地球・虫の勇者2
「またなのっ!?」
前に飛び出し背後を見やり、虫の勇者は虫達を突撃させる。
そこに居たのはやはり葛之葉。
先程からこのように何度倒そうと背後に現れるのだ。
本人は幻術だと言っているが、虫の勇者はそれを信じていない。
何かしらのトリックがある筈だ。
じゃ無ければ、これ程リアルな幻術を扱う敵と闘っていることになる。
それはつまり、今闘っている葛之葉自体も幻術かもしれず、相手は離れた場所で虫の勇者が戸惑う姿をニヤつきながら見ていることになる。
それは、許せなかった。
今までずっと、虫を愛でる彼女を蔑んできた周囲の人間と同じではないか。
そんな奴等に負ける? 絶対にそれだけはやらせない。
「私を見下すなッ! 虫を好きで何が悪いのよッ! 死ねよ邪魔者ッ」
「地球の邪魔者は主らであろうに……」
しかし、と葛之葉は少し感心する。
激高しているように見えても彼女は葛之葉の背後から奇襲をしてきた。
とはいえ妖狐である葛之葉に取ってみれば、背後から迫る羽音のせいでまるわかりであったが。
人間よりもよっぽど耳の良い彼女にとって虫たちの奇襲は奇襲とは呼べないモノだった。
確かに蜘蛛やら何やらによる奇襲は危険だが、そもそもそこまで虫の勇者の頭が回るはずもなし。
最初のセアカゴケグモによる奇襲を失敗した時点で彼女の勝機は無くなったに等しい。
葛之葉自身は幻術で隠れ、浮遊の尻尾を使い空中に浮きながら妖術を使い周辺の虫を駆逐している。
このため虫の勇者が自分に気付くことはまずなく、葛之葉は安心して状況を俯瞰できるのだ。
虫の勇者自体は幻の葛之葉相手に闘っているので葛之葉自身から見れば何も無い空中に死ねと叫びながら慌てたように背後を気にして逃げ出す姿が見える。
完全に危ない薬に手を出した末期患者か、毒電波を受け取った変人の行動にしか見えない。
コレが葛之葉の幻術にかかった者の行動だ。
「にょほほ。妾の幻術は自力では破れまい。これはもう勝ったも同然ではないかの?」
「確かに、このままならば貴様の勝ちだろうな女狐」
「にょほ?」
その凛とした声は、背後から聞こえた。
咄嗟に横に飛ぶ。
尻尾に風圧。旋回しながら相手を見れば、つい先ほど居た場所に蹴りを叩き込むダンサー姿の女が一人。
「なんと!? 仮面ダンサーじゃと!?」
着地した仮面ダンサーはアン。彼女は虫が足から這って来るのも気にせず再び跳躍。
虫達が付いた足で葛之葉に攻撃を行って来る。
「阿呆か!? その虫が付けば妾といえども危険なのだぞ!?」
「貴様は危険だからな。今のうちに死んでもらうことにした」
「バカな!? なぜ貴様が妾を殺す!?」
叫びながら幻術を発動。
しかし仮面ダンサーアンは気にせず葛之葉に攻撃を行って来る。
幻術が効かない。一瞬で判断した葛之葉は浮遊尻尾で思い切り上昇する。
「チィッ」
回し蹴りが宙を切り裂く。三連撃の回転蹴りに、あのままガードなどしていたら確実に虫塗れになっていたことに顔を青くする葛之葉。
足を伝い身体中に虫を張り付かせたアンが迫る。
普通の人間や怪人であれどもあそこまで纏わりつかれれば死ぬ可能性は高い。なのにアンは気にせず動く。
「そう言えば……貴様人造機械であったな」
天魔戦争のおり、仮面ダンサーアンは一度、皆の前で死んでいた。
それで気付いた。
この仮面ダンサーアンも同じではないかと。
つまり、機械人形。
遥か遠くに居る本体を倒さなければ無限に出現する機械兵団。それが仮面ダンサーアン。
「面倒じゃのぅ。機械であるため幻惑も効かん。虫だらけになっても食まれることもなし。虫により動力が焼き切れるまでは動き続ける……か」
「そういうことだ!」
ハイジャンプで一気に距離を詰めてきたアンに、葛之葉は狐火を浴びせかける。
気にせず蹴りを叩き込んで来るアンの一撃をガード。虫たちは狐火に焼かれて既に絶命していたため纏わりつく虫は皆無だった。
蹴りの威力で吹き飛ばされるも、ビルの壁に着地し浮遊尻尾でそのまま身体を固定する。
「チィッ、遊んでいる暇が無くなってしもうた。折角の祭りだからといたぶりコロコロっとしてやろうと思っておったのに。仕方あるまい。まずは……虫の勇者を潰す」
現状、アンと闘うには周囲の虫が邪魔である。
ならばアンとまともに闘うために虫の勇者を今すぐにでも息の根止めて虫の脅威を除去。しかる後にアンと直接決戦を行うべきだ。
そう考えた葛之葉だが、虫の勇者への直線上にアンが立ちはだかった。
「守るか仮面ダンサー!?」
「こいつの能力という下地があって初めて貴様を殺す条件が整う。お前を倒せば私がこれを破壊しておこう。私を倒しこれを殺すか、私とこれに殺されるか、勝負と行こう」
「戯言を!」
アンの言葉に牙を向く葛之葉。
アンと闘うには虫の勇者が邪魔で、虫の勇者を排除するにはアンが邪魔になる。
どちらを倒そうにも逆の相手が邪魔になるのだ。面倒なことこの上ない闘いになり、葛之葉はイラつきにも似た感情を覚えたのだった。




