序・マロムニア
「はぁ……」
玉座に座った女から、溜息が洩れた。
クラシカ・クーデル・クロワッサン。それが彼女の名前だ。
魔族達を束ねる魔族の王となった彼女は、先程全国へ放たれた女神からの声を受けて溜息を吐いていた。
女神が組んでいたプログラムのせいで勇者と魔王が生まれる世界だったマロムニアは、女神マロンが放置していたせいで魔王の蹂躙により人族が滅びかねない状態になっていた。
そこへ勇者として召喚されたのが、マロンがたまたま学園生活を送っていた時のクラスメイト、手塚至宝という人物であった。彼女とついでに召喚されたクラスメイト達、そして彼女達を救うために異世界へと追って来たクラスメイトたちの活躍により魔王は倒され、マロン自身が魔王と勇者のプログラムを破棄し、魔王を倒したら勇者の側近が次の魔王化するという状況は無くなった。
御蔭で魔王は魔族を束ねる王という意味合いの存在となり、次の魔王討伐を行う筈だった本当の意味での勇者、クラシカが魔王の座についたのである。異世界召喚された勇者手塚は時期尚早だったのだ。もっと人族が追い詰められたあとでクラシカが勇者覚醒し、魔王を倒す、そういうプログラムが組まれていたのである。
幸いにもプログラムが壊された御蔭でクラシカの側近が魔王化してクラシカを倒す。などといったことが起こることはなく、今は平和な世界の始まりといったところである。
魔王と勇者の闘いのせいで多くの命が散ったため、魔国も新天地でかなり大変な状態だったのだが、今、彼女の作った魔王国は急速に一大国家へと成長しつつあった。
そう、折角国の運営が軌道に乗り出したところなのである。
なのに外から新たな火種が来たという。正直やってられない。
しかし、彼女はこの国の王だった。
溜息こそ吐くが放置したり後回しになど出来はしない。
玉座から立ち上がり、マントを靡かせ歩き出す。
黒くカッコイイ鎧を着込み、まさに魔王と言わしめる荘厳な姿で謁見の間を後にする。
通路を颯爽と歩きバルコニーへと向かう。
バルコニーのある部屋へとやってくると、既に来ていた甲冑を着た猿がやうやうしく礼をして、用意していたカブトを両手で差し出して来る。
クラシカは受け取り漆黒に煌めくカブトを被る。そしてバルコニーから姿を現した。
魔王から全国民へと話があると言われ、集まっていた国中の国民達が真下に見える。
「皆の者、わざわざ生活の手を止め集まってくれた事を嬉しく思う。我が魔国繁栄の為、先程全世界に知らされた邪神の手先を見つけ出し討伐することをここに宣言する。皆も協力してほしい。我等が不甲斐ない姿を見せれば、きっと地獄の死神が断罪に来るだろう。そうなる前に我等自身の手でこの世界は守れるのだと、女神マロンに見せつけるのだ! 全軍、女神の勇者捜索を優先せよ。飛竜部隊は空より各国へ伝令を送り全ての国が協力して事に当るよう魔国から働きかけよ。人族の国々に先駆け、魔国ここにありと知らせてやれ!」
やる気に満ちた兵士たちの鬨の声が上がる。
クラシカは満足げに頷くと声を押さえてさらに告げる。
「幸い、女神マロンの計らいによりこの世界出身の強力な助っ人が来るらしい、誰がどのくらい来るかは不明だが、そいつらが来る前に女神の勇者とやらを見つけ出し討伐してしまおう。この世界は我等の手で平和を維持するのだと、マロン神を安心させてさしあげるのだ」
民衆からクラシカの名が連呼され始める。
あまりの人気具合に顔が引き攣りそうになるクラシカだが、きゅっと唇を引き締め真剣な顔を貼り付ける。
実を言えばクラシカは魔王の器などではない。今の台詞も側近と相談して昨日必死に考えた台詞を告げているだけだ。
本来であれば自室のベッドに包まり一日中寝っ転がっておきたいところである。
しかし女神から直々にあなた魔王やりなさいよ。と告げられた以上は身を粉にしてでもやり遂げなければならないだろう。
魔王としての方針宣言を終えると、バルコニーから引っ込み再び謁見の間へと戻る。
椅子に座り一息、身体から力を抜こうとした瞬間、次の公務が始まった。
扉が開かれ魔王国各部隊の将軍がどかどかと入って来る。
どうやら身の丈に合わない役職には休むような時間はないらしい。
溜息を吐きたい気持ちを内面に押し込め、集まった魔族たちを見渡す。
先の大戦を味わった者、新たに見出された若き者、皆決意に満ちた顔をしている。
「さて、ようやく魔国が落ち着きだしたところですまないが、世界の緊急事態らしい。魔国としてはやはりマロン神の手を煩わせることなくこれを解決したいと思う。女神の勇者を名乗る者たちは皆強力な力を持っているらしい。その全員が神を傷付けられる存在だそうだ。つまり女神が直接乗り出し彼らを倒すことはできない。しかし、我々が倒せないという存在でもないらしい。力は強いが異世界から来た人間だ。ならば倒せない道理はない。皆にはまた苦労を掛けるが魔国のため、ひいては世界の為にその力を貸してほしい」
クラシカの言葉に魔族たちは厳かに頷く。臣下の礼を取る彼らを送りだし、ようやくクラシカは息を吐くのだった。
やることはまだまだ大量だ、自分は総大将なので現場に向かう事も出来ない。
指示を出した後は女神の勇者が発見されるのを待つだけなのである。