グレイシア5
そこはとある一室だった。
入口のドアの向かいにガラスでできた床から天井まである大型の窓。
その窓を背にして座る男が一人。机に両肘を突き、両手を顔の前で組み合わせ、どこかの司令官よろしくじぃっと前方を見つめていた。
彼の前には客用のテーブルとソファ。テーブルはオーク素材の落ち着いた色合いで、ソファは座り心地の良いふっかりとしたものだ。
今はそこに一人の女性が腰掛け、流麗な動作でBL同人誌を読んでいる。
本を読む姿勢は憂いを帯びた可憐な女性にしか見えないのに、見ている雑誌は正直理解できないものである。
男が増殖の勇者、女は知識創造の勇者である。
増殖の勇者のいるデスクの上には機械が一つ。各地のトランシーバーから入る報告が聞こえる機械である。これは知識創造の勇者と錬成の勇者の共同で作ったモノだ。
そこから、西大陸に向かわせた増殖兵士たちの報告が上がってくる。
『マイネフラン征圧本部より00へ! 地下奇襲部隊壊滅。ダンジョンと繋がり兵士達が黒く染まるとだけ台詞を残して音信不通にっ!』
『同じくマイネフランより00へ! 至急救援を! アルセ姫護衛騎士団により飛行部隊壊滅! 地上部隊も抵抗が凄いっ! クマがっ、クマがぁぁぁっ』
『せ、セルヴァティア征圧本部か、壊滅っ! アルセ姫護衛騎士団の豚が、不良が、ヒャッハー野郎が手に負えま、ひぃぃ、来るなッ! 来るなぁぁぁ! 私の子供に何をしたあぁぁぁぁッ!! ……ブツッ、ザ――――……』
『海洋征圧部隊より00へ! アルセ姫護衛騎士団のれ、レインボースクィーラ征圧できませんっ! 事件は会議室で起こってるんじゃない現場で……ンなことモノマネで報告してる場合かアホッ』
『海上イージス艦隊より00へ! 至急援軍を! お相撲さんが、いや力士が止まらないっ! たった一機だぞ!? 艦長、イージス11番艦が! 奴がこちらにっ! ばかな!? 動力炉に頭突き直撃! なぜ海洋に力士なんかがっ。12機だぞ!? 12機のイージス艦が一瞬で? 総統閣下が、総統閣下が聞いているのだぞっ! か、艦長、この艦も持ちませ、うわあああああああああああああっ!?』
『ドドスコイ征圧本部より00へ! アルセ姫護衛騎士団を名乗る失敗面の男がひのきの棒だけで突撃してきましたが、銃が効きませんっ、どうしたらっ!?』
『な、七大罪飽食発見、アルセ姫護衛騎士のぉぉ、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……』
『コルッカ征圧本部、冒険者学校の生徒たちが存外に面倒です! アルセ姫護衛騎士団のスライムが無駄に賢くっ! クソッ! また奇襲か!?』
『00へ! エルフ村襲撃失敗、エルフ一人に部隊壊滅、俺しか生き残りが……ほぅ、これで連絡を取っていたか。あっ、や、やめ、があぁぁぁぁッ!?』
『ダリア連邦征圧本部より00へ! 奴等銃弾が効かないッ! なんだあの狂信者野郎はっ!? アルセ様ぁ――――ッ!! ぎゃあぁぁぁぁっ』
『グーレイ教国征圧本部より00へ! アルセ姫護衛騎士団のガイコツと全裸女が強過ぎ……』
『緊急報告ッ! 東大陸に待機中だった100億の後詰軍勢消失っ! 確認に向かった兵士によると跡形もなく消え去り音信も不通とのことですっ!』
ズダンッ
増殖の勇者は思わずデスクを叩きつけた。
ぺらり、知識創造の勇者は気にすることなく同人誌を読む。
青筋浮かべた増殖の勇者が肩を振るわせる。
「知識創造……核を使うぞ」
「……何言ってるの。作るだけと言っていたでしょ?」
「うるせぇなっ。奴らの拠点となっている信仰の対象、グーレイとアルセを潰して戦意を挫く、こっちにゃ国丸ごと、なんなら世界を破壊できる用意があるっつーことを見せつけてやらなきゃあいつらいつまでも抵抗するつもりだ。飛行の勇者に連絡、核を詰み込んでマイネフランとグーレイ教国に一発づつ落としてやれ!」
「正気なの!?」
「あたりまえだッ! 征圧するだけの簡単なお仕事だったっつーのにゲームに横槍刺されて俺は滅茶苦茶にイラついてンだよっ! 何がアルセ姫護衛騎士団だっ」
そう、彼にとってはこれは戦略ゲームでしかなかった。
最強チートコードで蹂躙するだけの簡単なゲームだ。
どれほど抵抗があろうと楽に制圧できる。筈だったのだ。
なのに、だ。
東大陸を制覇するのは楽だった。
正直面白くないくらいに簡単に征圧できてしまったのだ。
そのまま増殖を繰り返し100億の軍勢にしてダメ押し部隊として待機させておいた。
余程の抵抗があってもこれで蹂躙してやろう、そんなつもりだったのだ。
その切り札が、気付いた時には消失していた。
何が起こったのか全く理解できない、ただ、報告によれば光が無数に瞬いたとだけ。それでやられたのだとすれば、それ程の実力者が敵に居るということだ。
まったく面白くない。
それに、頭に来る一番の害悪はアルセ姫護衛騎士団。
各国に散らばる奴らの抵抗のせいで未だに一つの国も落とせていない。
西大陸の国がまだ一つとして陥落していないのだ。
海洋からの奇襲も海洋自体で足止めを喰らっているし、戦闘機は鳥やハーピーの妨害、特に厳つい顔で突撃し、バードアタックを敢行する鳥達の一撃が一番堪える。
まさに特攻、共倒れになるからだ。
だから、彼は決断した。
抵抗勢力の元を叩くと。
現代兵器の負の遺産、核ミサイルがついに解禁されたのだった……




