モルグドラハ・多腕の勇者
「あら、もう他の勇者は壊滅しちゃったみたいですねぇ」
「ンなバカな!? こんな結末、ありえねぇ……」
ようやく糸の拘束を引きちぎった多腕の勇者は、目の前に広がる光景を見てただただ呆然とするしかなかった。
自分を取り囲むように出現している機械兵団。
それを操る機械兵団の勇者は四つん這いにさせられ、一人の少女がその上に座り人間椅子にされていた。
悔しげな顔をしている機械兵団の勇者は、完全に彼女のいいなりになっているらしい。
多腕の勇者の視線に気づき、助けてっと泣き叫び始めるが、彼女、クロリが「煩い黙れ」と告げた瞬間口から漏れる声が無くなった。
操られているようだ。おそらく自力でその能力を破るのは不可能なのだろう。
多腕の勇者が術者を殺す以外方法はないと思われる。
「あら、私相手に余所見ですか?」
「しまっ」
くんっと指先を引っ張るセブンズスパイダー。
ヒーローのような怪人姿の悪人は、多腕の勇者の意識が逸れた一瞬で様々な罠を張り巡らし、指先一つでその罠一つを発動させた。
多腕の勇者の全ての腕がぐんっと引っ張られ、捕縛される。
宙吊りにされた彼の足に蜘蛛糸が巻き付き逆さ十字体勢へ。
「クソ、離せッ!」
「蜘蛛は罠を張るハンターなのですよ、そんな狩人目の前にして意識逸らしたら罠のオンパレードが待ってるに決まってるじゃないですか」
「クソがッ」
新たな腕を生成して絡まった糸を引きちぎる。
力任せな一撃で折角生成した腕の指先が千切れ飛んだが、彼の腕が拘束から抜けた。
さらに腹筋を使って上半身を持ち上げ足に絡まった糸を引きちぎる。
自由落下を腕で受け止め……ようとして蜘蛛糸ネットに囚われがんじがらめにされた。
「だあぁっ。クソが!」
「だから言ったじゃないですか。私から眼を離しちゃダメですよって」
くいと指先を引っ張るセブンズスパイダー。
気付いた多腕の勇者だったが、既に遅過ぎた。
彼には逃げる術は無く、既に絡め取られた哀れな餌に過ぎない。
そんな彼へと徐々に迫る糸の群れ。
なんとかもがこうとするが、ネット状に絡まった糸は彼を束縛し拘束を解くことが出来ない。
腕を出そうにも身体がピッチリとネットに収まっているため腕を出すスペースも無い。
「くそ、こんなっ。腕が自由になれば……」
「お馬鹿ですねぇ。私、やろうと思えば最初の出会いでコレできてましたよ」
身体が徐々に縛られ身動きを阻害されて行く。
多腕の能力も生かせない。
もがくしか出来ない多腕の勇者が見る間に包球という名の糸に絡め取られて行く。
喉元までやってきた糸でようやく彼は自身の危機を察知した。
このままだと、殺される。この段階になってようやく認識したのは、彼が殺し殺される環境に今まで居なかったことが理由であるとも言える。
「こ、殺される……?」
「そりゃそうでしょう。これ殺し合いですし? では、さようなら」
「ま、待てっ。待ってくれ。俺は……」
何かを告げようとして、その口に糸が巻き付き覆い隠して行く。
ふがふがと声が漏れる。それも鼻が糸に隠れてしばらくすると痙攣を始め、やがて全身が糸に包まれた頃、くたりと動かなくなった。
「はい、狩猟終了、です」
「相変わらずの手際よなセブンズスパイダー。それで、もしも破られた時用にいくつ罠を仕込んだ?」
「あ、首領。えへへ。見てくださいました? 予備の罠は今のところ二十八個ですね。最悪の最悪を読んでとりあえず設置しましたけど意味無かったみたいです」
「凄い、これを逃れてもまだそんなに罠が……」
エルティアが思わず呟く。
その後ではクルナとラナがただただ呆然と、「出番、なかったね」「……うん」と呟き合っていた。
「あたりまえです。蜘蛛は用心深いんですよ。蜘蛛と敵対するつもりなら待ち構えてる巣に乗り込んだ時点で詰んでる事を自覚すべきです」
ふふん。と胸を張るセブンズスパイダー。そこへ闘いを終えた王利たちが戻ってくる。
「結局、女神の勇者ってなんだったんだ? あんまし強くなかったし」
「ふむ。ハマれば厄介だがこの面子相手に勝てる程ではなかった。それでいいじゃないかW・B」
「そりゃそうだけどさぁ。アルベリカさんは満足できた?」
「出来る訳ないだろう。準備運動にもならん」
「それはそっか」
アルベリカは機械兵を数体相手取っただけだ。これで闘いに満足出来る程度なら今回の旅に助っ人同行などしていないはずだ。
「そろそろ恐竜時代も飽きてきたし、W・Bよ。皆を集めて次に行くか?」
「あ、良いんですか? それじゃ……」
「あ、待ってお兄ちゃん。まだ終わってないよ」
王利が異世界転移を行おうとした瞬間だった。ラナが彼の腕を手で制し、空を見上げる。
「ラナ? いや、でも女神の勇者は……」
「ダメ。もうちょっとだけ、ここに居るべき。もうすぐ、来るよ」
何が? とは彼女の真剣な瞳が尋ねられることを拒絶していた。待っていれば分かるということらしい。




