マイノアルテ・アルテンリシア家1
「邪神により引き継がれし呪われた左腕、今、封印を解く」
ヌェルティスは王城に向けポーズを取っていた。
やるからには徹底的に。キスはせずに自分の能力を使い全力で。
「祖は宵闇の覇者にして真祖の王。我誘うは邪龍の顎。暴れ狂え蛇の王。滅び迎えしその時まで! 供物蛇の輪舞会」
腕に溜めた暗黒色の魔力を練り上げる。
自分が求める濃度にはならなかったが、充分風穴を開けられるだろう。
撃ち放った暗黒龍がうねりながら城へと襲いかかる。
「うわー、すっごい。写メ取っとこ」
「何をしてるんだ真奈香……」
「後で有伽ちゃんに自慢するの!」
「こっちで起きたことの記憶はともかく、道具は死んでも持ち帰れるのか?」
「うん?」
そもそもの疑問に、真奈香はよくわからなかったようで小首を傾げる。
柳宮としてもそれ以上告げるつもりはないらしく、気にするな。と告げて日記に視線を落とした。
「っ!? 避けろヌェルティス!」
「え?」
柳宮が叫ぶのも、ヌェルティスが気付くのも遅かった。
届かないと思っていた蔦が肉を貫く。
「がふっ」
シャロンの腹を突き破る蔦に、誰も反応など出来なかった。
「シャロン!?」
「くっ、こんなところ……で……」
「嘘であろう!?」
「仕方ない、ヌェルティス、私の手を取れ。お前に一度だけ、やり直すチャンスをくれてやる。後悔しているその時を強く願え! さすれば一度だけ、お前の過去をやり直せるっ」
口で黒の革手袋を脱ぎ去った柳宮が手を差し出す。
ヌェルティスから強制的に引き剥がされたシャロンが大地へと連れ去られる。
致命傷だ。もう助からない。それでも彼女を追おうとしていたヌェルティスは、柳宮の言葉に慌ててその手を取ろうとする。
だが、シャロンを追おうとしたせいで一拍遅れた。
柳宮の手を、そいつが掴む。
予想外だったのだろう。柳宮が眼を見開くのを見つめながら、マグニアは必死に祈りを込めた。
そして……時が遡る。
「供物蛇の輪舞会」
ふと、マグニアが我を取り戻せば、丁度ヌェルティスが黒い蛇を作りだし王城へと打ち込んだところだった。
すぐ隣には、先程殺された筈のシャロンがヌェルティスに抱えられている。
「ヌェルティスさん下ですッ!」
咄嗟にマグニアが出来た行動は、それだけだった。
本当に過去に戻れたのかどうかなどわからない、先程のは悪夢で、本当は蔦がここまで襲いかかってくることはないのかもしれない。それでも彼女は叫んでいた。
「っ!? ぬぉぉっ!?」
だが、それでも声掛けは正解であった。
シャロン向かって襲いかかる一撃はぎりぎりで回避される。
「クソっ、ここまで来るのか!?」
「ヌェル、なんとか出来ますか!?」
シャロンの言葉にヌェルティスは唸る。
正直な話、今の状態では無理としか言いようがない。
シャロンを見る。強い瞳で見かえす女性にヌェルティスは葛藤の唸りをあげる。
「ええい、肝は座った。シャロン、キスするぞ!」
「え? あ、ああ。そうか。そうだったな」
一瞬意味が分からなかったシャロンは、女性同士で正気か? といった顔を一瞬浮かべた後、ントロの能力解放の為だと思いだして納得した。
小脇に抱えた状態からヌェルティスの首に手を掛け抱きつく態勢になるシャロン。
顔を赤らめながらも決意する。
「ええい、顔を赤らめるな。儂にそっちの気はないからな!」
「わ、私にだってありませんっ。もう、さっさと行きます!」
そしてそれを見ながらマグニアもまた、戸惑っていた。
何しろシャロンを助けるために過去に戻ったら女性同士で口付けである。
自分、なんで戻ったんだろう? と思わず引いてしまう程に白けた視線を送っていた。
「こ、これで封印は外れたはず、です」
「了解し……おぉう!?」
むくむくと、ヌェルティスの身体が成長を始める。
といってもヌェルティスにとっては馴染みのある体型に戻っただけであり、小柄で細身の白珠金髪美少女という点に変わりはないのだが。
「なるほど、身長も元に戻るのか!」
「幼女が少女になった感じですか、それでも小さ……いえ、何でもありませんわ」
マグニアは何かを言おうとして途中で言葉を飲み込んだ。
そんなマグニアをシャロン同様首に腕を巻き付かせて自分に抱きつかせるヌェルティス。
二人の美女に抱きつかれ、少女は高笑いをあげた。
「よし、ならば派手に行くとしようか! 祖は宵闇の覇者にして真祖の王。我誘うは悪夢の大地。我が囚われの記憶を共に分かとう。伝説の島は悪夢の宝庫。我が目に映る全ての正邪は夢の住人。覗け深淵。怖せよ生者。我が悪夢の楽園を!」
敵の根や蔦は無数に存在する。ならばこちらも無数の闇で対処すべきだろう。
「伝説の大地の悪夢の記憶」
ヌェルティスの魔力より生みだされるのは伝説の島という島で出会った魔物たちの群れ。ヌェルティス自身が体験した悪夢の能力を再現した者たちである。
闇色の彼らは大地でうねる根や蔦へと向かって行き、空から地面に着地と同時に根を引きちぎり、爆散させ、悉くを焼き払う。
「ぬははははは! 所詮は根っこ、伝説の島の魔物どもには敵うまい」
ヌェルティスの高笑いだけが盛大に響く、それを、城に開けられた穴から龍華たちが呆れた顔でみていることを、彼女が気付くことはなかった。




