第2話 出会い
ついて行った先で銀は『CLOSE』の看板が出ているBARに平然と入っていった。
律花はその場に立ち尽くす。とりあえずその建物を見回してみる。店名看板が目に止まった。『Whimsical』
直訳すると気まぐれ。夜中にも関わらず営業していない所をみるとオーナーの性格が名前の由来なのだろうか。外観は黒を基調とした大人っぽい造りでBARだということもあり未成年の律花には余計に入りづらかった。
「ちょっと、何やってんのあんた?早く入ってくれる?」
入るのを躊躇していると銀が中から出てきて強引に引っ張ってきた。
「いらっしゃい。話は聞いてるよー。災難だったねぇ。俺はここのオーナーの成宮日向です。日向でも何でも好きに呼んでね」
入った途端人の良さそうなおじさんが笑顔で握手を求めてくる。思わず手を差し出してしまった。男だというのに髪が随分と長い。漆黒のような黒のロングヘアー。色素が薄い綺麗な灰色の眼。顎の髭はワイルドな印象を与えた。手元に大量の羊羹があったが気にしないことにした。
彼は日向でいいと言ったが年齢差がありすぎる。容姿だけの憶測でしかないが40歳は越えているだろう。せめて『さん』を付けることにした。
「俺は坂本春だ。春でいい。なぜ学生がこんな時間にふらついてるのか問いたい所だがその話は後だ。とりあえず君の名前を聞いてもいいか?」
彼は仏頂面で少し怖い印象を受けた。真っ黒な癖のある短髪に深海の青を写したような瞳…綺麗な顔立ちなのに仏頂面せいで話しにくい雰囲気があるが崩れてはいなかった。黒地のワイシャツに青と白の斜めストライプ柄のネクタイをきつく締めていた。その上に黒のベストとズボン。
彼もまた美青年と呼べる姿だろう。銀が美人だとしたら春はいわゆるイケメンと呼ぶ部類に入る。
それにしても怪しい集団としか思えない。振り切って無理矢理帰ればよかったと今更ながらに後悔する。銀と一緒にいた人達はここには居なさそうだ。
「もー、銀は冷たいし春もそんなブスーっとしてたら怖いよねぇ?でも安心して本当に怪しい人じゃないから。信用ないと思うけどみんな本当は優しいんだよ」
最後のは絶対嘘だと思う。名前だけなら情報と引き換えてもいいと考え直し軽く自己紹介をした。
「律花くんね。じゃあ早速だけど本題に入るね。説明はめんどくさいから春頼むよ」
「お前はまたそうやって丸投げする……」
日向さんが丸投げするのはいつものことなのか春は呆れていた。立ち話もなんだからとソファ席に座るように促す。律花は素直に従った。
春は神妙な面持ちで語り始めた。
さっきの化け物はコープスカープと言って家屋でも人でも、何でも喰らい尽くしてしまう生物で略称はコープスと呼ばれている。
そして律花の身に起こったことは自身の危機によるリミッターアウト。いわゆる軽い暴走。
魔力を使わず生活している為に発動させ扱うコントロールが出来ない。しかし危機的状況により無意識に発動したんじゃないかという見解だった。
「これで説明は以上だ。運悪く遭遇したから話すが他に漏らすなよ。首ハネもんだ。……まぁ話した理由はそれだけじゃないがな」
「……それはどういう……?」
春は改めて姿勢を正す。律花もそれにつられた。
「俺たちは、とある封印を守る仕事をしている。本来の仕事とは別にな。お前は破壊属性の魔力者と聞いた。珍しい属性は鍛えれば戦力になる。だから……俺達の仲間になってくれ。この通りだ」
春は律花に向かって深々と頭を下げる。
「……随分急な話ですね……。大体、裏の情報まで聞かされて……。そんなの、卑怯じゃないですか……」
「それは重々承知してる。ここに来るまでの間に嫌な気分にさせたことだろうと思う。本気でお前が戦力として欲しいんだ。もちろん報酬も払う」
春はいつまでも顔を上げない。目的のためにどうしても律花を仲間として迎え入れたかったから。
「銀から破壊属性の子がいたって聞いたから是非仲間にって思ったんだけど…どうかな?」
日向は微笑みを律花に向け少しでも安心させようとした。その微笑みに律花は少し、ほんの少しだけだがホッとする事が出来た。
「……あの、報酬って?……守るって具体的に何をするんですか?」
「端的に言って報奨金だな。最低でも2桁は貰える。活動内容は教えられない。まぁひとつはさっき見たんだろ?そういう事だ」
春はあやふやにしか答えなかった。答えられないと言った方が正しい。まだ部外者の律花に機密情報を教えてやることはできない。
