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焦燥

 ガルドが襲来してから、一ヶ月が過ぎた。

 僕はすでにギルドの病室から出て、冒険者としての活動に戻っていた。毎日、採集クエストをこなし、クエストから戻ると、ギルド内にある訓練場で、戦闘訓練を行う日々を送っていた。

 少しずつ動けるようになっているのがわかるが、このままでは、一生かかっても、バーンやガルドのようには成れない。それがわかっていても、地道に訓練する以外の方法がわからない。僕は完全に行き詰まっていた。


「おい、カス。いや、今は負け犬だったか?」


 見下した笑みを浮かべながら、アラスが声をかけてきた。

 僕は目の前の暇人三人組を見て、思わずため息をつく。


「悪いけど、君らに構ってられるほど暇じゃないんだ。どっか行ってくれないか?」


 前に三人組にあったのは、僕が学園を退学させられた直後だった。そのときは、僕も嫌な現実を直視したくなくて、三人組から逃げ出してしまった。

 けれど、ガストに与えられた恐怖を体験した後では、なんとも滑稽に思えた。この三人組は僕を下に見て笑っているが、ガストやバーンと比べれば、僕もこいつらも大差ない。


 この三人は僕に言葉を返されると思っていなかったのだろう。

 ぽかんと口を開けて固まっている。そこから、最初に怒鳴り声をあげたのは、アラスの後ろにいたゴズだった。


「カスがなめた口きいてんじゃねーぞ!魔族とかいう雑魚に殺されかけた雑魚以下が!!」

「俺達だったらそんな雑魚、簡単に捻り潰してやるさ!」


 ゴズの言葉にボルドーが賛同の声をあげる。

 けれど、今の発言は不味かった。二人の声にギルドの中は静まりかえっている。

 こいつらは知らないのだ。ガストが以下に危険だったかを。何名もの冒険者が殺されたということを。

 いっそ哀れにさえ思えるほど、こいつらは馬鹿だ。


 不穏な空気の中、あまりの馬鹿さ加減に呆れて、僕はここでその話をしない方がいいと忠告しようとした。けれど、それは間に合わず、一人の女冒険者が声をかけてきた。


「あんたたち、ここで騒ぐのは止めた方がいいわよ」


 その声は静かだが、剣呑とした重さをはらんでいた。

 けれど、三人はそれに気づかず、なおも強気に声を粗げる。


「はっ、ここはならず者が集まる冒険者ギルドだろ?だったら、少しくらい声が大きくなったって誰も気にしないだろう?」


 あまりにも相手を舐めた態度に、僕ももうこいつらを止めようという気が失せた。何よりも、今声をかけてきた女性が誰なのかわかっていないことに驚いた。

 彼女の名はユーカ.ブラインこのギルドのギルド長であり、自らも冒険者として活動しているAランク冒険者だ。

 そんな人を相手に無謀なんてもんじゃない。


 ギルド長はアラスの肩を掴むと、瞬時に引き倒して首筋に剣を当てた。


「なっ……!」

「あんたが雑魚だと言った魔族には、私の仲間も殺されたの。私も危うく死にかけたわ。あたしごときにやられてるようじゃ、魔族にあった瞬間、死ぬわよ」


 ギルド長の言葉にアラスは反論できなかった。いや、その身から発する殺気で反論させなかったのだ。その殺気をまともに受けたゴズとボルドーも、アラスを助けに動くことができなかった。


「今日はもう帰りな。これ以上騒ぎたいなら、あたしが相手になってやるけど、どうする?」


 ギルド長が切っ先をアラスの眼前に近づけると、アラスはひっと声をあげて、ギルドの外へと走り出していった。1拍遅れてゴズとボルドーもその後を追いかける。

 それを見送ったギルド長は、剣をしまって、僕の方へと向き直る。


「あんたもあんな馬鹿どもに絡まれて災難だったね。けど、言いたいことはちゃんと言った方がいいわよ。ああいう馬鹿は、どこまでも付け上がるから」

「……いや、僕が余計なこと言っても、火に油を注ぐようなものですから」


 僕の愛想笑いを見て、ギルド長は僕の肩を掴み耳元で囁いく。


「自分に自信が持てないようじゃ、この先何をやってもうまくは行かないよ」


 ざわりと心臓が嫌な感情が流れ込んでくる。

 それを見抜いたかのように、ギルド長は笑顔で僕の目を見る。


「それじゃ、頑張りな見習い君」


 僕の心ざわつかさせたまま、彼女は業務へと戻っていく。

 その頃には、他の冒険者たちもそれぞれ自分たちの会話へと戻っていた。

 僕はギルド長の言葉をかみしめる。

 このままじゃダメだ。そんな焦りを抱えたまま、日常へと戻っていく。



 レセリア王国には多くの街で点在している。僕が住むフォルンの街もその一つだ。

 この国には多くの人が住み、それと同じくらいに多くの魔物が住み着いている。森、山、川。至る所に魔物はいる。だからこそ、人々は一つの街に身を寄せて、周りを外壁で囲った。

