地球・虫の勇者1
「なんで……なんでよぉっ!」
ヒステリックな声が響き渡る。
ゾンビの群れが跳梁跋扈する大通りに、一人の女が立っていた。
焦燥感を浮かべ、自身に纏わりつく虫の群れを払う。
うっとおしげに、ではなく自分の思い通りにならない憤怒を八つ当たりとして体現するように、だ。
アスファルトでできた国道の中心で、人通りが消え、ゾンビしか居ない街道で、彼女は目の前の敵に向け、虫達に指示を与える。
「早く、殺せぇッ!!」
血走った眼に力の入り過ぎた身体。大声を出したせいか口から唾が飛ぶ。
追い詰められたような鬼気迫る顔に、しかし敵対者はからころと笑いながら扇子を一振り。
敵対者の周囲に水が渦巻き、迫る虫の群れを飲み込んでいく。
敵対者、小出葛之葉は余裕を持って相手をしていた。
女神の勇者と呼ばれる地球を破壊するために現れた侵略者。
その一人である虫の勇者と敵対しているのだが、相手を挑発したせいか愚直に自分に向けて虫を飛ばして来るだけなので対処が容易なのである。
水を操る事が出来るため、彼女が羽虫が迫るより早くそれらを無効化させられる。
それを突破する虫もいないではないが、彼女の傍には常にたゆたう狐火の群れ。
さらに彼女のアスファルト周辺は泥沼のようにぬかるませており、土で作ったマッドハンドがぬかるんだ地にやってきた歩行型の虫をアスファルトの中へと飲み込んでいく。
木火土金水。陰陽五行の能力を自由に操ると言われる妖狐の一人、それが葛之葉なのだ。この位の妖術はお手の物であった。
しかし、そのことを知らない虫の勇者は幾らでも替えの利く虫達を無謀突撃させて葛之葉の魔力切れを狙っていた。
そもそもが葛之葉の妖力値を知らないがゆえの失態ではあるのだが、虫の勇者は必ず葛之葉が魔力切れになるはずと根拠の無い自信を持っていた。
「そろそろ、死になさいよぉっ! 虫に塗れて、惨たらしく、助けを求めながら死ねぇっ!!」
「救い難い阿呆よな。妾がこの程度で底尽く実力者に見えるのかえ? 心外であるぞえ」
溜息を吐いて狐目を見開く。
「そろそろ、妾のターンと行こうかや!」
ばさり、扇子を翻す。
尻の上辺りから九つの尻尾が飛び出した。
頭からはみこーんと狐耳。葛之葉はニタリと笑みを浮かべる。
「九尾の、狐!?」
「下郎、今更気付いたか! 九尾の力、とくとご照覧あれ!」
狐の尻尾には一つ一つに能力が宿っている。
今回の尻尾は剣、毒、焔、雷、溶解、防壁、料理上手、即死、石化の九つ。
ランダムで出てくる尻尾の中から適当に選んだせいで必要の無い能力の尻尾もあるのだが、威嚇だけならば別に問題は無いと葛之葉は溜息を吐く。
何故また料理上手? 発現当初から自己主張の激しい尻尾に呆れた顔をしながらも、まずは雷と焔の尻尾を使い牽制、雷炎を虫の勇者向けて撃ち放つ。
「なんっ!? きゃぁっ!」
逃げる等という選択肢は虫の勇者には無かった。何しろ彼女は闘いなど初めてなのだ。いきなり雷炎に襲いかかられれば身を竦ませて目を瞑るしか出来はしない。
威嚇に放たれた一撃は彼女のすぐ側のアスファルトを穿った。
「ふむ。これでは弱いモノイジメよなぁ」
「ば、馬鹿にしてっ!」
怒りと共に虫を嗾ける。
無数の羽蟻が黒蟻が蜂が虻がミミズがと、さまざまな虫が葛之葉に襲いかかるが、水に阻まれ炎に焼かれ、土の手に引きずり込まれ、虫達は消えていく。
虫の勇者にとっては今が好機なのだ。
相手が遊んでいるつもり、小物と見ている今こそが。
ニタリ、思わず虫の勇者はニヤついた。
クタバレ。上から目線の狐娘が虫に纏わりつかれて踊り狂う姿を想像したのだ。
事実、既に打った手は間近に迫っている。
「にょほほほほ、楽勝楽勝」
遊んでいるつもりの狐娘向け、背後から蝗の群れが殺到する。
勝った! 思わず拳を握る虫の勇者。
先程までの演技に騙された狐娘は虫の勇者を小物と勘違いしてくれているようだが、虫の勇者だってチートを貰っただけの馬鹿ではない。
何しろ今まで世界を呪って来たのだ。今更自分の思い通りにならない存在が現れたところで冷静さを欠く訳が無い。
蝗の群れが高笑いしている狐娘に群がる。
羽音に気付いた彼女が振り向くが、既に遅かった。
無数の虫が狐娘に殺到する。
「あはははははっ、終わった。これで終わりよクソ女っ。きったない悲鳴上げながら肉啄ばまれて醜く死になさいッ」
「にょほほほほ。きったない悲鳴とはまた誰ぞがあげるのかのぉ」
「……え?」
その耳障りな声は、背後から聞こえた。
ぞくりと背中を這う虫のような感覚に、虫の勇者は後ろを振りむけない。
目の前では虫に群がられた人型が踊り狂って息絶える。
その中に、狐娘が居る筈だ。居る筈なのだ。居なければおかしいのだ。
なのになぜ、葛之葉の声が背後から聞こえるのか?
虫の勇者は想定外過ぎる現象に全身を振るわせた。




