地球6
「まったく、折角落ち着いたと思えば日本にとんぼ返りか」
溜息を吐きながら、少女は告げた。
一房に纏めた黒髪が、長いもみあげ部分と共に強風に煽られている。
バタバタと忙しない音とともに、旋回音を盛大に響かせる周囲に顔を顰めた。
鳳眼の瞳を向けるのは、共に世界を旅するパートナー。
そこには綺麗なプロポーションの女がいた。
野性味のあるその女は、少女にクスリと笑みを浮かべる。
母性的ながら凶暴性を隠そうともしない瞳が少女に向けられた。
「ラナリアの捜査技術は私も驚いている。まさかデトロイトにまで迎えに来るとは思わなかったわ」
「全くだ。しかも理由が女神の勇者討伐と来たものだ」
「そこは、問題ではないでしょう龍華」
「それはそうだな。負ける気がせん。だがお前は生身だからな、こんなことで死んでくれるなよ下田完全」
聖龍華。そして下田完全は今、東京付近の上空数百メートルに居た。
バラバラと煩いのは二人が乗っているヘリコプターの旋回音だ。
開かれたドアから入る強風が彼女たちの衣服、髪をバタバタと揺らす。
そんなドアの縁を持った龍華は、下を確認した後、完全に視線を向けた。
「ゾンビの勇者だったか。こちらは受け持とう。不死者である私であればゾンビ化することはない」
「手伝えないのが辛いけど、万一ということもあるしね。私は別の勇者討伐をしておくわ」
「うむ。では健闘を祈る。行って来る」
龍華はドアの縁から手を離し、垂直落下を行った。
消えた龍華をドアから乗りだし見つめる完全。
上空数百メートルから突撃した龍華は異世界製アイテムボックスから自慢の武器を取り出す。
白い布に巻かれた身の丈三倍はある巨大な得物。
ばさり、白い布が宙を舞う。
姿を現すのは血紅の赤。長すぎる柄を持つ巨大な大鎌。
二連の刃が付いたその鎌は、龍華の愛鎌。
ゾンビ屯う中心へと追突した龍華がゾンビの群れに消える。
次の瞬間無数のゾンビが宙を舞った。
そんな光景を見つめた後、完全はラナリアの操縦士へと向き直った。
「私の戦場は?」
「つい先ほど連絡が来ました。田舎町の方になりますが未だに何処からも援軍が来ていない場所があります。幽霊などを操る勇者。本人は調伏の勇者と自称してます」
「調伏の勇者……ね。氣を使えば何とかなるかしら?」
「ではそちらに参ります」
龍華を一人ゾンビの群れに残し、ヘリコプターは次の戦場へと向かって行く。
ドアを閉じた完全は、自分の戦場が直ぐそこにあると、静かに闘志を漲らせていた。
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「なんっだよ、これ……」
今田圭一は愕然としていた。
彼はつい先ほどまで、一つ屋根の下で暮らしている切裂魑魅と共に必死に逃げていた。
彼女の手を引っ張り、訳のわからない現状から逃げている最中だ。
だが、その逃走劇は既に終わりを告げていた。
目の前には、本来日本に居る筈のない巨大な人の塊。
無数に人を押しつぶし固めたようなその塊は、怨嗟の声を上げて彼らの道を塞いでいた。
そして背後には、落ち武者達の群れ。その中央から一人の男が悠々歩いて来ている。
進退は極まった。
なぜ自分達が追われているのかすら理解できないが、敵は彼らを追い詰めるように追って来ていた。
その敵が、彼らの前へと現れる。
「やぁ」
「う……な、なんなんだよあんたっ」
やってきた男から魑魅を隠すように身体を前にした圭一は噛みつくように叫ぶ。
しかし、男には効果はなかった。既に彼らを征圧するだけの戦力は集結させた。
後は目的を達成するだけ、脅威など一つもないのだ。
「初めまして、俺は調伏の勇者。いや、ここはいいな。凶悪な霊体が目白押しだ。見ろよ、お前らの後ろに居るのはオウラミサマっていう悪霊だ。こっちは昔戦場でもあったのかな? 落ち武者どもが楽に手に入った」
そして。と男は魑魅を指差す。
「オウラミサマよりも強力な悪霊を見付けたんだ。そう、そこの女に取りついてる霊体だ。かなり融合してるみたいだから引き剥がすのは大変そうだけど。その女を殺せば俺のコレクションにできる。取り殺してやるから大人しく死ね」
ニィと笑みを浮かべる調伏の勇者。
咄嗟に守ろうとする圭一だったが、背後から迫るオウラミサマに気付いて魑魅との位置を入れ替える。
「圭くん……」
「だ、大丈夫、魑魅は俺が……」
無理だ。そう思いながらも小柄な魑魅に覆いかぶさる圭一。
迫るオウラミサマから魑魅だけは守る。
自分が守り切る。そんな思いで彼女を庇った。
「昇天王国!」
女性の声が聞こえた気がした。
魑魅を庇い呪いを受ける覚悟だった圭一だったが、呪われた感じが全くしない。
顔を上げたその先に、彼らはいた。
金色に煌めく艶やかな髪を靡かせ、神聖な光と共に翼をはためかす壮麗な天使の少女。
赤く猛るように風に揺れる髪を靡かせ、金色の天使に付き従う天使の少女。
そして、三つの眼を持つ可愛らしい少女。
三人の少女が宙から舞い降り、地面に着地する。
すでにオウラミサマも落ち武者たちの霊も消え去っていた。
「な、なん……」
「お二人さん、ご安心ください。私達が来たからにはもう安全ですっ!」
「愛に呼ばれて天より来る、真愛戦隊エンジェリックラバーズですおっ!!」
「……え? シシーもそれするの!?」
ビシッ、ビシッとポーズを決めた金髪天使と赤髪天使をぼーっと見ていた三つ目少女が慌てて中央にやって来て適当にポーズする。
「神の純心、フロシュエル!」
「神の真心リュミエルお!」
「えーっと、魔神のシシルシちゃんだよ?」
「「「真愛戦隊エンジェリックラバーズ」」」
三人がポーズを決めた瞬間、金髪天使により三人に光が降り注ぎドパーンと周囲を純白の羽が舞い散った。
登場からして痛々しい三人娘の登場だった。