 このフォルンの街も同じように外壁がある。外壁の周りは東から南にかけて森が、西方には緩い丘と穏やかな流れの川、北には山が聳え立っている。ただ、この街の西は王都への道が通じているため、念入りに魔物を駆除している。

 今日は街の西側の川辺まで来ていた。この川辺の石にこっそりと生えている苔を取りに来た。この苔は調合すると魔力回復の薬になる。といっても、一番グレードの低い回復薬のため、あまり人気はない。今日はたまたま掲示板に載っていたが、報酬金額も少ないため、受ける人間もほとんどいない。

 僕もたまたま自分用の薬が減っていなければ、目に止まることも内容な依頼だ。

 

「ちょっと遅くなっちゃったな。急いで戻らないと」


 依頼用、自分用の量は集まったが、苔が固まって生えている場所はなく、広範囲に点在していたため、かなりの時間がかかった。すでに、日が傾き始め、遠くの空は紫がかっている。

 僕は急いで、西の門まで走っていく。その途中で、川辺に小さな人影を見かけた。


「こんなところに子供一人?迷子かな?」


 僕は方向を変えて子供のほうへと向かった。


「……っ、あれは!」


 子供へ近づく複数の小さな影を見つけて、僕は速度を上げる。

 ここは西側の比較的魔物が少ない場所ではあるが、少ないだけでいないわけではない。

 今子供へ近づいているのは、タミアスという魔物で、その小さいからだを生かし、普段は草むらに隠れて自分よりも強者をやり過ごす。自分より弱いものと感じたものを見かけると、群れて襲い掛かる。


 僕は短剣を引き抜き、足に魔力を込めて加速する。子供が魔物に気づき、慌てて転んだ瞬間、魔物がとびかかった。僕は手にしていた短剣を全力で投擲する。

 短剣は一体のタミアスの横腹に突き刺さり、バランスを崩してもう一体の魔物へ激突した。

 襲い掛かっているタミアスは四体。残るは三体だ。

 僕は腰につけていたショートソードを手に構える。


 すでにタミアスは子供ではなく僕の方へ態勢を変えていた。

 三体は別々の方角へとばらけて、僕を取り囲む。けれど、僕は足を止めずに、子供から一番近いタミアスへと突っ込む。とびかかってくるタミアスに剣を振る。

 しかし、タミアスは驚異的な反射で剣の横腹を蹴って、さらに上空へと飛び上がった。


「……ちっ!」


 思わず舌打ちしてしまう。

 僕は子供を背に三体のタミアスと対峙する。タミアスが逃げ出さないということは、僕を驚異とみていないということだ。

 こんな小さな魔物にまで侮られる自分の不甲斐なさに、苛立ちを募らせる。

 僕は全力で魔力を込めて、正面のタミアスへととびかかる。

 縦に、横に、斜めに、剣を幾度となく振るって行くが、すべて躱されてしまっている。

 最初の投擲が当たったのは、あくまで不意打ちだったからだ。こいつらは僕よりも早い。

 躱される度に、少しずつ攻撃を受けていく。一回一回の攻撃は小さいが、それでも積るダメージは僕の動きを徐々に鈍らせていく。


「はぁ、はぁ、……、くそっ」


 僕の動きが止まった瞬間、三体の魔物が一斉にとびかかってきた。

 その時、時間が止まった気がした。

 後ろで子供が泣き叫んでいる。一体は僕の右肩を、一体は僕の左足を、一体は僕の顔をめがけてとびかかってきている。


 わかる。わかっている。動かなければならない。なのに、体は遅い。


 僕はせめて、頭部だけを守ろうと剣を前へ出した。

 その刹那、三体のタミアスは断末魔を上げることもなく、肉塊となって地面へと落ちた。

 訳が分からず、僕はその場に膝をつき、動き続けた疲労が襲い掛かり、意識は遠のいていく。


 耳元には、まだ子供の泣き声が聞こえてくる。

 あぁ、泣かないで……。

 そして、深い暗闇へと飲み込まれた。

お読みいただきありがとうございます。

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