神々の経過報告2
そこには牢屋があった。
暗がりの世界に一つだけ白い部屋があり、鉄格子のハマった窓がある。
室内には申し訳程度の簡易ベッドと排泄用のトイレ。
神々は用を成す必要が無いので使用形跡はないが、洗面所と共にトイレが併設されていた。
「やぁ、女神サンニ・ヤカー。気分はどうだい?」
「あら。グーレイとか名乗っているインテリメガネじゃない」
室内でぼぉっと立っていたサンニ・ヤカーは面会に来た人物に気付き顔を上げた。
「あら、随分とご立腹。もしかして。私の勇者たちにやられちゃった?」
無言で憤っているグーレイを見て気付いた。
彼の世界はどうやら崩壊したらしい。
それが楽しくて、嬉しくて、サンニ・ヤカーはクックと笑う。
「私の元まで来てわざわざ自分の世界が崩壊しました報告とかしてくれる訳? ずいぶんと親切なのねぇ。ふふ、あははっ。あんたマゾなの!? わざわざ笑われにくるとは、あはははははははっ!!」
「私の世界は……崩壊してませんよ?」
「ははははははは……はぁ?」
なら何で来た? そしてなぜ憤っている? そんな訝しむ顔でグーレイを睨む。
「だったら、何しに来た訳かしら?」
「貴女のせいで、私の世界から一人消えました。禁忌を犯したからだ。残念でならないよ。だが、そのおかげで私の世界は私の手から離れることとなった。もうあの世界に煩わされることはないでしょう。子供の巣立ちを早めさせられたのは憤りを禁じ得ません」
彼の怒りは新たな神に世界を譲り渡すことが少し早くなったことに対するものだった。
「……いや、え? はぁ?」
「教えてあげましょう。私の世界で消えたのは一人。他は女神の勇者が全滅しました。ええ。彼の御蔭で全てがバグりましたよ。私も予想外の結末です」
「は? バグ? はぁ?」
「貴女の勇者たちは私の世界を破壊することはできなかった。それが結末です。好きなだけ嘲笑うといいですよ。愚かな女神様」
「き、貴様ぁッ」
道化を演じさせられたと知ったサンニ・ヤカーが鉄格子に駆け寄りグーレイに手を伸ばす。
しかし鉄格子に阻まれ彼には届かなかった。
「哀しいかな。彼の働きは、世界の人々には認識すらされないんだから。君の勇者たちは世界中のニンゲンが誰も知らない名も知らない誰かによって敗北したのさ。初めから、勝負にはならないんだよ。何せ、チート対バグなのだから。どれだけ力を付けようとバグってしまったら、終わりだろ?」
今度はグーレイが高笑いを浮かべる。
憤慨するサンニ・ヤカーに背を向け、悠々去って行く。
彼は行わざるをえなかった。サンニ・ヤカーの怒りの顔を見て、彼女を嘲笑わなければやってられなかった。
彼女にはああいったが、牢屋を離れたグーレイの目からは涙が漏れる。
守りたかった。
世界の全てを、あの彼だって……守りたかったのだ。
確かに、被害はあった。
気付いた時には既に東の大陸は勇者により占領されており、多くの血が流れた後だった。
西大陸侵略でも多くの血が流れた。
だからせめて、あいつが嘲笑うようなことだけは告げないでおいた。
結果とすれば彼の世界は女神の勇者を撃退できたのだから。
だから……グーレイは遥か彼方に居るだろう神々の集う場所に視線を向ける。
「その世界は君にあげよう。今日から君が、その世界の守護神だ。アルセ」
彼の呟きが相手に届くことは無く、ただ虚空に吸い込まれ消えて行った。
「よーし、よーしっ、ようやったぁ!」
残る世界はミルカエルゼとマイノアルテ、そして地球の三つであった。
他の世界からは女神の勇者が駆逐され、残す勇者も数少ない。
ザレクが地球を覗きながら叫ぶ。今、調伏、武器の勇者が倒されたところだ。
ミルカエルゼではF・Tたちの活躍により勇者はほぼ壊滅状態。マイノアルテも一度全滅の危機を迎えたものの、柳宮というントロに巻き込まれた者の御蔭で逆転した。
残す二体の勇者も癖モノではあるが、既に真奈香とエンドが向かっているので闘いが近い。
地球ではゾンビ化もとい時間転移の勇者と闇の勇者、大ダメージを負ったモノの巨大化の勇者や翼の勇者もまだ生きている。
問題としてはこの世界の危機に敵対して来たエレナークという組織だが、彼らの主力兵器である仮面ダンサーアンは身体こそ強度の高い機材を使っているが現れているのが勇者の近くなので地球に致命的な危機をもたらしているわけではない。
「ままならんのぅ。手を下せれば直ぐじゃのに」
「裁判長がそういうこといいますか。手を下したあちきの能力封印したくせに」
「あったりまえじゃ。お主とナーガラスタの暴走でどれだけ迷惑被ったか。サンニ・ヤカーともども第二十二世界に放り込んでやろうか!」
「遠慮しま~……す?」
ザレクに返答するため地球から顔を上げたマロンは、視線の先に白のワンピースを見付けて息を飲む。
「アル……セ?」
緑の肌を持つ彼女の名を呼んだ、その瞬間。涙を流す彼女が胸に飛び込んできた。
何故いるのか、何が起こったのか。疑問は尽きなかったが、マロンは彼女の体験した悲しみを受け止めるように、優しく抱きとめるのだった。




