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第3話

翌朝いつも通り登校した。教室に着いた途端他クラスの委員長が話しかけてきた。美人だと噂されているので顔くらいは周りに興味無い律花でも覚えていた。


「ちょっと話があるの!来てっ」

「えっ……ちょっ……」


有無を言わさず手首を掴まれて律花は委員長にどこかへと連行されて行った。その様子をニヤニヤしながら柊介と絢は見送る。


「ね、柊。あれ告白かなぁ」

「どうだろう?律花って大人びてるからみんな気後れして告白出来ない子がほとんどみたい。そういう噂は結構聞くんだ。あの子大胆だね」

「ねー。密かにファンクラブまであるらしいよー。付き合ったら泥沼合戦だねぇ」

「ちょっと絢……。そんな楽しそうに……」


絢があまりに楽しそうにするものだから内心柊介は引いてしまった。


一方委員長は律花を誰もいない空き教室へ連れ込んだ。


「こんな所まで来て一体何の用……」

「実はね、あなたにずっとお礼が言いたかったの」


あまりにも唐突だった。今まで関わりなど無かった筈だ。礼を言われるようなことはしていない。

律花は思わずキョトンとした表情になる。委員長はその表情をみて少し悲しく思った。


「やっぱり覚えてないよね。小さい時上から鉄柱が落ちて下敷きになりそうだった所を助けてくれたの。あなたが、魔術で。思い出せない?」


過去を振り返ってみる。


小学校低学年だったか。両親の用事が終わるのを一人出先で待っていた時だった。近くで悲鳴が聞こえ人々はみんな上を見上げていた。その目線の先には何メートルもある巨大な鉄柱が落下してきていた。逃げ惑う人達の中で呆然と立ち尽くす少女の姿。

その刹那、勝手に体は動き出し、少女を抱き寄せて鉄柱を魔術で破壊した。空中で塵と化しハラハラと舞い落ちる。


「大丈夫?気をつけなよ?」


少女が無事なことを確認すると一言声をかけてすぐに立ち去った。


思い出した。……あの時の少女……。同い年だったのか……。


「思い出せたみたいね。良かった。お礼すら言う暇もなくどこかへ行っちゃうんだもん」

「人を待ってた最中だったからな。すぐ戻らなきゃいけなかったんだよ」


律花がすぐに立ち去った理由はもう一つあった。

あんな民衆の前で魔術を使ったのがいたたまれなかった。人を助けるのは当たり前のことだが、父親との約束で魔術は使わないように言われていたためそれを破ってしまった罪悪感の方が大きく、両親にバレない為にも早急に立ち去ったのが最大の理由だった。


「ていうか、転校してきたわけじゃないだろ。なんで今更……」

「雰囲気は面影あるなってずっと思ってたんだけどね落ち着いててすごく大人びてて違うかもって不安で話しかけられなかったんだ。昨日ね、見たの。あなたが魔術を使う所。それでやっぱり間違ってなかったって確信が持てたから」

「俺が魔術使う所って……じゃああの化け物も……」

「うん。あれが何かまでは分からないんだけど」


見られてはいけない現場を見られてしまったんだと思う。どうしたものかと考えているとクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「大丈夫よ、言いふらしたりしないから。だからわざわざここまで来たのに。でね、恩返しさせてよ律花くん」

「そんな昔のこと別にいい。大したこともしてないし。てか名前……」


急に名前で呼び始めた委員長に律花は驚いた。


「大したことって……助けてくれなかったら私今ここにいないかもしれないのよ?……名前で呼んじゃダメ?」

「……いいけど」

「じゃあ遠慮なく。ねぇ、本当に感謝してるからお礼したいのよ」


律花にとっては過去のことでそもそもこんなにも感謝されるようなことだと思っていなかった。断り続けていると委員長は受け入れてくれるまで付きまとうと言い始める。流石に冗談だろ。そう思っていたが冗談ではなく柊介達の元へ戻ると彼女までついてきた。


