グレイシア2
「クソッ、奴らの武器はどうなってやがる!」
とある王国の騎士団長、オーゼキは思わず悪態をついた。
今、彼ら騎士団は冒険者たちと共に愛すべき王国の正門で防衛を行っていた。
アルセの蔦により作られた巨大全身盾を門に並べ、敵の銃撃を防いでいる現状である。
正直手も足も出ない。
相手は見たこともない姿で同じ顔の兵士達。
皆が同じ突撃銃を持ち、アルセの盾に向け銃弾を打ちつけている。
最初に突撃した騎士団や冒険者は一瞬で蜂の巣にされた。
だから皆ここで防衛するしか出来ていないのだ。
時折魔法を叩きつけるが、向こうにも魔法使いがいるようで、打ち消されてしまう。
「おそらく、既に陥落した国の魔法使いでしょうね」
この国に召喚された勇者が憔悴した顔で言う。
「まさか魔法世界で突撃銃を持った兵士と闘うことになろうとは……」
「忠志殿はあの武器を知っているのか?」
「ええ。アレは私達の世界の武器です。こちらの世界の魔銃と違い、鉄の塊を連続で打ち込む銃ですね」
「そんな殺傷力の高い武器があの数……か」
敵の数は果たして幾らだろうか? 10万くらい居るかもしれない。否、もしかしたら1万も居ないかもしれないが、どのみちここからでは確認出来ない人数がひしめいている。
彼らは遊んでいるのだ。この国に突撃すればほぼ一瞬で壊滅させられるだろうに、圧倒的力を見せつけるように騎士たちに銃弾を叩きつけていた。こちらが我慢ならなくなって出て来るのを待っているようにも見える。
「仕方ありません。折角家族と地球に帰ろうかという矢先に、私だけ帰れないとは……」
「忠志殿……?」
召喚された勇者は覚悟を決めたように呟いた。
------------------------------------
荒い息が漏れる。
騎士たちが前門を守っている頃、その国の内部をひた走る男女がいた。
お世辞にもカッコイイとは言えない三枚目顔のM字カットの男が必死に走る。
その後を兎獣人の女性がぴょんぴょんと跳ねながら追っていた。
「ねーサーロー。戦場から遠ざかってるよ?」
「バッカ、ルーシャ。城に避難してる奴等の避難誘導に行くぞ! こっちも重要な仕事だろ!」
アレ見ただろ。あの武器相手に冒険者も騎士団も勝てるかよ。
そんな呟きを漏らしつつ、彼は必死に走っていた。
勝てるわけがないのだ。敵はこちらの数倍の人数で、皆が鉄の銃弾を遠距離から飛ばして来る。
最初に突撃した血気盛んな冒険者の名前は何だったか、一瞬で無数の銃弾に穿たれ死んでしまった。あんな最後は迎えたくもない。
戦場から逃げるつもりのサーロは、どう言い訳して逃げるかを必死に考えていた。
そんな彼らの元へ、一人の少女が駆けて来る。
弁当箱を抱え、泣きそうな顔で走る彼女は、何も無い場所で蹴躓き、こける。はずみで弁当箱が地面に転がった。
「ちょっと!? 大丈夫?」
「うぅ、お姉ちゃん、ありがと……」
咄嗟に駆けよったルーシャにより助け起こされた少女は、擦りむいた膝を痛そうにしながらも、弁当を拾い、足を庇いながら歩き出す。
「お、おいおい、そっちは前門だぞ? 城はこっちだ!」
慌てて引き止めるサーロに、少女は首を横に振る。
「お父さんに、届けるんだもんっ」
泣きそうな顔で、少女は言った。
「お父さん、ミーズを守るからって、騎士団のお仕事にでたんだもん。弁当、忘れて行ったんだもん。だから、届けるの。届けなきゃ……お父さんが……お父さんがぁ……っ」
ずっと押し込めていた感情が弾けるように、涙ぐむミーズ。彼女も気付いているのだ。
