マイノアルテ5
「理解したか。こういうのを必殺というのだ」
燃え盛る黒炎をバックにして皆に向き直ったヌェルティスが告げる。
しかし、三人はただただ魔王たちの幻影に心奪われたように虚空を見上げるだけでヌェルティスの言葉に反応はない。
「ん? どうした?」
「なんだ……この差?」
思わずゼムロットが呟く。
さっとシャロンは視線を背けた。
ビルグリムは青い顔のまま微動だにすらしていない。
「おい、おいそこの魔女。なんだこのバケモノは!? 同じントロだと!? 嘘だろオイ!!」
ビルグリムが半泣きで叫ぶ。しかしシャロンはさらに視線を背けることで無視をする。
ビルグリムとヌェルティスの実力はどう見ても隔絶している。同じントロとして実力は拮抗しているはずなのにどう見ても規格外な生物にしか思えなかった。
「魔女戦争に召喚されるントロはピンキリといえども実力自体は同等になるはずだ。口付けで本来の力を取り戻すとはいえ、それまでの力はほぼ拮抗する筈だろう!?」
そういうシステムらしい。
ヌェルティスはそうなのか? と小首を傾げ、ああ。と納得する。
自分が召喚される時凶悪なステータス封印術も一緒に掛けられそうになった。
抗った御蔭で身体が縮みはしたが、他のントロよりはステータスが上がった状態で召喚されたということらしい。
「なるほど、これは僥倖か」
「ヌェルティス、相手にトドメを」
「ん? このおっさんにか?」
「魔女を殺せば終わりです。人間的な者を殺したところで魔女が生き残れば次が召喚されてしまいます!」
「ふむ? ではこやつらを倒しても無意味ではないか。こやつの妹が魔女なのだろう?」
「いえ、委譲が行われた場合委譲された魔女が死んだ時点で委譲した魔女の能力は消えます」
なんだそのシステム。思わずツッコミ入れそうになったヌェルティスだが、この世界がそういう法則なのにその仕様に文句を言っても意味はないと気付き押し黙る。
「くっ。ここまでか……」
ゼムロットが悔しげに呻く。
ビルグリムはゼムロットを守るように移動し、ヌェルティスにナイフを向けているのだが、彼は気付いていないのだろうか?
直ぐ横にシャロンが居るのだ。彼女を襲って殺してしまえばヌェルティスと闘うことなく相手の魔女を倒せるのだが。といっても、そういう行動をすればヌェルティスは即座に阻止しに動くつもりだった。しかし、あまりの間抜けっぷりに殺意など削がれてしまった。
「ふむ。何を勘違いしておるか知らんが、儂らはこの領地を通り抜けるだけのつもりだ。邪魔をせぬのならお互い不干渉ではいかんのか?」
「なんだと!?」
「何をいっているのヌェルティス!?」
噛みつくように叫ぶシャロンの元へ近づき、ビルグリムに視線を向ける。そこで彼は気付いたようだ。やっちまった。みたいな顔をしている。
「そもそもそこの義賊のお間抜けが今回死んだとしても後々まで生き残ったとしても儂らの不利にはなるまいよ。儂が居らん時に直ぐ横に魔女が居たというのに攻撃すら仕掛けておらんではないか」
「「……あ」」
ゼムロットとシャロンが同時に気付く。
ビルグリムはバツの悪そうな顔でそっぽを向く。
ビルグリムとゼムロットにとってはヌェルティスと闘うことなく倒せるチャンスだったのだ。それに今更ながら気付いた間抜けたちにヌェルティスは溜息を吐く。
「理解したかシャロン。こやつらは放っておいても邪魔にはならん。まぁ、なんだ。死なぬよう気を付けるがいい」
「納得したくないが、今回は見逃されたことを素直に受け取っておく……ビルグリム、帰るぞ」
「え? 本当にこいつら放置? あ、いや。まぁ殺されんのは俺らっぽいからありがたいっちゃありがたいんだが」
頭を掻いてナイフをしまうビルグリム。
シャロンは納得いっていない様子だったが、ヌェルティスは二人を見逃すつもりだった。
理由を言えば小者すぎて闘う気にならないのと、トリックスター的役割で他のントロを掻き回してくれるのではという期待からだ。
「では儂らは次の領地に向かう」
「むぅ……しかし魔女とントロを放置したままというのは……」
「儂らが無理をせんでも魔女同士で潰し合うのだろう。放置して……シャロンッ」
それは唐突だった。
咄嗟にシャロンにタックルするように彼女ごと飛び退く。
ビルグリムも気付いたようで直ぐ横に居たゼムロットを蹴り飛ばし自分はナイフを引き抜いた。
ガキンと一度金属音。
次いで赤い軌跡と共に刃が振るわれる。
遥か遠くから一気に距離を詰めてきた少女が武器を振るい、一撃でビルグリムのナイフを吹っ飛ばしたのだ。続く二撃目がビルグリムに襲いかかる。
「クソッタレッ!!」
バックステップでぎりぎり躱したビルグリム。へこんだ防具に二連の傷が出来ていた。
ただ、衝撃が強かったのだろう。膝を突いたまま動けなくなってしまったらしい。
悔しげに腹を押さえて少女を睨む。
「ふむ? 今ので倒したと思ったが……」
少女は不思議そうに小首を傾げ、身の丈三倍はある血紅の鎌を引き絞る。
シャロンを押し倒し、起き上がろうとしたヌェルティスは、そいつを見て愕然とした。
全身から怖気が走るのが分かった。
魔女戦争といえども自分は負けるはずもないと思っていた。だが、それは間違いであると気付かされた。
絶対に勝てない存在が、目の前に現れた。
アレは殺せない。殺せる訳がない。アレが敵のントロであってしまったら。ヌェルティスの勝利は絶望的だ。ヌェルティスはあまりの絶望に全身を振るわせた。
「ヌェルティス! 敵ントロの襲撃ですっ。迎撃を……ヌェルティス?」
「ほぅ? なにやら聞いた気がする名前と顔だな」
鳳眼を持つ少女がヌェルティスに視線を向ける。
「初めましてというべきではないとは思うが、記憶があやふやでな。懐かしい気はするが一応初めましてと言っておこう。ントロ気難しい者。シャオ・ロンファだ」
「聖……龍華……なんでお前がここにおる……?」
戦慄の面持ちで、ヌェルティスは尋ねる。その質問に意味がないことは、彼女自身が分かっていることだった。




