マロムニア3
マロムニアにイチゴがやって来る前のことだった。
その者たちは、女神の力を受け取り、この地に降り立っていた。
皆、ニヤニヤとしており、同じく現れた仲間を確認する。
「おい見ろよ。この世界に合わせて最強装備! さすが俺。最強の勇者にしてくれっつったらこの装備だぜ!」
黄金に輝く鎧を身に付けた眩しいぐらいに輝く少年は自分の装備を見ながら嗤う。
彼は自分のチートとして最強にしてくれ。と頼んだのだ。
抽象的過ぎる願いを、しかし女神はレベルMAX最強装備で答えてみせた。
「最強とか頭悪い願いでも普通に叶えられるのな」
目つきの悪い金髪の男がクックと笑う。
なにをっ!? と食って掛かろうとした最強の勇者だったが、彼の容姿を見て思わず息を飲んだ。
耳にはドクロのピアス。銀ラメの黒い革ジャン。ゴテゴテしたドクロベルト。手には棘付き指抜きグローブを付けた見るからにガラの悪い男だ。
「蹴りの勇者だ。よろしくなぁ最強クン」
ヒャハハと笑う男の舌にはドクロの入れ墨。サァっと青くなった最強勇者は彼を視線から外し空気として扱うことにした。いくら最強になっても関わりたくない相手は関わりたくないのだ。
「つかよぉ。勇者同士って争えなくされてんだっけ? ってぇことはそこのお嬢ちゃんには俺の能力使えねぇのな」
最強の勇者と視線があったからだろうか? 四十代くらいのおっさんがちぇっと舌打ちしながら告げる。
「絶倫の勇者。よろしくなぁ。ついでに嬢ちゃん、一度やってみねぇか?」
「絶対に嫌です」
最後に一人。ソバカス塗れの赤抜けない女が怯えながら告げる。最強の勇者は彼女に見覚えがあった。回復チートを貰った女である。珍しく攻撃系じゃないチートを貰ってたから印象に残ったのだ。
女神は悪人をチョイスしたと言ったのだが、こんな女性が悪人だとは到底思えない最強の勇者だった。
「やめろよおっさん。俺らは争っちゃダメなんだろ」
「お、最強の勇者君は力手に入れて正義漢ぶってるのかね? クック、女神に選ばれた以上どっか狂ってンだぜ俺らァよぉ。まぁいい。さっさと街に向かおうぜぇ。俺の息子が爆発しそうでいけねぇや」
「しゃーねぇ。このおっさん放置しといたらそこの女でマス掻きそうだからな。さっさと行こうぜぇ」
蹴りの勇者の一言で彼らは歩き出す。
「森……ですよね、ここ」
「らしいな。ったく、召喚するなら街の近くとかにしろっつの。森じゃどっちに向かえばいいかもわかんねぇだろが」
木に蹴りを入れてなぎ倒しながら、蹴りの勇者が先頭を進んでいく。
その視線の先に、何かがいた。
「あん?」
ハエだ。ハエが遠くから彼らへ向けて飛んできている。
「ヒャハ、魔物ってのと遭遇かよ。丁度良い、蹴りの威力を……」
だんだんと近づくハエの魔物。
近づくごとにその姿が大きくなっていく。
「お、おいおい、流石にデカ過ぎ……」
蹴りを行おうとした蹴りの勇者に向け、その巨大ハエが突撃する。
2メートル大の重量物が蹴りの勇者に高速でぶつかる。
あまりの速度に蹴りの勇者が蹴る余裕すらなく弾け飛んだ。
「は……?」
文字通り、ハエの体当たりで蹴りの勇者が跡形もなく弾け飛んだのだ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」
絶倫の勇者が逃げ出した。
どさり、腰の抜けた回復の勇者が最強の勇者の真後ろで倒れる。
「クソッ!」
次の獲物と迫るハエを、構えた剣で切り裂く。
さすが最強であった。
巨大なハエは一撃で死亡し、彼らは窮地を脱したのである。
否、地獄はまだ始まったばかりだった。
