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 暗い暗い森の中、僕は一人何も持たずに立っていた。


「……ここは」


 僕はわけがわからずに、周りを見渡すと、突如、周りを火が囲った。

 火はあっという間に勢いを増し、僕は逃げ道を失う。


「う、うわっ」


 僕が一歩後ろへ引くと、何かが目の前に振って来た。


「ガ、ガルド」


 それは角を生やした魔物。僕の最も恐怖する魔物。

ガルドは不気味な笑みで近づいてくる。

僕は恐怖から、声を発することも、逃げ出すこともできず、その場に立ち尽くした。

ガルドが手を伸ばし、僕の頭に触れる瞬間、僕は目を覚ました。



「うわあああぁぁぁ!!」


僕は叫び声をあげて、ベッドから飛び起きた。

冷や汗が滴り、服を濡らしていく。


ふと、視線をあげると、扉の前に子供が布と水桶を持ったまま、固まっている。長い髪が顔を隠しているが、髪の隙間から見える目が、こちらに釘付けになっているのがわかった。


「……君は」


僕が声をかけると、子供は扉から出ていってしまった。


「あの子は、川辺にいた……」


そこまで呟いてはっと気づく。

ここはギルドの大広間ではない。

それに、僕は川辺で採集をしていて、そこでタミアスにあってそれから……。


そこまで思い出して、自分が為すすべもなく小型の、それも最底辺に位置する魔物に嬲られたことを思い出し、拳を固く握りしめる。

そこへノックの音が聞こえてきた。


「ようやく起きたようだね」


扉の方を向くと、見知った顔の女性が立っていた。


「ギルド長……」

「ここでは院長だね。とりあえず、これでも飲んで落ち着きな」


気さくに笑ったギルド長は、湯気の立ったカップを差し出してきた。

僕はそれを受け取り、お礼を言って、一口含む。


「……おいしい」

「それはよかったよ」


カップの中身は暖められたミルクだった。少しだけ砂糖が入っていて、程よい甘みが口の中に広がる。

僕はそれを飲み干すと、ギルド長へとカップを返した。


「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」

「それはよかった」


ギルド長はカップを机の上に置くと、僕のほうへ向いて姿勢を正した。つられて、僕も姿勢をなおす。


「うちの子を助けてくれてありがとうね。あんたがいなけりゃ間に合わなかった。本当にありがとう」


ギルド長は僕に深々と頭を下げる。

僕は慌ててそれを制止する。


「や、やめてください。僕はお礼を言われるようなことはできませんでした。僕のほうこそ助けていただいてお礼を言わなきゃいけないのに」


僕の言葉に、ギルド長は頭を上げて、僕の目をまっすぐに見つめてくる。

その瞳はあまりにもまっすぐで、僕は視線を逸らすこともできなかった。


「いや、あんたがあの場に居合わせなけりゃ、まず間違いなくあの子は死んでいたよ。それは紛れもない事実だ。あんたはあの子を助けた、それは間違いなく誇っていい」


ギルド長の言葉を聞き、思わず俯く。


「……あんたは自力で倒せなかったことを悔いているようだね。タミアスは集団で襲ってくるが、速さだけで脅威はほとんどない。訓練場での動きを見てる限り、あんたならてこずる相手じゃなかったはずだ」


