マロムニア4
「はふぅ~」
用意された湯呑を傾け、暖かいお茶を飲む。
イチゴは炬燵で至福の一時を堪能していた。
「来ませんねー、緊急報告」
「そうね。はー。ずっとここでこうしてたいです」
クラシカは炬燵に寝そべりながら告げる。
二人揃って自堕落な状態のまま既に数時間経っていた。
もう、ここから這い出たくない。そんな思いの二人だが、勇者発見の報告が無ければ彼らは動けないのだ。
城内の決済などの作業はあるが、クラシカとしてはそういう書類はできるだけ後回しにしておきたい面倒な作業だ。
でも放置すればするほど山のように積み重なるので早めに動かなければならない。
そろそろ自由時間も終わりにすべきだろう。
「はぁ、仕方ないけど本来の仕事をするか……」
溜息を吐いて炬燵から這い出る。
クラシカは気合いを入れて立ち上がると、部屋を出るのだった。
「イチゴさんはお声が掛かるまで自由時間です。好きに過ごしてください」
「はい、ありがとうございます~」
イチゴは勇者が見つかった後で戦闘要員になる訳だが、それまではただただ暇を持て余す存在だ。出来れば書類作業を手伝ってほしいところだが、彼女に手伝って貰うのは気が引ける。
そもそもこれから行おうのは魔王としての業務なので自分にしか出来ない作業である。
彼女に頼んだところで意味はないだろう。
クラシカが部屋を出て行ったので、一人きりになったイチゴはしばし炬燵で暇していた。
しかし、ふと我に返る。
自分は助っ人としてここに来たのに炬燵の住人になって動けなくなっている。これではいけない。
せめて城内を見回るとかやれることはあるだろう。
気合いを入れ、彼女も炬燵から脱出する。
脱出……する。
脱出……
……
…………
……………………
炬燵の魔の手から逃げられない!
イチゴは戦慄した顔で足元を見る。
抜き去ろうとしたが炬燵から足が出て来ない。
まるで向こうで引っ張られているようだ。
別段そんな事はないのだが、脱出出来ない。
脱出しようと思う気力が湧かない。
まさに悪魔の兵器である。
「炬燵は相変わらず恐ろしい生物ですね。うぅ、もうちょっと。もうちょっとだけ……」
イチゴは必死に誘惑に抗う。
しかし炬燵の魔力はチート化した彼女の実力を持ってしても脱出は不可能だった。
何かしら脱出出来るスキルがあればいいのだが……
「スキル。あ、そうだ。変えよう変えようと思って結局スキル変更してなかったなぁ。とりあえずトリプルマジックをハンドレッドマジックと入れ替えとくか」
来る女神の勇者戦に向けイチゴはスキル構成を考える。
「ムーブは確定だし、回復魔法と復活魔法は必要でしょ。それからライトニングの強化版を……プラズミック・フォレストかな? あとは……広範囲魔法もいるよね。えっと……ニュークリア・エレクトロン? じゃあこれかな。雷撃無効の相手も居るだろうからエルダー・ハリケーヌかな? あ、これもいいなぁ。岩石破壊のハイエンドストリーム。ライトニング・フォレストと恋する乙女の炎撃、膨れ上がる雷撃は自分で開発した魔法だから自由に使えるし……」
魔法構成を変更すると、再びやることが無くなってしまった。
イチゴはその後も何度か炬燵から出ようと躍起になったのだが、結局そこから脱出することはできず、夕食時になる。
メイドに食事の用意が出来たと告げられ彼女に手伝って貰うことで仕方なく炬燵から出るまで、彼女は炬燵から抜けだすことが出来なかった。
メイドに案内されながら食堂へと向かう。
既に来ていたクラシカと共に形式ばった食事会。
テーブルマナーはクラリシアで習いはしたが、格式ある食事は未だになれない。向こうでは側室ということもあり、国王が薬藻なのでそこまで格式はなく。むしろあってないようなどんちゃん騒ぎであった。
しかし、こちらの食事会はクラシカとイチゴだけの物静かな食事で、プレッシャーがハンパない。
料理の味など殆ど分からなかった。
それでも全て食べ終え、食器を下げて貰う。
「すまないイチゴ。この国では王なのでね。あまりいい食事風景ではなかっただろう?」
「気にしておりません」
他者の目があるためイチゴをさん付けすることなく、少し上から目線で告げるクラシカ。
にこやかに笑みを返したイチゴもまた、形式に合わせて姿勢を整える。
「それで、勇者の方はどうです?」
「まだ、だな。尻尾すら掴めん。もしかすれば本当に伝説の島に降りたのかもしれん。あそこ以外はもう探索し終わっているしな。流石に私でも即死しかねない場所に皆を派遣する訳にも行かないから女神マロン様の捜索待ちとなろう」
「そろそろお返事来ても良い頃なんですけどねぇ。マロン様~?」
しかし、マロンからの返事はない。
少しくらい反応があっても良いと思うのに。
イチゴは溜息を吐いてクラシカ共々立ち上がる。
「仕事は片付いた。湯浴みまで部屋で過ごそうと思うが、どうだ?」
「喜んで御相伴に預かります魔王陛下」
再び炬燵に囚われる二人であった。




