マイノアルテ・神速の勇者
「な、なん……だと?」
顔面に靴痕を付けた神速の勇者は驚愕していた。
自分の速度に相手は付いて来てなかった筈だ。
全身黒衣の男はそんな呆然自失の神速の勇者を見ることもせず、ただ自分の手帳に視線を落とし、優雅に手帳の内容を確認していた。
「馬鹿に……してンのかテメーはよォッ!!」
走り出す。
柳宮の周りを何度も周回しながら自分の位置を悟らせないようにして、急に円から線の軌道。柳宮の背後から致死の一撃を放つ。
しかし、柳宮は視線を手帳に落としたまま、すっと半歩右に移動。身体を横に背ける。それだけで心臓を狙った一撃を軽々躱した。
「バカな!?」
「確かにその速度は脅威だ。私では反応しきれんよ」
そう言いながら無防備な神速の勇者へ回し蹴りを叩き込む。
意味が分からず吹き飛ぶ神速の勇者。
相手は自分の居場所を目で追えない筈なのに攻撃の悉くを防がれ、反撃を叩き込まれている。
「バカな! バカなバカなバカな! こんな筈ある訳が……」
「全くだ。世界は広いな。その加速力、イダテンの妖使いよりも速いのではないか?」
「馬鹿にしやがって!」
どれ程速いと言われても、その動きを見切られ反撃されている現状、馬鹿にされているようにしか思えなかった。
だが、柳宮自身はむしろ相手の速度を素直に褒めていると言ってよかった。
素直に感心しているのだ。幾らチート能力とはいえ、その加速と速度に身体が付いて行き、相手を認識し攻撃すらも出来ている。
相手が柳宮でなければ、真奈香やエンドでも殺されていたかもしれない。
その点で言えば柳宮は神速の勇者に感謝すらしていた。
彼が一番最初に攻撃対象にしてくれたのが自分で、良かったと。
白滝柳宮、彼は妖使いである。
妖使いとは遥か昔に存在した妖の能力を扱うことが出来る特殊な人間であり、柳宮の能力は茶袋、あるいは釣瓶火と呼ばれるモノだ。
本来の妖であれば人を高所から落下して来て脅かす存在なのだが、一説によればこれに触れることで過去に向かう事が出来、自分が後悔していることをやりなおすことが出来るとされている。
ただし、邪な者が触れれば生気をたちまち吸い取られて死ぬという逸話もあるらしい。
その特性を備えた柳宮の能力は過去改変。
自分が携わる状況であればほぼ自由に過去を変えることが出来る。
たとえば、不意をつかれて背中から攻撃された時、その知識がある状態で過去に巻き戻り、背後から攻撃が来るタイミングで避けて反撃を叩き込む。
そういう未来の出来事が、彼が今必死に読む手帳に日記として書かれているのである。
未来の自分が体験した日記を読みながら、相手の攻撃が来る箇所を的確に判断し、避け、反撃の蹴りを叩き込む。
神速の勇者の動きが見えている訳ではない。
既に起こった未来の出来事を知った状態でその状態に向かわないよう改変しているだけなのだ。
そんなことを知る由も無い神速の勇者は雄叫びと共に走り込む。
柳宮の周りを忙しなく駆け回り、時に制動を掛けてまた走り、あるいはフェイントを織り交ぜ逆方向にターンしたり、相手の視界を撹乱することに躍起になっていた。
なのに柳宮はその動きを一つも見ようとしてくれない。
次第怒りとも無視された恥辱ともつかない感情が抑えきれなくなった神速の勇者が真正面から攻撃に挑む。
だが、その一撃は腕を蹴り上げられ、剣がすっぽ抜ける結果を生み、さらなる追撃で顔面に二度目の靴痕が叩き込まれる。
「がばぁ!?」
「ふむ。踏み込みは悪くないぞ」
「殺すッ! 殺してやるッ」
「お前のような奴の台詞はそれしかないのか」
溜息を吐く柳宮、むっと眉根を寄せる。
「いいか! テメーは俺を怒らせた! もうゆるさねェ! 土下座して這いつくばって許しを請えば許してやらなくもないけどなぁ! 俺の必殺技を喰らったら即死しちまうけどな。その後で泣いて許して下さいとか言ってもぜってぇゆるさねェ!!」
「許すのか許さないのかどっちだ。即死したのに許しなど乞えるとも思えんが」
「黙れクソ野郎」
神速の勇者は落下して地面に突き刺さっていた剣を引き抜き走り出す。
「食らいやがれ! ライトニングスパーク!」
「技名……」
紫電の如く光となって走り出す神速の勇者。バターになりそうな程の加速力に舌を巻く柳宮だが、テレフォンパンチな一撃が来ると分かっているのでかなり落ち着いた様子だった。
その落ち着き具合が神速の勇者の神経を逆撫でする。
「消炭になって細切れになりやがれ!」
「お前がな。パスだ不死者」
神速の勇者が突撃した瞬間、彼の腹を思い切り蹴りつける柳宮。
柳宮自身が飛びだした一撃に、神速の勇者は止まることすらできずに突撃し、吹き飛ばされる。
その飛ばされた先に、そいつはいた。
たまたま森から身を出した瞬間、神速の勇者が自分に向けて飛んできたことに気付いた[気難しい者]聖龍華が、大鎌を振るい神速の勇者を細切れにしたのだった。




