マイノアルテ・異変
「……シャロン」
ガルニエを見送り、マグニアは背中越しにシャロンに話しかける。
名を呼ばれたシャロンは一瞬どきりとして、直ぐに応えた。
「何?」
「これを……我が領地を収める権利証、魔女としての王族証明証ですわ。貴女の名前に直しなさい」
「……マグニア、い、いいの?」
「見ての通り、私はントロを失いました。これ以上魔女戦争を行うことは不可能ですわ。悔しいですが、貴女の言う通り、貴女の姉を止めるのは貴女がやるしかなくなってしまったようです。ただ、出来るなら、貴女はそれに名前を書かないで下さると、私が喜びますわよ?」
「マグニア……すまない。だが、だがやはり姉を放置することはできない」
証明証の名を書きかえる。
これで正式にシャロンが魔女となり、魔女戦争で勝利することで得られる戦利品を獲る権利を得たのである。
「ふむ。つまりこれでヌェルは私達とライバル同士と……」
「おいおい聖よ、なぜそんな敵意を向けて来るのかね。儂らは共闘中の仲間ではないか。はは、あはは……」
「ふむ。その仲間に対して誘爆、誤爆、フォロー中断、よくもまぁやってくれたなァ」
「ぎゃーっ、暴力反対!?」
慌てて逃げ出すヌェルティスを追う龍華。そこまで本気という訳ではないが、鎌を携え走ってくる龍華は脅威以外の何物でもなかった。
必死に逃げるヌェルティスを背景に、エンドと柳宮が周囲を見回す。
「ふむ。敵は完全に沈黙か」
「一般人も操られてるのが解除されて正気に……柳宮さんや、ちょっと、場所変えません?」
「ふむ? なぜ場所を……いや、そうだな。次の領地に行くとするか」
エンドが気付いた物に柳宮も気付いた。
そう、人々が正気に戻ったということは、なぎ倒し殺害していた者たちが側に居ることに気付き悲鳴を上げる人々が騒ぎ出すということである。
壁に身体が突き刺さった状態の人々はこの先どうするのか、もはやここに居れば面倒事しか起きないのは確定である。
「うわー、なんかヤバいことになりそう」
「そういうあんたが一番ヤバいことしてたのよ! 壁に人埋め込んでたでしょ真奈香!」
「だって迫ってくるから。旗で薙ぎ払っただけだし。ちょっと力余っただけだからぁ」
言い訳しながらもラナエとジルベッタを抱える。ついでにステラを背中に乗せて空へと駆け上がる。
エンドもシャロンとマグニアを抱えあげ空から脱出。気付いたヌェルティスが空へと向かうと、その足首をむんずと掴む龍華。
必死に逃げるヌェルティスと共に皆と合流する。
「お、おい。柳宮とかいうのが残ってるぞ!?」
「隊長なら走って追ってきてますよー。隊長足早いですから」
地面を走って追って来た柳宮。パルクールを披露しながら障害物を乗り越え街から脱出する。
「おい、今街門駆け上がって来たぞアイツ!? バケモノか」
「お前が言うな吸血鬼。あいつはあいつでかなり強いからな。自分の妖能力を存分に使えるように日々精進しているのだ」
「さいですか。しかし龍華よ、これでントロどもの生き残りは儂らが知ってる面子だけになったのだよな?」
「うむ。フラグニアに茉莉、伯爵、ビルグリム。そして私とお前、エンド、真奈香。残りは八人だな」
「その八人で、殺し合いか? 想像したくもないな」
「シャロンは姉とは闘うつもりだろう? ならば茉莉とは闘わざるを得ない」
確かにその通りだ。とヌェルティスは納得する。
茉莉だけならなんとかなるが、レウまで居るとなるとヌェルティスだけで勝てるか不安になる。
それに龍華だ、彼女が生存している間は魔女戦争でシャロンが勝ち残るのは不可能と言ってもいい。
「とりあえず、シャロンの望みを叶えるためにも茉莉との闘い、手伝って貰うぞ聖」
「私に頼るのか。まぁ共闘だから嫌ではないが、フレンドリーファイアはもうごめんだぞ?」
「な、何を言う、仲間に攻撃などするわけがないではないか、あは、あはは……はぁっ!?」
そっぽ向きながら笑いでごまかそうとしたヌェルティス。その視線の先に映った物を見て彼女は思わず驚愕した。
「な、な、な、なんっじゃありゃぁ!?」
空中移動を止めて、皆がソレを見上げた
空から、否、この星の先から、隕石と思しき巨大な星が迫っているのが見えた。
「ま、待て待て待て、アレ近づいとるぞ!? どうなってる? 昨日まであんなの無かったよな!?」
「星を丸ごとぶつける……おい神! どうなってる!?」
―― はいはい神でーっす。どったのーントロちゃん。もう女神の勇者居なくなったから魔女戦争再開で……ええええええええええええっ!? な、何あの星。ちょっとそんなのいつの間に、あれ!? キャンセルできない。ちょっと、巨大隕石衝突とか星ごと消えるってば!? ――
物騒な事を叫ぶ女神。どうやら彼女も想定外のことらしい。
この世界の危機は、まだ終わっちゃいなかった。