「「「「「「「「「「ニャー」」」」」」」」」」
「なんっ!?」
驚く最強の勇者向けて猫が飛んでくる。
まるでミサイルの如く足元から炎を拭いて、前足を前に向けてニャーニャー言いながら無数の猫が飛んでくる。
「クソッ!? なんだこれっ」
必死に剣で切り裂くが、一部が彼の身体に激突した。
最強の力を手に入れたはずなのに、想定以上のダメージに呻く。最強の鎧がひび割れ穴を開ける。彼の身体にも傷が出来る。
痛い。物凄く痛い。
でも……
背後に怯える女が居た。
彼だって本当に勇者になりたかった。
痛い、恐い。恐ろしい。身体が震えて全身から熱が消えたくらいに手が冷たい。
歯茎が噛み合わない。吐きたくてたまらない。でも、ここで自分が逃げることなど出来はしない。
誰かを守れる勇者になる。
その思いが今叶っているのだから。
「あ、か、回復。回復しま……え?」
回復の勇者が彼の痛みに気付いて動き出そうとしたその刹那、背後から何かが近づいて来た。
気付いた彼女が見付けたのは、迷彩服を着てヘルメットをかぶった犬一匹。
襲いかかって来るという状態ではなく甘えるように擦り寄って来る。
思わず息を吐いた。
また襲われるんじゃないかと焦ったのだ。
警戒を解いてその犬のヘルメットを撫でる。その刹那……
最強の勇者の背後で、爆発が起こった。
風圧で浮き上がった彼は吹き飛ばされ、幹に背中を打ちつける。
いたっと思わず呻いた彼は、即座に状況を思い出して周囲に視線を向ける。
爆炎が上がる場所に向かい猫たちが飛びかかって行く。
まるで自殺しているかのような光景だ。
「今のは、爆発? 回復の勇者は!?」
見当たらない。爆心地は彼女がいた場所だ。
「くそっ! なんだよここはっ!?」
守る者が無くなったため、彼はなんとか逃げるという思考に辿りつく。
必死に走り、魔物達から遠ざかる。
のこぎりのような角を持つカブトムシに、ブレードが角として生えている鹿。
人を捕えようとしてくるウツボカズラなどなど恐ろしい魔物達がうごめく場所を最強の勇者が駆け抜ける。
「あ、おっさんっ!」
「うおっ!? 脅かすなっ。お前も逃げて来たのか!?」
「蹴りの勇者と回復の勇者がやられたっ」
「マジかよ。嬢ちゃん死ん……」
光が走った。
視界を光と共にコアラが飛んで行く。
光が通り過ぎた時、絶倫の勇者の頭が消えていた。
「……え?」
呆然とする最強の勇者の前で、頭を失った身体がどぅと倒れた。
「あ……ああ、うわああああああああああああああああああああああっ!!」
走った。
無我夢中で走った。
どのような魔物と遭遇しようとも、ただただ只管に彼は逃げ出した。
やがて……森が途切れる。
「……あ」
視界に海が広がった。
森を抜けた先には海岸。
「あは……はは。やった。やったぞぉっ!!」
思わず海岸に膝を突き、両手を天へと突き上げる。
まばゆい陽の光が彼を祝福しているかのようだった。
彼は生還したのだ。凶悪な森からついに陽の当る海岸へ……
しばし、生還を噛みしめ、視線を降ろす。
目の前に何かがいた。
くりくりとした眼で彼を見つめるその小動物は、木の実を抱えて小首を傾げる。
「え? リス……?」
次の瞬間、何が起こったのかすら分からないまま、彼の意識が消え去った。
リスの体当たりで残りの体力が消し飛ばされ即死したなど、彼が理解することすら出来なかった。
そこはマロムニア伝説の島。勇者であれ魔王であれ、入れば生還出来ないとされるこの世界最強の生物たちが住む大地。
女神の勇者たちは文字通り……伝説となったのだった――――




