グレイシア1
「皆さん押さないでっ。荷物は最小限に、城かアルセ教本部に避難してくださいっ」
ギルド員が街に散らばり声高らかに叫んでいる。
本人達も逃げ出したいと思いながらも、マイネフラン王国ギルドに所属する受付嬢たちは民間人達を誘導していた。
グレイシアの王国の一つマイネフラン。今、まさに未曾有の危機を迎えようとしていた。
つい先日、グレイシア全土に向けて放たれた新日本帝国による全世界蹂躙宣言により、新日本帝国軍の兵士たちがマイネフラン近郊に部隊を展開させたのだ。
何処にも逃げ場がない国民達を全て城に収容し、王は徹底抗戦を決めた。
ただ、アルセ教本部の最高司祭たちはそのまま本部に残り、祈りを捧げだしたのだ。
これを止めることは国王たちにも出来ず、彼らは御神体向けて必死に祈りを捧げているらしい。
そのため、信者たちも本部に詰め寄っており、避難先は王城とアルセ教総本部の二手に分かれていた。
といっても城の前にあるのがアルセ教本部なので致命的に防衛力が裂かれる訳ではなく、兵士たちの混乱は少なかった。
殆どの民間人が城へと避難したのを見届け、ギルド長から避難していいと指示を受けたギルド員たちも城へと向かいだす。
ギルド受付嬢となった新人のパティアもまた、城へ行こうとしたところだった。
「パティアたん」
彼女の背後に数百人の男達がやってきた。
気付いたパティアは彼らに振り向く。
「あ、オッカケさんたち。皆さんも早く避難しましょ?」
少女の元へやって来たのはこの世界で偽人と呼ばれる種族の魔物。オッカケである。
背中にパティアたん命と書かれたピンクのハッピにパティアたんラブと書かれたの鉢巻き、パティアの顔が刺繍されたシャツ。
メガホンやパティアたん団扇、サイリウムを持った男達は、青い顔のパティアを見て押し黙る。
直ぐにわかった。気丈に振る舞っているが彼女は不安なのだ。
このような国の危機は今までなかった。全国民が城に避難するなんて、そんな絶望的な戦争は初めてなのだ。
「だ、大丈夫ですよ。王様が言ってました。マイネフランにはアルセ様の加護があるから負けるはずがないって」
「パティアたん……」
名前を呼ばれたように思うが、これはオッカケたちの鳴き声だ。
彼らはパティアを応援し、見守ることだけを心情とする一人の少女に忠誠を捧げた魔物たちなので、彼女の危機や想いには敏感だった。
代表するように、一人のオッカケが前にでる。
「さぁ、城に避難しましょ。私達には祈るしか出来ないから」
泣きそうな顔で告げる少女の頭を、オッカケは優しく撫でる。
素敵な女性に育ってくれ。
そう告げるように。
「あ……」と呆然と口から漏れるパティアから手を離し、オッカケは後ろのオッカケたちに振り返る。
皆を見回し、オッカケは頷いた。
それに呼応するように、皆も頷いた。
踵を返し、パティアに背を向け歩き出す。
皆が城から遠ざかるように動き出したことで、パティアは一抹の不安を覚えた。
「あ、あの、皆? そっちは城じゃないよ?」
しかし、最愛のパティアの言葉を無視し、彼らは街門へと向かって行く。
「ちょっと皆? ねぇ? お家に帰るの? 避難するんだよね? ねぇっ!?」
街門から出て行く時、リーダー格のオッカケが一度だけパティアを振り向いた。
デブった身体はお世辞にもカッコイイとは言えないし、服装も服装だ。でも、彼は今まで見たこともない笑みを零す。
大丈夫。パティアたんは国の無事を祈っていて。
そう告げるように、「パティアたーん」と最後に鳴いて、彼らは国を後にした。
そう、彼らは知っていた。
ずっと見て来たのだ。少女の機微など丸わかりである。
彼女は怯えていた。恐怖していた。心の中で泣いていた。
女神の勇者を名乗る男達に、母国が蹂躙される未来に涙していた。
そんな少女の涙など、彼らが見たいはずがない。
太陽のように微笑み、舞台の上で歌を歌っているパティアに、声援を掛ける事が彼らの楽しみなのだ。だから……
マイネフランから少し離れた平原に、その軍隊は既に陣を敷いていた。
指揮官の蹂躙せよ。という言葉一つで侵略戦を行うつもりの軍団の前に、数千に膨れ上がった法被姿の男達が道を塞ぐ。
同じ顔のオッカケ達。対するは同じ顔の兵士たち。迷彩ヘルメットにコンバットスーツ。アサルトライフルを装備した近代式の軍団だ。
「何だ奴らは?」
指揮官は小首を傾げ、しかし全軍に銃を構えさせる。
「まぁいい、蹂躙せよ。総員、放てッ」
「パティアたーんッ!!」
男の鳴き声が盛大に轟く。呼応するようにオッカケ達の鬨の声が上がった。
手にはメガホン、団扇にサイリウム。心にいつもパティアの笑顔。
男達の譲れない闘いが今、始まろうとしていた。