「おっ、律花おかえりー!彼女できたのー!?おめでとう!」

「……何だその満面の笑みは。しかも柊介まで。できてないから勘違いするな。付きまとわれてるだけだ」

「ふぅん……」


絢も柊介も意味深な笑顔を浮かばせている。否定しても尚ニヤついていた。


「ひどぉい、ストーカーみたいな言い方して。律花くんのお友達?知ってると思うけど白城ルティナ(シラシロルティナ)です。これからよろしくね」

「こちらこそ。気難しい奴だけど悪い奴じゃないから仲良くしてあげて。ルティナちゃん」


気づけば絢と柊介は委員長とすっかり仲良くなっていた。そして要らない気遣いで2人にされるようになる。


「……あんた、いつまで続ける気だ?」

「律花くんが折れてくれるまで。あと、あんたじゃないもん。委員長も嫌よ?敬遠されてるみたいで好きじゃないの」

「……冗談だろ。何度聞かれても答えは同じだ」

「うん。考えてみたらさ、いきなり女子からお礼がしたいって言われても困るよね。だからまずは仲良くなろうと思って」

「……は?」


彼女の発言があまりにも突発的で思わず間抜けな声が出た。一方彼女はふふふと笑っていて楽しそうだった。


「ねぇ、放課後一緒に来て欲しい所があるの」

「バイトがあるから無理だ」

「え〜、じゃあ明日は?」

「……明日もバイトだ」

「律花くんの都合に合わせるわよ。いつなら空いてるの?」


押し問答を繰り返している間にチャイムが鳴り始める。


「ほら、授業始まるぞ。遅れたらまずいだろ委員長さん」

「絶対予定空けてよね!!」


頬を膨らませ捨て台詞を吐きながら自分のクラスへ戻って行った。思わず呟く。


「……ったく……」



授業は特に問題なく、珍しく眠気もなかったのでひたすらボーッとしていた。教師の説明なんて聞かなくたって教科書だけで十分だ。


昼休み。いつもと同じ光景に違和感が。


「お前、なんで当然のようにいるんだよ」

「仲良くなりたいって言ったじゃない」

「……友達はいいのか?周りとかも気にならないのかよ」

「友達には伝えてあるから。周りは別に」

「……あっそう……」


食い下がる気配はないので律花はだんまりを決め込んだ。それでも柊介と絢が話しているおかげで雰囲気は和やかだ。


やはり放課後も律花の元へ委員長が訪ねてくる。


「だからバイトがあるから駄目だって何回言えば柊介からも止めてくれ……っておい!」


穏やかな笑みを浮かべた柊介と絢は2人で先に帰って行ってしまう。


「あら。お邪魔するつもりはなかったんだけどごめんね?律花くんも向かわないと遅刻しない?」

「……計画的だなお前……」

「ん?」


恨めしく思うあまり思わず出た呟きに委員長は小首を傾げる。どうやら無自覚らしい。怒っても意味がないと気持ちを堪えてバイトに向かうことにした。


「律花くん、行ってらっしゃい。なんだバイトって本当だったのね」

「そんなことで嘘ついてどうするんだよ。待つとかやめろよ?遅くなるから。暗くなる前に早く帰れ」

「ふふっ優しいのね。今日は大人しく帰るけど私、諦めないから。じゃあバイト頑張ってね」


あまりにもめげないため思わずため息をついた。笑顔で手を振る彼女に軽く睨みを効かせた。これで諦めてくれるといいのだが……。


バイトが終わって店を出る。彼女が律儀に待っていたらと不安に思ったが流石に彼女の姿はそこにはなく律花はホッとした。


真っ直ぐ帰路を歩き始める。律花が住んでいるアパートは東京の外れの方にある。都会なら色々な面で便利だろう。けれどその分家賃も高く、バイトで生計を立てている律花には手が届かない。


アパートは3階建てで律花はその3階の端に住んでいる。引っ越してきた当時はどこか選べる程空きがあったが家賃の安さからか今は全て埋まっている。


階段を利用し部屋の前まで来た。ジーンズのポケットから鍵を取り出し開けた。中に入ると見慣れた風景にほっと安心する。


「兄貴、お帰り。遅かったね」


物音に気付いて玄関まで出てきたのは弟の雅騎(マサキ)。両親は他界し住んでいるのは律花と雅騎の2人だけ唯一の家族だ。

雅騎は風呂を済ませているようで寝巻き姿だった。


「帰り遅いし先にご飯食べちゃった。兄貴の分は机に置いてあるからチンして食べてくれる?もう遅いし俺は寝るけど兄貴もちゃんと早く寝なよ?おやすみ」


どうやら帰ってくるのを待ってくれていたようで用件を伝えるとあくびをしながら隣の寝床へ行ってしまった。先に食べると眠くなって入るのが億劫になるから風呂場に向かった。


