病室で……
「以上が今回の顛末になります。他に何かご質問はございますか? 」
「いえ、ありません」
「では、お大事になさってください」
「ありがとうございました」
ギルドの受付のお姉さんが、レイが寝ていた間に何があったのかを説明して、仕事に戻った。
レイが今いるのは、ギルドの病室。“角持ち”の化物、ガルドと大剣の男、バーンの戦いを見届けたあと、レイは気を失ったそうだ。駆けつけた他の冒険者の人達によって、この病室へ運ばれたそうだ。火の手が上がった森にいたのは、レイ一人だけだったと言っていた。
受付のお姉さんには、何があったか尋ねられたが、魔物に襲われて気を失ったので、覚えていないと答えた。レイが真実を話さなかったのは、バーンが誰にも見られず姿を消したのは、無意味だとは思えなかったからだ。実際、魔物に襲われて気を失ったのも本当事で、受付のお姉さんもそうですかと言って、それ以上は聞いてこなかった。
実際のレイの記憶にはガルドが姿を消したところも残っていた。その後、バーンに名前を聞かれ、答えようとしたところでレイの記憶は途切れている。
惜しいことをした。なぜかそう思う。ただ名前を聞かれただけで、それに答えられなかった。本当にそれだけのことなのだが、レイはとても残念に思う。バーンに名前を知ってもらえるだけで、何かが変わる。そんな予感があった。けれど、レイはみすみすそのチャンスを逃してしまった。
レイは一呼吸ついて、落ち込みかけた気持ちを抑え、ベッドに横になった。今度は、あの二人の戦いが頭に浮かぶ。二人の攻防の大半は見えていなかったが、見えたものだけでも思い返し、それを反芻していた。どの動きも、レイの想像遥かに越えていた。
速さ、力、技術、駆け引き、そして、それを支える魔力。両者とも魔法を無詠唱で使っていた。
森の中で、レイも詠唱はしていなかったが、あれは魔法を使っていた訳ではなく、魔力をエネルギーとして身体に送り体を動かす魔力運用の基礎を行っていただけだ。この方法で体を動かすと通常よりも速く、力強く動くことができる。しかし、それはちょっと速く動ける一般人程度にしかならない。
けれど、魔法を使うとこんなものではない。初級魔法に当たる“身体強化”の魔法でさえ、一般人では触れることすらできない速さ、敵わない力が手に入る。それが中級、ましてや、上級ともなれば、その違いを認識することさえ困難なものとなる。
触れることすらできない圧倒的な力。その力にどうすれば追い付けるのか。それだけを考えていた。
退学の引導を渡したエアリス.フィレイアを見たとき以上の憧れがレイを支配していた。
日が落ち始め、病室の窓にオレンジ色の光が射し込む。そして、病室に一つの人影が映る。それを見たレイの心は、思わず高鳴っていた。
「よう、ボウズ」
バーンはまるで近所の子供に声をかけるおっさんのように、レイに声をかけた。
「これから、お前はどうするんだ? 」
唐突な質問。その問いにレイは即答する事ができなかった。
このままこの街で冒険者を続けていれば、遅かれ早かれ死ぬ。よしんば生き長らえられたとしても、目の前の男には到底追い付くことなどできない。いっそ商人として生きようか?いや、もう自分は冒険者以外では、生きていけない。あの熱を、あの興奮を忘れて生きるなど、レイにはできるはずがなかった。
目を閉じ、心からあふれ出る気持ちを言葉にする。
「探します。いろんな経験をして、強くなって、あなたに追いつきたい。いや、追い越したい。それが、僕の道です」
自分の才能も実力もわかっている。それでも、いや、だからこそ、本物に憧れる。追いつき、追い越したい。
まともな大人が聞けば、皆、嘲笑うか、現実を見ろと諭すか。それが叶うと思うものはいないだろう。それはレイを慕う兄妹でさえ例外ではない。
そんなことはわかっている。わかった上で、レイはバーンを超えると言った。
けれど、そんな夢見がちなガキの戯言をバーンは笑いも馬鹿にもしなかった。
「今のままじゃ無理だな……。だが、絶対じゃない。一つ、お前が強くなれる方法を教えてやる。死ぬ直前まで戦い続けろ。それで生き残れるなら、必ず強くなれる」
「やってみせます」
バーンの提示した方法にレイは即答する。その答えにバーンは口角をつり上げた。
バーンが言うように、死ぬ直前まで戦い生き残れるのなら必ず強くなれるだろう。なぜなら、死ぬ直前というのは、自身の限界であり、それが戦闘の中で迫ってくるのであれば、その限界を越えない限り生き残ることはできない。必然的に以前の自分を越えることができる。しかし、常識的な判断ができる人間ならば、絶対そのようなことはしない。一歩間違えれば死なんて甘いものではなく、最善を尽くしても死がやってくる。最善を尽くしきって、さらに限界を越える。言葉では簡単だが、実行できるわけがない。レイはそんなイカれた提案に即答した。
レイはそれを理解していないわけではない。才能が皆無の中、必死にもがき続けてきたレイには、むしろ、誰よりもその危うさがわかる。
それでも、雲の上のそのまた上にいる化け物達に近づくにはそれしかないのだ。そして、それを決意したからこその即答であった。
「俺は、いや、俺たちは待ったりしないぞ。俺たちだってもっと上を目指している。だから……」
バーンは口角を釣り上げたままレイに背を向けて言い放つ。
「追いついて見せろ」
その言葉を残して、バーンは病室から去った。
病室に残されたレイは、笑みを浮かべながら心の中で返事を返した。
必ず追いついて見せますと。
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