……さっき見た、ということは……
「……戦闘に混じるってことですか?いきなり得体の知れない物と戦えなんて言われても、俺には無理です」
「そんなの当たり前じゃん。最初から期待してないから。心配しなくても俺が鍛えてあげるよ」
「……あんたが?」
「何その怪訝な顔。舐めてかかると痛い目見るよ?」
正直、こんなチャラチャラした奴に指導なんて務まるのかというのが感想だった。戦闘自体を舐めているわけではない。
「まぁ、気持ちは分からなくもないな。そうだな……気難しく考えずにトレーニングだと思えばいい。おまけに報酬も手に入る、更に世界も救える。どうだ?悪くない話だろう?」
報酬が手に入れば生活が楽になるかもしれない。正直それだけでも入隊するのに十分な理由だった。まるでRPGのゲームの様だと思った。子供の頃から夢に見てたゲームの世界観が現実になる。運動も嫌いではない。もちろん危険なこともあるのだろうけど役に立てるなら……。
「……やっぱり俺には出来ません……」
1度受け入れようかと思ったが役に立てる保証はなく過去の経験から良くない事が起こるような気がして失礼を承知していながらも律花には断るしか出来なかった。
「……あんだけ生意気な口聞いといて腰抜けなんじゃん、だっさ。てかちゃんと話聞いてた?口外するなって言われた筈なんだけど」
「あ"ーもう、余計な口挟むな馬鹿。ちょっと黙ってろ」
元々冷たかった銀は入隊を拒否するや突っかかってきた。それを春が面倒くさそうに諌める。
「口外禁止って春だって言ってるじゃん。逃がしてバラされる前に入るか殺すかどっちかしかないでしょ」
「冗談にしても物騒すぎるんだよ阿呆。まだ喋る気ならこの場から去ってくれ。話が拗れる」
突然仲間内で揉め始めたが温厚そうな日向が落ち着いているため日常的によくある事なんだろうと律花は察した。
日向に諭されたのか興が冷めたようにこの場を去っていった。
「……出来ないと思う理由を聞いてもいいかな?」
「俺が役に立つとは到底思えないです。たとえ訓練したとしても……。そもそも魔術に関わりたくないのが本音で……。話を聞いといて申し訳ないとは思うんですが……」
「こんなにはっきり理由まで言われたら無理には言えない。あくまで勧誘だからさっきの銀のことは気にしなくていいよ。ごめんね」
日向は穏やかに話してくれる。寂しそうなのが表情に出ていて胸がチクリと痛んだ。
「けど口外禁止は守って欲しい。言ってもいいが世界が混乱するのは目に見えて分かるだろ。ここは俺たちの拠点だ。もし気が変わることがあれば歓迎する。戦力不足でな随時募集中なんだよ」
「口外禁止は守ります。」
律花のその言葉に春は頼むと言わんばかりに頷いた。
「説明も済んだし帰ってもらって大丈夫だ。無駄に時間取らせて悪かったな。銀のことだから嫌な言い方されてここまで来たんだろ。流石に遅くなりすぎだから送ってく」
「……分かりました」
夜遅いのもあって春は済まなそうにしていた。銀のことは何となく察しがついているみたいだった。
「道案内は頼む。とりあえず大通りまで出れば分かるか?」
「はい…。わざわざすいません……」
「いや歩いて帰ってたら間違いなく補導されんだろうな。なぜこんな時間に出歩いてたんだ?」
「バイトが長引いて……」
「あぁ、そりゃご苦労なこった」
春の車は微かにタバコ臭かった。送ってもらう立場で文句は言えない。
「こんな遅くまで付き合わせて悪かったな」
「普段も普通に起きてるので大丈夫です」
無事に家まで送り届けてもらった。家の目の前じゃなくてもいいと言ったのに学生がどうのって聞いてくれなかった。別れ際また謝られてしまう。こちらはそんなに気にしてないというのに……。一般的な別れを告げて車を降りた。
家に帰ると既に雅騎は寝ていた。……まぁ当たり前だよな。時計を見ると12時を過ぎていた。
机の上には夕飯が置いてあった。要らないとは伝えてあったが作ってくれたようだ。色々あって腹が減っていた為有難い。夜食を食べ風呂を済ますとすぐに寝た。
考え込みすぎて時間が経ちすぎてしまいました。社会人になったとか結婚したとか夢小説も書いてるとか色々言い訳したいのですが……。スキマ時間で結構悶々と考え込むことはあったのです。でも筆が進まず……。またのんびり書いていこうと思うので気長に待ってもらえると嬉しいです。なるべく早めに書き上げようと思います……!