シャワーを先に済ませてその間に冷めてしまった湯船を温めた。

すこし熱めだったが疲れた身体には丁度いい。


「…ふぅ…」


疲れが癒される感覚に思わずため息を吐いた。

ある程度温まったところで風呂から上がった。長く入るとのぼせたり、寝てしまったりするからなのだがやはり物足りない。我慢するしかないのだが…。


風呂から上がると雅騎の作ってくれた夕食を電子レンジで再加熱して食べた。

時計は1時過ぎを示していた。夕食というよりもはや夜食だ。

さっさと飯を掻き込んだ。もっと味わって食べたいと思うくらいに美味しかった。


遅すぎる夕食の後1時間程ゲームをした。もう少ししようとしたが今日は疲れたのかいつもより早く眠くなってきたのでゲームを中断し眠りについた。



翌朝。何度か身体を揺すられた気がするが中々起きれない。最終的に掛け布団を剥がされて寒さで目が覚めた。


「……いい加減早く起きてくれねーかな、もうすぐ出る時間なんだけど!!」


雅騎は既にキレ気味だった。時計を見ると7時半を過ぎている。支度だけでもギリギリだ。慌てて飛び起きる。バタバタと支度をする羽目になった。……ほとんど朝はこんな状態だが。雅騎がいなければ確実に遅刻の常習犯である。


「低血圧なんとかしてくれよ。今日も何回も起こしたのに全然起きないし。朝ご飯いらないから寝かせろって…。おまけに機嫌悪いし」


玄関でグチグチと文句を言われた。揺すられたのは記憶にあるが何か言った記憶はない。機嫌が悪かったのも分からないから寝ぼけていたのだろうか。記憶がないから治しようがないし達が悪い。万年低血圧の俺になんとかしてくれと言われても困ると律花は心の中で思った。


「……っつってもしょうがないんだけどねぇ……」


ため息を吐かれてしまった。直る見込みがないと諦めてるようだ。


なんとか支度を間に合わせることが出来た。


「今日もバイトでしよ?今度空いてる日勉強教えてくれない?あ。弁当渡さなきゃ。はい」

「……構わないが……」


慌てたことで目が覚めていたが一段階着くと寝起きの状態に逆戻りする。律花はボーッとしたまま弁当を受け取った。


「よっ、おはよ!!……って寝起きかぁ」


自宅から少し進んだ先で清々しい程明るいテンションで挨拶してきたこいつは園川柊介

ソノカワシュウスケ

だった。


高校の制服はブレザーだが校則は服装に特に厳しくなく軽く着崩していた。色素の薄い茶色い短髪で笑顔の似合う爽やかな顔立ちをしている。目つきも鋭くなく暖色である黄色い瞳のため優しく近付きやすい雰囲気を放つ。


「そうなんですよ。毎日困りますよねー。また寝ぼけてるのでよろしくお願いします。俺は急ぐので失礼します」

「おー、雅騎くん行ってらっしゃい」

柊介に軽く挨拶すると走って先に学校へ向かっていった。


「……なんか、雅騎くんが兄貴みたいだぞ。学ランだけど。中学遠いんだからお前協力してやれ……ってダメだ、こりゃ……。道端で寝るなーっ!!せめて学校まで我慢しろ?な?」


柊介の声が遠い気した。無理矢理起きたものの身体はまだ寝足りないと睡魔に従おうとする。柊介に肩を揺すられてなんとか目を覚ます。ここぞとばかりに柊介は歩き出した。


寝ぼけてるのもあって道中は柊介の話をひたすら聞くだけだった。

校門からまで来ると誰かが飛びついてきた。


「おっはよー!!目ぇ覚めた?」

「……覚めない」


上目遣いで微笑む彼は黒澤絢

クロサワアヤ

。可愛らしい容姿だがれっきとした男子。


短い茶髪で分け目から綺麗に跳ねた髪型。前髪は右側だけ二本のピンをクロスさせてとめている。ターコイズブルーの眼は大きく女々しさを際立たせる。制服は相変わらず思い切り着崩しておりYシャツの上にパーカーを羽織っていた。


クラスは違うので階段を登ったところで別れた。

柊介と共に教室について、席につくと早々に伏せて目を閉じる。


「……ほんっと大変だな。お前」


クラスのみんなはそれぞれ騒がしくしていたがその喧騒の中でも眠りに落ちていった。眠りに落ちる狭間で柊介が切なそうな声で呟きながら頭を撫でた気がした。


「……おーい。そろそろ起きろ。授業始まるぞ」

「……ってぇ……」


額に容赦なくデコピンされ痛みで目が覚める。ジンジンと痛みが残る額を押さえながら顔を上げると柊介が笑っていた。ここまでしないと起きないからだが笑顔を向けられるとムカつく。文句を言おうとしたところで教師が入ってきた。ようやくギリギリまで寝かせてくれたことに気付く。しかもSHRは終わっていた。担任は事情を知っているからか律花を起こそうとはしない。おかげで睡魔は少し収まっていた。