騎士団は前門で、あの凶悪な軍団を相手取っている。
彼女の父親の生存は絶望的だろう。
「嬢ちゃん、あのな……」
「お兄ちゃん、冒険者さんでしょ? だったら、だったらお父さんを、お父さんを助け……っ」
思わず叫び、直ぐに気付いた。
サーロの顔には、苦虫を噛み潰した表情が張り付いていた。
気付いてしまった。彼らも逃げて来たのだと。自分の命優先で騎士団が守る前門を放棄したのだ。
「ごめんなさい……」
一言謝り、言葉に詰まる。
顔を伏せ、声を殺して泣きだした。
「やだよぉ。死なないでお父さん……ミーズ良い子にするから、もう我がまま言わないからぁ。神様、お父さんまで取らないでぇっ」
泣きだしたミーズにどうしていいか分からず戸惑うルーシャ。
どうしたものかと相方に視線を向けて、驚いた。
サーロは、ミーズの頭を撫でて、彼女に自分の存在をアピールする。
ミーズが見上げて来たのを確認し、自分自身を指差した。
その顔はお世辞にも格好良いとはいえない。
涙目だし、恐怖に震えて歯はガチガチと鳴っているし、全身に震えがある。
鼻水垂らし、震える親指で自分を差して、泣きそうな顔で告げた。
「お、俺に任せな嬢ちゃん。この俺が、サーロ様がっ! 親父さん100人にして連れ帰ってきてやっからっ!!」
「お兄ちゃ……でも……」
もう一度ミーズの頭を撫でて、彼は決意と共に踵を返す。
「ルーシャ、この子連れて城に避難しててくれ!」
「サーロ!? サーロはどうするの!?」
「俺だって、俺だってなぁ! アルセ姫護衛騎士団の一員なんだよ!! 少女の涙見て逃げ出すなんて真似できるわけねーだろ! アルセちゃんに怒られちまう。いいかルーシャ、そしてミーズ! ここからサーロ伝説が始まるんだよ!! 俺の英雄譚を後で聞かせてやるから城で待ってろ!!」
ヤケクソ気味に答え走り出す。
そんな彼の背中を見つめ、ルーシャは熱に浮かされたように瞳を潤ませた。
「サーロ、まじサーロ……」
サーロは前門向けてひた走る。
気付いていた。知っていた。彼は、彼だけは闘えるということに。
でも、分かっていても恐かった。もしも銃弾が有効だったら? 自分はまだ死にたくない。
それでも……少女の泣き顔が、自分に力をくれた緑の少女の顔に重なった。
皆を守ってと言われた気がして、自分にはそれが出来る可能性があって。
ああチクショウ。皆はアルセ神の呪いを受けたって言いやがるけど。やっぱり違った。
自分が受けたのは祝福だ。サーロは既に、アルセ姫の加護を受けたのだ。
「サーロ君!?」
「忠志!? なんでここに居るんだよ! あんたの居場所は違うだろ!!」
「し、しかしだね、国を守るには……」
「あんたの戦場はここじゃない! あんたは家族の元へ行けよ! 裏門にも来てんだろヤベェのが! ここはこのサーロ様の戦場なんだよ!!」
前門で、ついに立ち上がろうとしていた勇者に怒鳴り付け、騎士団を掻きわける。
「どけ! あんたらはお呼びじゃねー。ここはアルセちゃんに頼まれた、俺の戦場なんだよ!!」
涙と鼻水に塗れ、歯茎は噛み合わず、常にカタカタと鳴り響く。それでもサーロはアルセの盾の外側へと身を躍らせる。
一人の無謀な男に慌てる騎士団だが、サーロは気にせず兵士たちに対峙する。
唯一の武器、ひのきの棒を引き抜き、数万もの兵士達向けて、たった一人走り出した。
「テメェらの眼に刻みやがれッ! アルセ姫護衛騎士団突撃隊長サーロ様がこの国にいるってことをなぁ!!」
迫る銃弾の雨嵐に、彼は迷わず突撃するのだった。




