる。
だが残念。ブレイクダンスの要領で刃を中心にして避けた拳法の勇者がくるりと回る。
「しまっ……」
「足元が留守だぞっ」
足を払われつんのめる桃蛇郎。
両手で地面から飛び上がった拳法の勇者。両足を揃えて倒れて来た桃蛇郎の腹を穿つ。
「ごはぁっ!?」
砲弾のように飛んだ拳法の勇者の一撃で桃蛇郎が吹き飛ぶ。
拳法の勇者が両足で立ち直った時、飛ばされた桃蛇郎が大地に伏した。
「マジかいな!? ヤ○チャしやがって! な倒れ方しとるやないか!?」
「ふぅ、今のは焦った。全身が痺れる感覚は初めてだな」
「さすが女神さんよりチート貰っとるだけあるなぁ」
「さて。お前しか残ってないが、どうする?」
ニタリ、笑みを浮かべる拳法の勇者に星廼は冷や汗を流す。
正直想定外としか言いようがない。
紅葉が居ればまだ安心できたし、二人で闘えば勝機はあったかもしれない。
しかし星廼が彼と相対して勝てるかといえば正直難しいだろう。
一応接近戦もそれなりに齧っている星廼だが、本格的格闘センスを持ったチート勇者に敵うかといえば無理としかいいようがない。
彼女に出来ると言えば一つだけ。自身に防壁を張り巡らせ拳法の勇者に打たれ続けるしかないだろう。
逃げることも可能だ。しかし逃げれば白と桃蛇郎は殺されるだろう。
だから、彼女は仕方なく唯一の行動を取る。
星廼の周囲に張られる防壁。彼女だけを包み込む防壁を見て拳法の勇者は成る程と呟く。
「ある程度狙いは理解した。ならば俺はそれに答えるとしよう。誰かが来てくれるといいな小娘ッ!」
走りだす拳法の勇者。防壁に迷いなく掌底を打ち放つ。
「これは堅い。しかし、分かる、この防壁の綻びが、見えるッ」
刹那の間に同じ場所に的確に掌底を打ち放つ。二度、三度と時間をおかず連発していた拳法の勇者。それに応えるように、防壁に亀裂が走った。
「嘘やろ!?」
「これで、トドメだ!」
バキャァンと結界が砕け散る。
ニタリと笑みを浮かべる拳法の勇者。怯える星廼にそのまま拳を叩き込……ニィと、目の前の女が鬼女のような笑みを浮かべた。
マズい。ゾクリと駆け廻った背筋の悪寒に、身体を引くより先に、星廼が動く。
伸ばされた腕を掴み取り、引き寄せ、流れるような動きで可動範囲を越えて折り曲げる。
「ぐ、があぁぁぁっ!?」
ボギンと一度、音が鳴った。
拳法の勇者の右腕が肘から曲がっている。肘という名の骨が無くなったかのように、可動範囲とは逆方向に折りたたまれていた。
肩に当った手の甲。今まで感じたことの無い痛みに拳法の勇者は仰け反らざるをえなかった。
「防壁破壊されんは読み通りや。その為にわざわざ一部薄ぅしといたんやからなぁ!」
「ぎ、ぎざま゛……」
「えー音したなぁ。ウチその音めっちゃ好っきやねん。もっと聞かせてくれん。あんたの身体中の骨、二倍にしたるわ!」
星廼は防壁で彼の攻撃を受け続け時間を稼ぐ。などという消極的な方法を取る気は毛頭なかった。仮にも鬼姫。彼女にとっては拳法の勇者といえども、折れる敵でしかなかった。
「殺すッ」
ぶらんと揺れる右腕を振りながら左腕でサイドステップで逃げようとした星廼の首を掴み取る。
完全に喉輪を捕えた。
このまま圧し折る。とばかりに力を込める拳法の勇者。
星廼は慌てたように拳法の勇者の左腕を引き剥がそうと両手を首元へ。
否、彼女は慌ててなど居なかった。まるでそうなる事が当然のように、予定通りに攻撃してきた相手の指を折ることだけを考えていたのだ。
気付いた時には遅かった。
「ぎぃああああああああっ!?」
ボキッと音がしたと思った時には、親指の感覚が無くなっていた。
捕まえた筈の喉輪が外れ、星廼がげほっと息を吐く。
その手には、拳法の勇者の左手にある、小指。が握られたまま。
まさか。気付いた拳法の勇者が腕を引くより先に、星廼は腕に力を入れた。
ぽきんと折れる感覚と痛みに拳法の勇者は言葉すら出なかった。
「な、なんという……自分の喉を囮に使ったか!?」
「自分の骨の折れる感覚もこれはこれでええ音やで? まぁ、今のはちょっとヤバかったけど。予定しとった攻撃やったしな。落ち着いて折れたわ」
ただ防壁と雷魔法使いだと思っていたが、違う。星廼という女の本当の能力は、折ることに特化しているのだ。
今更ながら気付かされた拳法の勇者。
気付くにはあまりにも高い授業料だった。




