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マイノアルテ・時間停止の勇者3

「そんな、なんでっ!?」


 時の止まった世界で、彼女は思わず叫んでいた。

 木の陰にいたのは黒衣の男。奴らの話を聞いた感じでは確か白滝柳宮とかいったはずだ。

 何故こいつがここに居る?


 先程までこいつは他のメンバーと一緒に居た筈だ。

 一人だけここに居るのはなぜだ?

 わざわざ付いて来た?

 まさか、先程まで時間停止をしていた筈だ。


 なぜここにいる? どうやってここに来た?

 時間停止を解除したのは少し前の筈だ。

 時間停止中に付いて来た?

 いや、それはない。現に今は止まっている。


 背筋を得体の知れない恐怖が這う。

 理解できない脅威が出現した。

 だが、だが自分の能力は無敵の筈だ。

 時間を停止して自分だけが自由に攻撃できるのだ。

 ならばこいつも、そう、こうして首を切り裂いてしまえば終わりだ。


「時間停止、解除」


 ジャックナイフで柳宮の首を切り裂き時間停止を解除。

 背後から血飛沫が飛び散るのが音で分かった。

 思わずニタリと笑みを浮かべる。

 これで終わりだ。終わりの筈なのだ。


 ドクンッ


 終わりの筈……なのに……

 なぜ?

 背後の敵意が消えないのか。


「随分と、好き勝手してくれるものだ」


 振り向けなかった。

 ニタリとした笑みは恐怖に染まる。

 ありえない。ありえないありえないありえないっ。

 なぜ、頸動脈を切り裂かれて生きている? 何事も無かったかのように声を出す?


 ごくり。喉を鳴らしてゆっくりと振り向く。

 想定外の状況は、むしろ通常としてそこにいた。

 黒衣の男が全身無傷で佇んでいた。

 相変わらず手帳に視線を落としたまま、まるでどうでもいい相手に声を掛けるように告げる。


「全く、私が居なければ全滅して居たところだ恐れ入る」


「お前、が……? お前が私の邪魔をしたのっ!?」


 振り向いた時間停止の勇者が叫ぶ。

 ソレを飄々受け止めた柳宮は、手帳から目を離すと、ゆっくりと顔を上げる。


「お前個人に恨みはないが、女神の勇者が相手となれば敵対するしかあるまい」


 手帳を閉じ、懐に仕舞うと、ゆっくりと歩き出す柳宮。

 徐々に近づく彼に、戦慄する時間停止の勇者が取れる行動は、ただ一つ。

 焦りながらも時間停止を発動させる。


「ふ、はは。何よ。私を殺すなら気付かない場所から狙撃でしょうよ! 勝手に出て来て殺して下さいって? 首斬っちまえば終わりよね!」


 少し面倒だったが必死に念入りに、停止した時間の中で柳宮の首を切り落とす。

 身体と泣き別れだ。これならもう死んでいるだろう。

 というか死ななければおかしい。


「時間停止、解除」


 時間停止の勇者の目の前で男だった者の首が宙を舞う。

 終わった。呆気ない勝利に口元がゆがむ。

 愉悦に笑いを上げようとした時だった。


 ドクンッ


 世界がブレた。身体がブレた。自分を含めたありとあらゆる何者もがブレ、別の何かに生まれ変わったような感覚を生む。

 ふと気付けば、首が落下した筈の柳宮が、少し離れた場所に居た。

 五体満足でゆっくりとこちらに歩いて来るのが見える。

 先程居た樹木の側ではなく、さらに奥から歩いて来るその姿には違和感しか覚えない。

 死んだ筈だ。今、目の前で首が落ちるのを見届けた筈だ。


 なのに、なぜ?

 彼は何のダメージもくらった様子無く普通に歩いているのだろうか?

 漏れ出そうになった笑いは一瞬で引っ込み、口からは過呼吸気味のこひゅーこひゅーという音だけが漏れる。

 意味が分からない。なぜ生きてる?


「なによ……なんなのよあんたはッ」


「妖使い『釣瓶火』。お前が時間を停止できるように、私は過去を無かったことに出来る。時間停止した場所に私は居なかった。それが今お前に起こっている現象だ」


 白滝柳宮の能力は、自身に関する過去改変であれば自由に行えるのである。

 時間停止の勇者が行ったのは時間が止まっている時にヌェルティス達が居た場所を切り裂いたという事実が残るだけであったため、過去に戻った柳宮が全員の位置を少しずらすだけで時間停止の勇者が行った殺人を回避できたのだ。


 コレが時間経過中の出来事であれば過去改変をしたところで目標を変えた時間停止の勇者が斬り殺す未来に変わるだけだが、時間が停止した世界までは彼の能力が及ばないため、時間停止の勇者が能力を使った停止時間内で起こったことは、その場への攻撃として世界が認識したために起こった幸運の産物でもある。


 ようするに、彼女が時間停止を行った事、その停止時間内に切り裂いたことは確定事項になっていたが、柳宮が人物を空間から避けたことで、時間停止中に切り裂いた人物、ではなく場所だけが切り裂かれた状態となっていたのだ。

 柳宮としてもこれは予想外だったが、自分に都合が良かったのでそのまま利用させて貰っている。

 時間停止と過去改変。二つの能力を並列処理した世界がつじつま合わせを行った結果であるとも言えた。


「嘘、嘘よッ! 首斬ったのよ! 死なない訳が……」


「死んでいれば能力が使われることはなかろう?」


 事実、既に攻撃が来ると分かっている柳宮は首を切られた瞬間能力を発動させている。

 このため彼が事切れるより早く能力が発動し、彼がその場にいたことが改変され、別の場所に居る状態を作り出せる。

 そして首を切る一撃は空間を切り裂くだけで、実質空振りに終わったことになるのだ。


「抵抗は無意味だ。潔く諦めろ」


 最後通牒を突きつける柳宮に、時間停止の勇者は唇を噛みしめるしか出来なかった。

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