マイノアルテ・魅了の勇者
「くくく、ははははははっ」
男たちは笑っていた。
彼の傍には無数の冒険者。
皆が皆、力尽きたように倒れている。
悔しげに呻くのはこの冒険者たちを纏め上げるリーダー。
しかし、今の彼にその実力は伴っていなかった。
すべて、奪われたのだ。
力も、技も、培ってきた技術も全て。
目の前で一人、無残に倒れた仲間たちを見降ろす憎き男。
冒険者メンバー全員から全てを略奪したクソ野郎だ。
そしてもう一人、冒険者メンバーの女性陣に囲まれて高笑いを浮かべている不細工男。
リーダーが婚約の約束までした女性すらもあの男に群がる女の一人になっている。
魅了の勇者。そう名乗った男は女性を片っ端から魅了したのだ。
一番にぶち殺したいが、その実力は全て略奪の勇者に奪われてしまった。
「見付けたぜ邪神の勇者!」
「あぁん? おぉ、なんだよ。まぁた俺の食事が来ちまったか」
「お、いいねぇ。可愛い女の子がまた来てくれたじゃないか」
ボルガナザを追って来た真奈香とエンドが遭遇したのは、そんな状況下で笑う二人の勇者たちだった。
勇者とは名ばかりの外道二人は、ボルガナザに略奪の勇者、魅了の勇者が女性陣に立ちはだかる。
即座に真奈香と視線を交錯させたエンドは、魅了の勇者を放置してボルガナザの元へと駆けだす。
「おいおい、いきなり無視っちゃうとかどうなんだよ?」
「大丈夫。貴方の相手は私だよ」
遅れてやって来た魔女三人がようやく到着。そして魅了を発動させた魅了の勇者にふらふらと寄って行く。
「おっと、黒髪の可愛い子ちゃん魅了しようとしたら後ろに来た三人を魅了しちまったぜ」
避けられたと気付いた魅了の勇者が失敗失敗と頭を掻いた。
しかし、視線を合わせれば直ぐに落とせると、相手の姿を探す。
いない?
「あれ? さっきの黒髪ちゃんが居ない?」
「勇者様ぁ、真奈香は上にいらっしゃいますよぅ」
甘える声でジルベッタが告げる。
魅了した少女の言葉に魅了の勇者が真上を見上げれば、ふわりと舞うスカートが落下して来た。
「勇者様危ないっ!」
ロールが勇者を突き飛ばす。
咄嗟のことで反応出来なかった魅了の勇者だが、真奈香の踵落としをぎりぎりで回避した。
ドガッと物凄い音と共に落下した真奈香の踵が地面を割り砕く。
飛び散った土が魅了の勇者の顔を強か打ち据えた。
「ぐあぁっ! 痛ぇっ!? 何しやがるこの女!」
「ちょっと、ロールちゃんなんで庇うの!?」
「煩いですわよ真奈香!」
ロールもジルベッタもステラまでが魅了の勇者を守るように真奈香に敵対する。
「はっ。失敗したかと思ったがこれはこれでいいじゃないか。そらお前ら。そこの真奈香だったか、お前らで拘束しろ!」
最愛の勇者から命令を受け、少女たちが真奈香へと群がる。
驚いた真奈香だが、三人を攻撃するのをためらったせいでやすやす捕まって拘束されてしまった。
「くく、あはははははははっ。いくら力があろうが俺の魅了の前に敵う訳ねぇだろ! 女は全て俺のモノだっつーの。そら、その場で土下座して股開きやがれ。公開貫通ショーだ。テメーはその直後に正気に戻して遊んでやる。俺様を狙ったことを後悔して堕ちろっ」
ギラリ、魅了の勇者の眼が光る。
真正面に見つめられた真奈香に魅了が発動した。
「よし、もう拘束はいいぞ。そら真奈香。俺に土下座して靴舐めろ」
拘束はいいと言われた三人の魔女たちが真奈香から離れる。
魅了状態になったからだろうか? 視線を落として前髪に隠れた真奈香がふらりと揺れる。
意識混濁だろうか? ふと違和感を覚えた魅了の勇者だが、そういう状態に陥る存在もいるだろう。と勝手に納得して無防備に近づく。
「そら、どうした。土下座だ。土下座。最愛の勇者様に敵対してしまってすいませんってなぁ、全身全霊持って謝れよ。そうすりゃお前の処女を貰ってやってもいいんだぜ」
「私の処女……それは……」
小さな、それはもう小さな声で、真奈香が呟く。
「勇者様のモノ……私の……勇者……」
「そうだ。お前の全ては俺のモノだ。そら、さっさと土下座しろよクソ女っ」
「そう、私は勇者様のモノ。私の……全ては……」
ふらり、傾く真奈香が身体を折り曲げる。
土下座する。そう確信し、嘲笑う魅了の勇者。
「私の全ては……勇者様のモノ。大好きだよ勇者様。だから……心臓、食べさせて」
「は?」
ダンッ。
地面が抉れ飛ぶ。
間抜け面晒した魅了の勇者は反応すらできなかった。
ズブリ。
呆然としていた魅了の勇者に真奈香が抱きついた。
振りあげた腕が彼の胸を突き破る。
「あ……れ?」
真奈香の腕が彼を貫き、その心臓をちぎり取った。
「あ……え? なんで……ぇ?」
「大好きな人の心臓っ。心臓食べたいっ! 心臓、食べさせてぇっ」
魅了チートに掛かった筈の真奈香。しかし真奈香の特性を彼は知らなかった。
妖使いである真奈香にとって、魅了されるということは理性が取っ払われ相手が性の対象となるということ。欲望のままにつっぱしり、理性がソレを止めはしない。そして妖使いとしての欲望は、茶吉尼として、心臓食らいの欲求が優先されるのである。
すなわち、愛しい人の心臓が食べたい。思いあまった真奈香による求愛行動であった。
そんなことに気付きもしなかった魅了の勇者は、心臓を奪われ、意味もわからぬままに絶命したのだった。




