地球・闇の勇者2
風見信也と名乗った男はペトルの元へやってくると、一緒に連れて来ていた女性を押しつける。
「お、おい?」
「仕方ねぇから手伝ってやる。こいつを頼む。俺の妻だ」
「え? あ、ああ。それはいいが、あの闇の中では自由が効かない。下手に入れば闇の中で殺され……おい!?」
ペトルがわざわざ注意喚起をするのだが、彼は気にすることなく闇の中へと入り込む。
向こう見ずな彼に思わず手を差し出そうとするが、来なくていいと告げられゾンビ駆逐に切り替える。
「本当に、大丈夫なんだろうな!」
「同じ女神にチートを貰った勇者だろ。しかも最後の最後、50人だったか? に均等に力を分け与えた、いわば量産品だ。そんな片手間勇者に負けるかよ」
「言いやがったな。いいだろう。我が闇へ来るがいい。歓迎しよう自称勇者風見。貴様の驕り高ぶったその鼻っ柱が圧し折れるのが楽しみだ」
「こっちの台詞だよ馬鹿が。チートな力を手に入れたガキが粋がってるだけだろが。そういうのはもういらねェンだよ」
闇の中へと踏み込んだ信也が剣に風を纏わせる。
「風属性の勇者か。この裏切り者め、死ね!」
闇にまぎれ、闇の勇者が奇襲を仕掛ける。
信也に一撃。入れる瞬間だった。
ぴしゅりと肌に痛みを感じて仰け反る。
「な、なんだ?」
「お前が言っただろ? 風属性だってな。まぁ、風オンリーって訳じゃねぇが、テメェ相手に風使うだけでも大盤振る舞いだろ」
「貴様ッ」
見下されたことに気付いて憤る闇の勇者。
しかしむやみに突っ込んだ瞬間頬に痛みが走る。
なんだ? 気付いた時には既に包囲が終わっていた。
風というのは空気の動きだ。
風を操るということは空間を動かすということである。
ならば信也自身の周囲に刃のように鋭い風を生みだせばどうだろう?
近づく闇の勇者が勝手にカマイタチに遭って傷ついていくのである。
だが、それに闇の勇者は気付かない。
何かしらの攻撃を受けているとは気付いても、自分が罠に掛かりに来ていることには気付いていないのだ。
それは不可視の風の刃と、この暗闇のせいでもある。
信也はただ動かず、じっとして魔法を発動させているだけでいい。
後は勝手に相手が自滅してくれるのを待つだけなのだ。
何度かトライして自滅を繰り返していた闇の勇者は、警戒するように立ち止まる。
どの角度からどういう攻撃を行っても自分の行動が読まれて反撃されてしまう。
何が起こっているのか、何をされているのか。自分が得意の闇ステージだというのに、相手に機先を制されているのが面白くないのだ。
舌打ちしながら乱暴に頭を掻きむしる。
インテリ系を気取っている彼だが、思考は直情思考のため深く考える事をしないのだ。
なので、全力で潰せば問題ない。とばかりに次の一撃に全力を込める。
「潰れろっ!」
全力の一撃。
無防備に背中を見せている信也に叩き込む。
もうすぐ信也の背中にナイフが突き立つ。その刹那、ザシュリ。
首元に致命的な衝撃が走った。
全力で走っていた闇の勇者がソレに気付いた時には、視界がくるりと回転した後だった。
「ん? なんだ? まさかあんな子供騙しに引っかかったのか?」
急激に薄れ始めた闇に気付いて信也は思わず呟く。
消えて行く闇と共に足元にアスファルトの感触。
周囲の音が戻って来てゾンビの群れが集まって来る。
しかし風の檻に阻まれ自壊していくゾンビ達が信也の元に近づこうとして消えて行く。
直ぐに晴れ渡った闇に気付いたペトルが女性と共に信也に近づいてくる。
「あ、ちょっと待て仮面ダンサー。今俺に近づくと切り刻むぞ。風を解除するまで待ってくれ」
「む。了解した」
よく分かっていない様子だったが即座にその場に留まる。
それを見届け信也は滞留させていた風をゾンビの群れへと打ち放った。
信也の周囲からゾンビが消し飛ばされ、一瞬の空白地帯が現れる。
「よし、もう大丈夫だ」
「大したものだな」
「そんな良いもんじゃねぇよ。結局赤い魔王には負けちまったし、女神の野郎は信頼裏切りやがるし。それに俺も……いや、なんでもねぇ」
頭を掻いてバツの悪そうな顔をしながら妻を引き取る信也。
ペトルを巻き込んで自身に風の守りを再び纏い、三人分の防壁を作りだす。
「向こうに私の知り合いがゾンビパニックの原因と闘っている」
「成る程、そっちが本命ってわけか」
「手伝えそうか?」
「妻の安全が確保できれば……だが、少々やばそうだな」
「参ったな。まさかあなたが敵対してくるとは……」
龍華の元へと向かうペトル達の目の前に、仮面ダンサーアンがいる。
「やぁペトル。エレナークに組する気はあるか?」
「御冗談をアン先輩。例え強敵が現れようとも、秘密結社は倒すべき悪。私は正義の味方仮面ダンサーですから。だから……貴女を倒します」
信也が一度風の防壁を解除する。
ペトルだけを残した彼は龍華の元へと妻を引き連れ走りさり、この場には二人の仮面ダンサーだけが残った。




