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序・マイノアルテ

 二日月が輝く夜。静謐を保つ木々の間を揺らし、女が一人、走っていた。

 白銀のブレストアーマーが月の光を反射して煌めく。一房に纏めた髪が風に揺れる。

 しきりに背後を気にしながら、銀光に煌めく髪を揺らして息を切らして走る。

 草で肌を切り裂きながらも、木の根に足を取られながらも、必死に、必死に走り続ける。

 だが……


「もう、諦めてください」


 嘶きと共に白馬に乗った騎士が一人、彼女の背後から迫り寄る。

 迫る白馬の騎士が側面へと回り込み、鞘で女の胴を突く。

 鎧越しに衝撃を貰った女性は呻きながら崩折れた。

 呻きながらも顔を上げる。

 下馬した男が悠々、彼女へと近づいていた。


 白銀のブレストプレートを付けた赤い服の女。艶やかな銀髪は一房に纏められ、一瞬聖女とすら思える程の煌びやかな顔立ちを見せ、直ぐにその瞳を憎々しげに歪ませる。

 流麗なしぐさで腹を抱えながら立ち上がり、背後の木に背持たれる。

 逃げるのは難しそうだった。


「申し訳ありませんが、我が主マグニアの元で監禁させていただく」


「くっ、頼った先で裏切りに合うとは……何故です【勇敢な者】よ、何故私の邪魔をするのです! マグニアは私の考えに賛成だったではないですか!」


「友人であるが故、貴女の奇行を止めることにしたそうです。そもそも同じ国から同時期に二体も召喚しようなど、無謀に決まっています。貴女にントロを召喚する資格は無いのですよ。下手をすれば死ぬ可能性だってあるのです。さぁ、媒介を、魔法陣をどこに隠したのです。アレさえなければ召喚など出来ないでしょう」


「……そうね、ソレを設置しなければ魔法も唱えられない。魔法陣さえない今の状況で私がントロを呼び出すなど不可能、そう、思っているのでしょう?」


「ええ。ですから大人しく魔女同士の闘いが終わるまで貴女を監禁させていただ……」


「我は求め訴える、我らが区画にて望みを叶える、ゆえに我らが守護を成すントロよ我が呼び声に答えよ、我は……」


「バカなッ!? 魔法陣は無いはず、なぜ祝詞を唱え……まさか」


 驚く男にニィっと笑みを浮かべる女は自らの腹をまくりあげる。そこには、魔法陣が一つ、描かれていた。


「自らの身体に、描いただとっ!?」


「これで、私もワルプルギスに参加ですねっ! 来てください、私のントロッ」


「くっ、させるかッ」


 とっさに剣を引き抜いた男が走る。

 女の腹に向け剣を突き入れるその刹那、魔法陣から飛び出した腕が剣を掴み取った。

 女の腹に描かれた魔法陣から新たなるントロが召喚される。


「ふん、召喚された先でいきなり刺傷行為か。儂の目の前で面白い事をしているじゃないか。なぁそこの男よ」


 剣を持ったまま、そいつは女の腹から飛び出し、すたりと着地する。

 手を離した瞬間、剣が自由になり、【勇敢な者】は思わずたたらを踏む。


「チィッ、ントロが召喚された……か?」


 現れたのは少女型のントロ、否、その姿はあまりにも幼かった。

 夜よりもなお漆黒のマントをバサリト翻し、黒いゴシックロリータファッションを見せつける。

 銀光に煌めくまばゆき黄金色の髪。左右で縛ったツインテールが風に揺らめく。

 人形のように整い過ぎた綺麗な顔にゾッとするような赤い瞳。

 華奢な腕で頬にかかった髪を掻き上げ、ニタリを笑みを浮かべる。その口元に、鋭すぎる犬歯が見えた。


「むぅ、力の封印に抗ったら背が縮んでしまったではないか。まぁいい。我が名はヌェルティス。ヌェルティス・フォン・フォルクスワーエン。さぁ、闘いを始めようぞ、暴食蛇の武踏祭ベヘモート・ボルテージ!」


 両腕に闇の炎を身にまとい、幼女は不敵に笑みを浮かべた。


「なるほど、随分と戦好きのントロのようだ。だが、呼ばれたて、右も左もわからぬ状況で今までと同じ闘いが出来るなどと奢るなよ」


 剣を構えた白銀の騎士がヌェルティスを睨む。

 ヌェルティスは両手に暗黒魔法を纏わせた格闘戦スタイルだ。相手が構えるのを見ると、即座に構えを取る。

 ヌェルティスとしても確かに右も左も分からない状況。しかし、召喚されたことは理解しており、その魔法陣を持つ女とそれに斬りかかる男がいれば、どちらに肩入れするべきかくらいは分かっているつもりだ。