律花は昔から勉強をするのは好きだった。なので暇つぶしに問題集を買い漁り勉強していたらいつの間にか大学レベルまで勉強してしまった。だから授業は聞いてなくても分かるのだが寝ていたら教師は不快だろう。板書はさぼらずやっている。


「ねぇ律花。ここわかんない。教えて」


自由に問題を解く時間になったとたん柊介が律花の方に振り向いた。

指差す先には証明の問題が記載されていた。柊介はいつも律花に聞いた方が分かりやすいと教師より律花を選ぶ。律花も柊介の物分りが早くて悪い気はしない……むしろ教えがいがあると感じていた。2人の会話を聞いていた隣の席の男子も律花に聞き律花は快く教えてあげた。


昼休み。いつもと同じように屋上で食べていると彼女はやって来た。


「やっぱりここにいたのね。授業の間とかもお話したかったのに律花くんってばずっと寝てるんだもん」

「……また来たのか委員長さん……」

「またって何よー。仲良くなりたいって言ったじゃない」


律花は思わず露骨に面倒くさそうな表情をしてしまいその顔をみたルティナはぷくーっと頬を膨れさせる。食事を済ませてきたらしくお弁当などは持っていなかった。


「りっちゃんこんなに大胆な子滅多に居ないんだからせっかくだし仲良くしたらいいのに〜。ねぇ?」


絢はニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながらからかうように言う。ルティナはうんうんと頷いてみせた。


「それにしても律花と仲良くなりたいなんて女子からしたらドライな印象だろうによくそんな無謀なこと思ったねぇ」


柊介も呟く。失礼な発言のような気もするが本人に全く悪気はない。


「印象だけなの知ってるもん。昔助けてもらったことあるの律花くんに」


律花は余計なことを言うなと心の中で憤慨した。言わないかわりに目で訴えたのだがニコニコしてかわされるだけでこの場での対応は諦めることにした。律花が頑なに受け入れない代わりに絢と柊介が仲良くなっている。周りから攻めてみようというルティナの作戦だった。


午前中はなんとか起きて板書をしていたものの、昼食を食べたら眠気が振り返してきた。昨日はバイトに加え、帰りに襲われた挙句彼らと出会ったから余計に疲れたのだろう。耐え切れず午後の授業は寝てしまった。


放課後、大きく伸びをしてカバンを持つ。その様子を見た柊介はクスクス笑いながら話しかけてきた。


「目は覚めたか?なんつーか、夜型だよな律花って」

「…ここまで熟睡するつもりはなかったんだが…。おかげで目は覚めたが複雑だ…」

「俺もびっくりした。最後の時間めちゃくちゃうるさかったのに全く起きねぇんだもん。ま、目が覚めたならいいんじゃね?」


どれほどうるさかったのは分からないが律花が授業中に居眠りしている光景を見慣れている柊介が関心するほどだということは相当なのだろう。


「今日はこれからバイト?明日とかもあんの?」

「あぁ。今週はバイトで予定詰めた」

「ちょっとは休み入れなよ……何か欲しいものでもあるの?」

「入れる時は入っとかないと……叔父もいつ来るか分かんねぇし」

「……」


学生は会社員みたいに月給じゃない。入れる時に入っとかないと稼げない。バイト代から生活費を払うこともあるので休んでいられないのだ。叔父の件も色々、ややこしい問題で事情を知っている柊介は黙り込んでしまった。


「……あー、まぁ無理はしないから」

「うーん……」

「……信じてねぇだろお前。心配し過ぎて禿げるぞお母さん」

「あっ!!お母さんってなんだよ!!せめてお父さんだろっ!!」


……つっこむ所がズレている。どこから指摘するべきか考えている間に可笑しくなってきて笑ってしまった。柊介もつられて笑い結果和んだので結果オーライ。

教室を出て階段近くまで来るといつもどおり絢が柊介に飛びつく。朝は俺で帰りは柊介と決まっている。絢なりにルールがあるらしい。恐らく朝は俺を目覚めさせるためで帰りは飛び付いていない柊介に決めていたのだろう。幼い頃からこの行為なので挨拶代わりとなっている。


「絢……そろそろやめなよ。それ」

「えー、やだ。2人にしかしないしそれに律花も起こせて画期的じゃん」

「いや、起こせてないから。いつも普通に寝てるから」


柊介が否定したとたん絢はニヤリと怪しげな笑みをこちらに向けた。嫌な予感がして律花は逃げるようにその場から歩き出した。


「あ!律花逃げた!」

「当たり前でしょ。ほら早く行くよ。あいつ、歩くの早いし」


慌てて2人が律花を追いかけて来る。それを見た律花は速度を落とした。種別が違うからか意識しない速度だと早いと言われる。誰かがいるときは意識するようにしないと置いて行ってしまうため注意が必要だった。


