地球2
「とぉっ」
新見黙人が眠っていると、突然眉間に衝撃が来た。
大した一撃ではなかったのでそのまま眠ろうと思ったのだが、衝撃はさらに続く。
「そりゃっ、てーい、おきろもくとーっ」
鼻に来た衝撃にいい加減やめてくれっ。と上半身を起こす。
「ひゃわーっ」
「もーっ。起こすならもっとゆっくり起こしてよピクシニーっ」
寝ぼけ眼を擦りつつ相手を探せば、ベッドにM字開脚で転んでいる小さな少女がいた。
手のひらサイズのピンクの髪を持つ少女。
背中にはトンボのような翅が四枚付いている。
「ちょっとますたー! おきるならおきるっていいなさいっ。きゅうにおきたらびっくりでしょーっ。もーっ」
「あー、うん、ごめん」
黙人は欠伸を一つ。適当に謝りながら目をしばたたかせる。
ようやく目が見えるようになってきた。
時計を確認すると朝の六時。大学に向かうには早い時間だし、日曜だとしてもまだまだ眠っている時間帯である。
「なんで起こされたの僕?」
「なんでって、もー、はくらもかぐらもてぃんくもぱっくもみんなひなんしちゃったよ!!」
「避難?」
頬を膨らますピクシニーに小首をかしげながらベッドから這い出る。
「もー、いっかいのかぎとかひとりでかけたんだからねー。しんにゅうぼうしにかんしゃしろー!」
なにがなんだか理解できないよ。
そう思いながら窓を開く。
しばし呆然とした。
「え?」
「ア――――」
「う゛――――」
家の周囲に無数の人だかりが出来ていた。
皆さん脳漿はみ出し腹から腸がはみ出ている。
うつろな瞳で肩を揺らし倒れそうな動きで歩く腐った死体達。
「ええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「このきんぺんにのこってるの、わたしたちだけだよもくと……」
呆れたピクシニーの声に、彼は絶句するしかなかった。
この詰んだ状況、どうすんの? そんな心情は、誰にも吐露できなかったという。
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とある高架下に、彼女は娘と暮らしていた。
ラナリアという秘密結社に用意して貰った家は、つい先日火事で焼け落ち仕方なく河川敷での生活を強いられているのである。次の家が用意されるまではしばしここで娘と生活だ。
流れる川に釣り竿を投げ込み、娘と共に釣りを行う。
「お母さん、釣れたっ」
「あら、凄いわね命。さすがお父さんとお母さんの娘ね。素敵よ!」
「えへへ」
母親に頭をなでられ照れる少女は、釣った魚をバケツに入れようとして釣り針から外す。その刹那、彼女の頭に空から岩が降って来て直撃した。
「あぅ!?」
少女自身は無事だったものの、手にした魚はすっぽ抜け川へと放流された。
「あー。もー、不幸だーっ」
「あらら、今日も逃げちゃったか……」
苦笑いの母親が降ってきた隕石を拾いあげる。
「今日のはかなり大きいわね」
「うー、頭いたいいたい。とんでけー。お母さん、それ、いくらになりそう?」
「隕石、この国だと高値で売れるから、これで臨時収入ね。どこか外食行こっか?」
「やたー! 麁羅誘うー。麁羅と一緒だったら不幸ないもんっ」
「それもそうね。麁羅さんに連絡を……」
不幸に纏わりつかれた親子が楽しげに川から遠ざかる。その瞬間、突然真上の橋が破壊された。
即座に気付いた母親に抱きかかえられ、少女は辛くも危機を回避する。
「あはは。死ねる。やっと死ねるみたいね命っ」
「またお母さんの死にたがり病でたー?」
「死にたがりじゃなくて、死なない為に死ぬのが幸運って思うのよ。命も覚えないとだめよ? 不幸は私達を直ぐに殺しに来るんだから」
少女と母親が避難し、堤防に上がった時には、橋が完全に崩壊してしまっていた。
その橋を壊したのは、今、川を堰き止めるように上空から降ってきた巨大な柱。否、それは人の足であった。
「巨……人?」
巨大な男はさらに歩を進めたようで、上空から足が降って来る。
民家を数件押し潰し、巨人の行進が始まった。
「お母さん……何あれ?」
「さぁ? でも……連絡入れなきゃ」
「あ、凛さーんっ」
スマホを取り出し連絡を入れた母親に、遠くから声が掛かった。
誰かと見れば、白銀の防具に身を包んだ女性が駆けよってきた。
普段であればコスプレのキチガイとしか思えないのだが、今の巨人を見た後ではむしろマシな部類に見えてしまう。
「どうしました萌葱さん」
やって来たのは萌葱という女性。最近結婚したそうで、姓が河上に変わり、河上萌葱になった女性であり、救世主という職業とラナリアの契約社員という職業を兼任している人物だ。
「皆が心配してたんですよ。女神の勇者たちが襲って来てるから、凛さんたちとか真っ先に襲撃されそうだって」
「襲撃って……あー、でも今のは襲撃かな?」
遥か遠くへと進軍してしまっている巨人を見る。
その視線に気付いた萌葱も巨人に気付いたようで、唖然とした顔をして巨人の背中を見つめていた。
「なんです、アレ? 巨人族?」
「またぞろ宇宙怪獣とかの類じゃないですかね? でも、女神の勇者だったり?」
確証こそないものの、彼らはそれが敵であることは理解できたのだった。