最後の一言を聞いた瞬間、先ほどとは逆に勢いよく顔を上げた。

確かにギルド長はたまに訓練場に顔を出していたが、それはパーティーメンバーとの訓練だけで、僕が話をしたことは一度としてなかった。

戸惑いながらも僕は尋ねる。


「……なぜ、僕のことを?」

「あんた、グレイス家の子だろ?」


僕は雷に打たれたような衝撃が走る。

ギルド長なら知っていて当然だ。なら、僕が魔法学園を追放されたことも知っているのだろう。

上げた顔が、再び下がっていく。

そんな僕の肩をギルド長がつかんだ。


「別に私はあんたのことをを言いふらしたりなんてしないさ。ただ、ほっとけなかったんだ。

……あんた、あの日バーンが魔族と戦っていた場所に居合わせたんだろ?」


僕は軽くうなずいた。それを見るとギルド長は話しを続けた。


「正直ね、私はあんたが冒険者を続けていることが、……戦いの場に出られていることが不思議で仕方ないんだ。あんたはあの戦いが怖くなかったのかい?」


ギルド長の質問を聞いて、僕は自然と拳を握っていた。

あの日、あの時の感情を呼び起こし、僕は問に答える。


「……確かに、怖かった。今思い出しても震えるほどに……」


さらにきつく拳を締め付け、ついには血が零れ落ち始めていた。


「……あんた」

「でも!」


ギルド長が血に気づき、止めようとしたのを、俺は彼女の瞳を見返すことで、制止した。


「それ以上に、僕は成りたいと思ったんだ。あんな風に成りたいって思ったんだ!彼らのように!!

…………僕だって分不相応だって思ってます。僕は天才じゃない。彼らのようには成れない。彼らのようになれるのは、最初から才能が有って、なおかつ努力を続ける、……そう、フィレイアさんのような人だ」


口惜しさと、恥ずかしさで視線を下げようとしたとき、ギルド長が僕の顎をつかんでそれを阻止した。

熱い。ギルド長の瞳は燃えているように見える。その熱が僕の中へ伝わってくる。


「あんたは自分に才能がないって思っているんだね。確かに、あんたには魔力も身体能力もない。あんたは一見すれば普通の子供さ。けれど、それでは説明がつかない」

「……説明?なんの…………?」

「あんたが今生きていることさ。あの日ここにやってきた魔族はAランク三人、Bランクが十七人死んでいる。あいつは自分の腹を満たすためではなく、いたぶって殺すためにやってきた。そう、狩りを楽しむように。それなのにあんたは生き残った。あいつはあんたの中に何かを見出したんだ。それが何なのか、私は知りたい」


わからない。僕に何があるっていうんだ。学園すら卒業できない僕に、実家から追い出される僕に、たかがタミアスに負ける僕に、何が!わからない。


いくら考えても出てこない答えを探していると、ギルド長は僕の肩をそっと叩いた。


「余計なことを言ってすまなかったね。無理に聞き出そうってわけじゃないだ。あんた自身、わかっていないようだしね。さ、手をお出し。手当をしないとね。メル!塗り薬と包帯を取っておくれ」


ギルド長が声をかけると、トタトタトタと小さな足音があっちへいって、また戻ってきた。

ゆっくりと扉が開く。扉からひょっこり頭が飛び出す。それは、僕が目覚めたときに水桶を持ってきてくれた子だった。


「いんちょー、はい」

「ありがとう、メル」


ギルド長は僕の手を取り、塗り薬を手のひらに塗っていく。そんな中、メルはもじもじと手をすり合わせて、動こうとしない。そんな様子に、ギルド長が気が付いた。


「ん、どうしたんだい、メル。……あぁ、そういうことかい。ほら、こっちへおいで」


ギルド長は一人納得し、メルを僕の前へ出すように背中を押した。

それでも、メルは何も言わず俯いたまま、手をもじもじさせている。

そんなメルにギルド長は声をかけた。


「ほーら、メル」


メルはギルド長に声をかけられ、きゅっと服を握った。

そして、少しだけ顔を上げて、上目遣いに僕の目を見る。


「……助けてくれて、ありがとう、お兄ちゃん」


ほんの、小さな声。ちゃんと聞いていなければ、聞き逃してしまいそうなほど小さな声。

けれど、その声は思いのほか大きく、はっきりと僕の耳へと届いた。


「…………え?」


僕の顔からぽたぽたと水が零れ落ちる。僕は思わず、自分の顔を触れると、温かい水が目から流れ落ちていた。


「あ……、れ……?」


拭っても拭っても水はとめどなく流れていく。それは、川のように止まることを知らない。


「あ、あ、あ」


口から嗚咽も漏れ出し、僕は顔を覆って、小さな子供のように泣きじゃくった。


「……った、よかっ……た、よかった」

「……う、うわーーーーーーん、わあぁーーーーーー!」


僕の泣いた姿を見たメルも一緒に泣き始める。

そんな僕たちをあやすように、ギルド長が抱きしめてくれた。

僕たちが泣き止むまで、抱きしめ続けてくれていた。

お読みいただきありがとうございます。

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