マイノアルテ・最終決戦11
「な……え?」
茉莉は自分の首筋に噛みつく存在に、理解が追い付いていなかった。
なぜ、そこに居るのか?
なぜ、エアロフレームの内側に居るのか?
なぜ、自分はヌェルティスに噛みつかれているのか?
よくよく見れば、ヌェルティスの顔だけはそこにあるが、首から下は存在していない。
霧のような赤い何かがヌェルティスの周囲に漂っているだけだ。
どうなっているのか理解できず、しかし理解する余裕は与えられなかった。
何かが吸われ、何かが入ってくる。
びくり、全身が痙攣を始めた。
声が出せなくなり、口から漏れるのは途絶しかけた呼吸の音のみ。
次第思考が麻痺して来る。
「あ……っ」
「さよならだ」
引き抜かれた牙から血飛沫が舞う。
垂れた血液と共にヌェルティスの姿が再び赤き霧と化す。
力尽きた茉莉が障壁全てを消失させながら急転直下、地面に激突した。
「あ、あぁ……なに、これ?」
「言っただろう、終わりだと。すまんな茉莉。お前の負けだ」
茉莉の悲鳴とシャルロッテの悲鳴が重なった。
驚いてヌェルティスが視線を向ければ、マグニアの剣により貫かれたシャルロッテの姿。
結局、突きつけられた剣を避ける術は無かったようだ。
痙攣する茉莉が激しくのたうつ。絶叫を迸らせながら何かに抵抗するが、無情にもそれは彼女を浸食したらしい。魔王の因子も天使の因子も激闘空しく、吸血鬼化という攻撃に抗えず茉莉の身体を作り変えて行く。
「ぬはは。下僕化完了。またつまらぬ者を吸ってしまったわ」
「シャロンッ」
高笑いを浮かべるヌェルティスを放置して、ジルベッタを助け起こしたマグニアが駆ける。
血だまりに沈むシャロンを抱き上げると、微かに息のあったシャロンは薄く微笑んだ。
「マグニア、ありがとう……」
「ありがとう、ではありませんわ。このバカ娘ッ、こうなることが嫌だったから貴女を魔女にしたくなかったのにっ」
悔しげに叫ぶマグニアの眼から涙が零れる。
熱く、しかし落下途中で冷やされた冷たい滴がシャロンを濡らした。
「シャロンッ」
ヌェルティスも遅れながらシャロンの元へ。
すでに致命的な出血量だ。普通に助かる見込みは無さそうだ。
ヌェルティスの吸血鬼化を使えば生存は可能だろうが、その先は吸血鬼として過ごすことになるだろう。それを彼女はきっと望まない。
「悔しいな。回復魔法でも使える奴が居ればよかったが、儂が使えるのは吸血鬼化させるくらいだ。人の生き血を求めるだけのバケモノになるか、意思持つ吸血鬼になれるかの賭けになるが、どうする?」
「……人として、死ぬわ」
「……そうか」
目を伏せるヌェルティスに、力無く腕を持ち上げたシャロン。慌ててヌェルティスがその手を握る。
「ありがとうヌェルティス。貴女の御蔭で姉を止められました」
「シャロン。この大馬鹿者が、死んでしまっては何にもならんだろうっ」
「そうかしら? 少なくとも、ジルベッタとマグニアは生還させられた……でしょう」
がふっと血を吐きだす。
もう幾らも時間がないことは、誰の目にも明らかだった。
「マグニア……幸せに」
「嫌……嫌よシャロン。貴女が居なくなって幸せになんて、なれる訳……」
泣き叫ぶマグニアに薄く微笑み、瞳を閉じるシャロン。その笑みが、とても幸せそうな笑みだった。
「ヒールライア」
「……へ?」
不意に、シャロンへと魔法が飛んだ。
驚いたヌェルティスが振り向けば、そこに居たのは茉莉。
薄く消え始めていた彼女がヌェルティスに気付いて笑みを浮かべる。
「茉莉、お前……」
「いやー、まさかあんな方法で負けちゃうとはねー。消えるからか眷族化しなかったみたい。後味悪いの嫌だし、レウちゃんからね、もしも負けたら恩売っとけって事前に言われてたんだよー。ナイスファイト。じゃねー」
バイバイ。と笑顔で手を振り消えて行く茉莉。
最後まで殺し合いではなく闘いを楽しみ抜いたらしい茉莉。さわやかな笑みを残して消え去った。
その姿を見送って、ヌェルティスは思い切り息を吐きだした。
「はぁ~~~~~~終わったか」
「ねぇ、ねぇヌェルティス、今のって、今のってシャロンが死なないってこと!?」
「うーむ。肉体的回復だけだったしタイミングがギリギリだったからな。正直五分五分だな。シャロンの運の良さに賭けるしかあるまい。心臓動いてるか?」
ジルベッタが慌ててシャロンの心音を調べる。
「動いてる。動いてるよお姉ちゃん。あは、よかった。本当に……よかったよぉ」
泣きだしたジルベッタにつられ、マグニアも涙を零す。嬉しさに込み上げた笑いを浮かべ、二人が嬉し泣きを始めた。
「茉莉が消えた以上シャルロッテは死んだと見てよいし、憂いは断てた。これで勝者は……ん? この場合どうなるのだ?」
ントロは一人。ヌェルティスのみ。
生存している魔女はシャロン、マグニア、ジルベッタ。
実質ントロが居るのはジルベッタだけなので勝者はジルベッタになるのだろうか?
よくわからず小首を傾げるヌェルティスは、天の声を待つのであった。