 とにかく、良くは分からないが後ろでボロボロになっている女を守り、この男を撃退する。

 話はそれからだ。

 ひとまずントロが何かなど、良く分からないことは後で聞けばいいのである。


「疾ッ」


「甘……ぬおぉっ!? リーチがっ」


 煌めく銀光。剣を拳で跳ね飛ばし反撃を、と思ったヌェルティスだったが、いつもの調子で動いた身体はとても重く、自由には動かない。

 さらには四肢の長さがいつもと違い目算を誤りあわや首を切り裂かれそうになる。

 ぎりぎりで喉元を剣先が通るのを見送り、慌ててバックステップ、木に寄りかかった状態の女の横に着地する。


 自分の身体が動かしづらい。

 それはそうだ。いつもであれば成人女性の身体だったのだ。と言っても皆に幼女体型と呼ばれる程にナイチチ寸胴ではあるものの、自慢の細長い四肢が、今は本当に幼女と呼ばれても反論できない長さに縮小されてしまっている。


 これはこの世界に召喚された時、自分の力が封印されるのに抗った結果、力の代わりに肉体の成長が封印されてしまったせいだろう。

 といっても力もかなり封印されてしまっている。

 自分の実力が今どの程度なのかもよくわからない状態での初戦闘。敵の実力も未知数。


 ヌェルティスにとっては懐かしさすらある危機感だった。

 心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。立っているだけで冷たい汗が流れて来る。

 だが、だからこそ、顔には笑みを、仕草には優雅さを、口調には厨二心を。


「ククク……」


「何が、おかしい小娘」


「いやなに、幼女や女に殺気を漲らせておる男の図というのもなかなかに滑稽だと思ってな」


「ぐっ……それは……だが、貴女はントロだ。いくら保護すべき容姿をしていようとも、ントロである以上貴女を野放しには出来ない。私は、騎士の名に賭け、【勇敢な者】として、貴女を討たねばならんのだ!」


 なにやら自己完結したように頷いた男は、腰だめに剣を構え直す。


「秘技・烈空斬!」


 ゾクリとした。

 ヌェルティスの背筋を駆け抜ける悪寒に、彼女は咄嗟にサイドステップを踏んでその場を飛び退く。

 一瞬遅れ振るわれた男の剣。

 ヌェルティスには届かない一撃だったが、風圧が発生し、先程までヌェルティスが居た場所を縦に切り裂く。

 そのまま背後の木々を切り裂き、無数の木を薙ぎ倒す。


「チッ、ただの人間という訳にはいかんか、さすが異世界。だがこちらもタダモノではないのでな」


 さらに切り上げる一撃までが烈風を帯びて木々を切り裂く。

 ヌェルティスは円を描くように男の射線から逃走し、詠唱を始めた。


「邪神により引き継がれし呪われた左腕、今、封印を解く」


「何ッ!? 邪神だと!?」


 ヌェルティスの言葉に男はつぶさに反応した。

 その反応に、思わず厨二心がくすぐられるヌェルティス。可能であれば沢山の言葉の羅列を浮かぶままに口にしたくなるのだが、今は涙を飲んで詠唱を続ける。

 実を言えば、ヌェルティスの魔法に詠唱など必要はなかった。意志一つ、指先一つで任意の魔法が放てるのだ。

 だが、そこは厨二病患者。彼女にとって詠唱とは魔法であり、省略すべきではない法則であり、そう、浪漫だ。


「祖は宵闇の覇者にして真祖の王。我いざなうは邪龍のあぎと。暴れ狂え蛇の王。滅び迎えしその時まで!」


「チッ、格闘タイプかと思えば魔術師タイプか。ええいままよっ」


 ヌェルティスの魔法が放たれるのを察知した男は左手を上げて自分の胸元の前に突き出すと、ヌェルティスに手の甲を向ける。


供物蛇の輪舞会リヴァイアス・ロンド!」

海神トリトンの盾シールド


 ヌェルティスの魔法が発動。相手に向け突き出した掌から魔力の塊が噴き出す。

 それは黒き魔法と化し、龍のアギトを形作りながら男へと突撃する。

 男も黙って受ける気はなかった。構えた左の手の甲に集まる空気中の水滴が渦巻くように盾へと変化する。


「どぉっせぇいッ!」


 海神の盾で供物蛇の輪舞会リヴァイアス・ロンドを受け止めた男は気合いと共に供物蛇の輪舞会リヴァイアス・ロンドを斜め上へと跳ね飛ばす。


「なんとっ!?」


「くっ。まともに喰らっていれば死んでいたぞ今のは……封印状態でこの威力を誇るのか……」


 ちらりと男は女を見る。


「魔女が近くに居る……私には居ない……か。さすがに分が悪いか」


 呟くと男はサイドステップを踏んで叢に姿を消した。


「あ、こら、何処へ行く!?」


「深追いは禁物ですっ、ヌェルティス!」


 鋭い声で指摘され、ヌェルティスは思わず追跡を押し留まる。

 確かに彼を追って闘うのも一つの手だが、この状況下を認識するためにも目の前の女と安全を確保する方が先決だろう。

 思い直したヌェルティスは女の元へと向かうのだった。

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