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ヘリザレクシア5

 とある港街。ウミネコやペリカンが飛び交う漁港の近くにある貴族邸で、それは起こった。

 ヘリザレクシアに降臨した女神の勇者は四人。そう、四人なのである。

 三人の勇者たちとは別に、もう一人、別行動をしていた勇者が居た。


 彼は調教の勇者。魔物であろうが人間であろうが、どんなモノであれ調教する事が出来る男である。

 禿げた頭に鍛えあげた肉体。

 もともと別世界で山賊の頭をしていた彼は、この街で数体の魔物と人間を調教し、今、貴族邸の貴婦人をモノにせんとやって来たのだ。


「他の勇者共はアホだな。折角手に入れた能力だ。自由に使ってこそだろう。なぜわざわざ危険な敵の元へ向かわんにゃならんのか理解できねェーぜ」


 夫は本日家には居ない。調教済みのメイドに内側から鍵を開けさせ、彼は単身貴族邸へと入り込む。

 貴族を制し、そこから王城へ、一国を我がものとして徐々に勢力を拡大させる。

 山賊の時と同じだ。食うモノ困った男を部下にして、女は慰み者にする。

 時折村や街を襲い傘下に押さえ、食料と女を差し出させる。


 それが調教として鞭を振るだけで楽にできるのだ。

 気に入った女であればそのまま抱けばいい。

 気に入らなければ売りをさせて金に換えればいい。

 財力があるなら貢がせる。権力があるなら裏から操る。

 何をするのも自由だ。調教を終えれば従順な存在になるのだから。


「あら? リオン早かったわ……ね? だ、誰ですあなたは!?」


「くはは。悪いなぁ、夫じゃなくてよぉ。おお? 妊婦かよ」


 その女は優しげな顔の貴婦人だった。

 驚きながらも妊婦であるため腰すら浮かせられない彼女に、下卑た笑いを浮かべ、調教の勇者が迫る。

 彼女には、逃げ場などなく、助けを期待する事すらできなかった。

 そう、彼女には……だ。




 ふと、そいつは自分が思考していることに気付いた。

 自分が思考をしている事実に気付き、物語りの続きが始まっていたことに気付くように、おや? と周囲を見回す。

 暗い。何故だかわからないが暗く狭い場所に居る。

 身体を折り曲げたまま動くことすらままならない。


 なんだここは? 一体どこだ?

 私はつい先ほどまで、勇者と闘っていたはずだ。

 女神サンニ・ヤカーに操られ、それで……


「ならば私も願おう。私を倒し、私を救っていただきたい」


「ならば、その願いを叶えよう。勇者を名乗る者として、あんたを倒す」


 ふと、直前にしていた会話が蘇る。

 ああ、そうか。

 気付いた。理解した。

 私は、負けたのだ。負けて、願い通り殺された。

 そして今は……


 魔力を通す。

 すると、自分の周囲が理解できた。

 自分は今、女の中に居る。

 見もしたことのない誰かの体内で、すくすくと育つ子供と成って、新たな生を手に入れたのだ。


 ああ、なんと素晴らしいことか。

 ああ、なんと未来に溢れた楽しみか。

 これから生まれでる自分は、自由を謳歌できるのだ。


 何をするにも自由。何処へでも行けるしいつまでも本を読み漁ることだってできる。

 種族的寿命がある可能性は否定できないが、それでも女神に邪魔されないと思えば苦にならない。

 転生出来たというのなら、死んだ後にまた転生すればいいだけだ。今回の生涯でその辺りは調べておこう。


 あとは、恋愛。それとあの勇者を誘って伝説の島とやらに行くのもいいだろう。

 果たして自分が出会う事が出来るかどうかは不明だが。

 しかし、ここは安心するな。

 書物で見たことはある。女から生まれる生命は、心地よい揺り籠に揺られながら成長するのだと。おそらくここがそうなのだろう。


 彼はしばしのまどろみを得る。

 生まれい出るその時まで、ずっと、ゆったりとした子宮の中で身じろぎするだけ。

 その、つもりだった。

 不意に、魔力探知に引っかかった敵性存在があるまでは。


 ゆっくりと母体へ向け近づいてくる。

 気のせいか、自分に伝わる恐怖。

 自らの母体が怯えている。アレは母体にとっての害意だ。

 姿は見えねど彼には分かった。


 ならば、彼がやるべきことは一つだけだ。

 自分が自由に振る舞うに邪魔となる存在の排除。

 そう、敵性存在の撃破である。




 女に逃げ場などなかった。

 迫る男に恐怖するだけだ。

 手に持たれた鞭が真上へと振りあげられる。


「さぁ。調教の始まりらぉるがぁprふwn%Ёっ――――?」


 突如、女の目の前で、男の身体が変化した。

 ぼこりと額が破裂するように、両足が伸び、太りくっ付き、根へと変化する。

 両腕が枝葉に代わり、身体は幹へ、彼の驚いた顔だけを残し、一瞬にして天井に届く巨大な樹へと変化した。


「な……に?」


 呆然と魅入っていた女は、あまりの醜悪な変化を目の当たりにしてそのまま気絶してしまった。


 ……

 …………

 ……………………


「なるほど、そんな事があったのかディアーネ」


「ええ。正直何が何だか」


 女、ディアーネが気を取り戻した時には、既に部屋に人から生まれた樹は無かった。彼女の夫、リオンにより切り取られ、庭で火にくべられたらしい。


「君以外に誰も居なかったというのなら、きっと神様が助けてくれたんだろう。もしくは……僕たちの子供が助けてくれたのかもね」


「あら、この子が? ふふ、なら命の恩人ね。大切に育てなきゃ」


 ふふと笑い合う二人。甘い生活は本日も続く。それを確認し合い、リオンは優しげに告げる。


「前に言っていた名前、考えたんだ。君の名前と僕の名前を合わせて、ディアリオ。なんてどうだろう?」


「あら、男の子だと確信してるの? 女の子だったらどうする気?」


「え? あ、そっか。えーっとリオーネとかリアーネとか?」


 安直過ぎだろう父上……

 母体の中でディアリオは呆れる。

 折角の次生だというのに名前が前と似ているな。皮肉さに思わず笑い、ディアリオは今しばし、母の揺り籠で眠りに付くのだった。

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