他愛もない話をしながらバイト先である書店まで送ってくれた。明日と明後日は家に2人が来る。それを励みにバイトを頑張ることにした。


「おはようございます」


出会う従業員に挨拶をしながら店内裏へ向かう。制服に着替えるとレジ裏に回り、立ち読み防止の帯を巻きつける作業を始める。

人前には出たくなくて入ったときからこの作業をしていたら無駄に上手くなってしまった。店長のお墨付きをもらうほどで新人が入ると教育を任せられる。最近は来ないから個人での作業が続いている。


昨日に引き続き、明日も人気漫画の新刊が発売日だ。昨日の分とさらに大量に仕入れてあるため帯巻きをしなければならない本が特別多かった。決して一冊にかける時間がかかるわけではないが流石にシフト内では終わらなかった。


「律花ー、もう上がっていいぞー」

「まだ段ボール一箱分残ってますが…。明日、明後日シフト入って無いですし、全部やっときますよ」

「そこまでしてくれれば十分だよ。昨日と今日でよくやったな。いい加減君は休むことを覚えなさい。今日はもう帰るの」


店長に上がるよう言われて断ろうとすると逆に怒られてしまった。

何年間か付き合っていくうちに休むことをしない人だと思われているようだ。店長の好意に甘えさせてもらい作業を中断し綺麗に整理してから帰った。


自宅について鍵を開けると雅騎が出迎えてくれた。


「おかえり。今日は早かったね」


今日は雅騎も帰りが遅かったのか中学の体操着だった。その上にエプロンを着けていたのでまだ料理中だったのだろう。


「昨日が遅過ぎだったから余計に早く感じるんだろう。眠かっただろうに待たせてすまなかった」

「俺が好きで待ってただけだし。今日は俺の方が遅くなっちゃった。友達に誘われてゲームしに遊びに行っててさ、気付いたらこんな時間になっちゃってたわ」


お互いに謝りあって譲らず押し問答になっていた。結局雅騎が折れて話をかえ、夕飯を作っている間に風呂に入れと言われたので先に済ませた。


風呂から上がると丁度出来上がっていた。肉を焼いた香ばしい香りが鼻をくすぐる。


「そうめんとチキンソテー作った。手抜きでごめん」


そういう割りには豪華な食事が並んだ。否定するとまたさっきの押し問答のようになりかねないので大丈夫だと言った。

席に着いていただきますと挨拶すると2人一緒に食べ始めた。

どちらも美味しく感想を言うと安心しつつ嬉しそうにした。


「雅騎、朝勉強教えてくれって言ってたよな?」

「あ、うん。なんだ寝ぼけて覚えてないと思った」

「……教えるの辞めようかな」

「ごめん、ごめん。冗談だって」

「……急ぎか?」

「まぁ……それなりに……」

「じゃあ夕飯食ったら教える。バイト詰めたから空いてる日ないし」


夕飯を食べ終わった後。テーブルを片してから勉強を教えてあげた。数学の応用でつまづいていたらしい。

ひととおり勉強を終えると雅騎を風呂に入らせた。その間に洗い物を済ませゲームを始める。


「あー、ゲームしてるー。でも最近してなかったよね。って言っても2、3日だけど」

「色々あって疲れてたんだよ」


風呂から上がってきた雅騎の声に顔を上げる。暇さえあればゲームをしている律花を見て少し呆れ気味であった。


「まぁそんな日もあるっしょ。俺もしたいけど長引くと朝に響くからなぁ……。ちょっとだけ兄貴がやってるの見て寝るよ」

「……それ楽しいか?」

「まぁ割と?ガチ勢からしたらつまんないかもしれないけど上手い人の見てるのは楽しいよ」

「……ふーん……」


律花が操作しているゲーム画面を楽しそうに眺めていた。30分くらい経った頃あくびを噛み殺しながら雅騎は言う。


「……眠くなってきたから先寝るわ。兄貴も程々にして寝なよ。朝起きれないんだから」

「……んー」

「うわ、生返事。理不尽に怒られる俺の身にもなって欲しいんだけど。俺知らないからね」


雅騎は突き放すような言い方をした後、ため息を吐きながら寝室に向かって行った。一方、律花は気にすることもなくそのまま明け方までゲームをしてから眠りについた。

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