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至高の戦い

レイの戦闘中、ある男がその一部始終を見ていた。男はレイを助ける気など無かった。調子にのった新人が魔物に殺られることなど、日常茶飯事。仮にここで男が助けたとしても、いずれ命を落とす。ここで死ねば、そこまでの人間だと言う事だ。男にレイを助ける理由などまるでない。


だが、男は思わず感心していた。戦い方は稚拙。動きも緩慢で、大した魔力も持っていない。けれど、生を絶対に諦めない意思の力で魔物を尻込みさせる事など、ただの新人にできることではない。少しだけ疼く自分の性分を抑え込みながら、じっとその結末を見ていた。


そして、ソレの声が聞こえてきた。ソレは男がここにいる理由。男はソレを追ってここまで来ていた。

ソレは意識を失ったレイの元へ近づいていく。先ほどのレイの気迫がソレを呼び寄せたのだろうと、男は推察する。

男はすぐさまレイの前へと移動した。

そして、ソレと相対した。


「よう、“角持ち”。今日はおめえさんにお別れを告げに来たぜ」


男の声に“角持ち”と呼ばれたソレは、口角を吊り上げ、笑みをこぼす。


「今日は良き日だ。こんなにも面白いものに立て続けに出会えるとは。そなたの力は素晴らしい。さぁ、シ合おうぞ」

「……へッ。どうやらおめえさんもこっち側みたいだな。おもしれえ」


男は背中に手を回すと、大剣を引き抜いた。その大剣には、いくつもの凹みが見え、到底切れ味があるとは思えない。だが、男にとっては、折れさえしなければ、何でも良かったのだ。

全力での叩きあい。それは男にとって、至福の瞬間だ。


待ちきれず、構えもせずに踏み込んでいく。

ガァンと大きな音を立てて、“角持ち”の持っている棍棒と男の大剣がぶつかり合う。


レイの存在を忘れ、二人は全力の戦いを始めた。



レイが目を開けると、回りは炎に包まれていた。足に力を入れると、鋭い痛みがレイを襲う。立ち上がる事はできないが、せめて楽な姿勢になろうと、火が移っていない木の根もとへ這っていく。


「……ッ、ぷはぁ、きついな……」


やっとの事で木に寄りかかり、もう一度辺りを見回す。

へし折れた木やえぐれた地面を見て、レイは死んで地獄に来たのかと錯覚しそうになった。けれど、痛む足が現実であると、生きていると告げている。

レイは思わず笑みをこぼす。

なぜ、自分は生きているのか?いったいここで何があったのか?

疑問は次々に浮かんでくるが、そんなことすらどうでもいい。

今、生きていられる事が素直に嬉しかった。


気を抜くと意識が飛びそうになる。こんなところで寝たら、せっかく助かった命が魔物の餌になるだろう。けれど、どうせ動けないのだから構わないかと、目を閉じた時だった。

遠くから、何かと何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。不規則に繰り返されるその音は、だんだんレイの所へ近づいてくる。

そして、ついにそれは目の前に現れた。


鈍い金属音が鳴り響いた直後、衝撃波が回りの炎を消し去る。

レイは両腕で顔を庇いながら、各々の武器を交える二人を見て驚いた。

戦っているのは東の森にいた化物だ。さらに驚いたのは、戦いの中にいるはずの両者の顔に笑みが見えた事だ。

こんな化物達の戦いに巻き込まれれば、命はないだろう。人生最大の危機に瀕しているはずのレイは、呆然と二人を眺めることしかできなかった。


すると、大剣を持った男……ではなく、棍棒を持った化物がこちらを見た。


「目が覚めたようだな。先ほどの戦い、矮小な存在としては実に愉快であった」

「おっ、おめえ起きたのか。本当にさっきのはそこそこ良かったぜ、雑魚にしては。そのうち大物になれるかもな、生きてたら」


見られていたのか?いや、あんな戦いのどこが面白かったのか?そもそも、ひたすら逃げ回っていただけで、戦いと呼べるものだったのか?というか、褒めるか貶すかどっちかにしてほしいと、レイは現実逃避気味に思考しながら、目の前の戦いをじっと観察していた。

二人はレイに声をかけながらも、凄まじい速さで戦闘を行っていた。レイの目には、戦いの半分も認識できていない。

そのせいかはわからないが、不思議と東の森で遭遇したときの恐怖は感じなかった。

ただ、自分の遥か高みでの戦いに見いった。すでに余計な思考は浮かばない。目の前の戦いのみに集中し、ただただ高揚していた。


しかし、その戦いは以外な形でお預けとなる。


「こっちだーー!! 」


いくつもの灯りが森を照らし、二人を、ついでにレイを、取り囲んでいく。

二人は互いに距離をとって、辺り見る。

そして、先に動いたのは男の方だった。


「……ちっ! せっかく面白いところだったのによ。白けちまった。おい、“角持ち”。こうも邪魔がいるとやりにくい。また、今度だ」


レイは驚いた。これだけ人数差で有利になったにもかかわらず、再戦を申し込む男にではなく、それが当たり前だと思ってしまった自分自身に。

レイが学園にいたころなら、いや、グレイブ家を出た直後であれば、こんな風に思うことはなかったはずだ。レイがこう思ってしまったのは、先ほどまでの二人の戦いが、レイにとって憧れを抱くレベルのものであったからに違いないだろう。


男に“角持ち”と呼ばれた化物も、あっさり棍棒を背にしまった。当然、回りの人間など無視することもできるはずなのに。


レイが知るはずもないが、“角持ち”にとって、人間は食糧か退屈を紛れさせるための玩具としか思っていない。“角持ち”にとって、大剣の男との戦いをこのような形で終わらせてしまうのは、勿体無い事であった。


「またいずれ合間見ることになるだろう。忘れぬうちに、そなたの名前を聞いておこうか」

「はっ!“角持ち”に名前を聞かれるなんて光栄だね。俺はバーン.モルドだ」

「バーン.モルドか……。ふむ、しかと覚えておこう。我が名も教えておこうか。ガルドという。次に(まみ)えるまで忘れるで無いぞ」

「忘れるわけがないだろう。お前は俺が殺すんだからな、ガルド」


バーンの大胆不敵な宣言に、ガルドは声をあげて笑う。


「本当にそなたは面白い。ではな、バーンよ。我はその他大勢の相手などしたくはない。またいずれ遊ぼうぞ」


その言葉を残して、ガルドは瞬時に姿を消した。

そのやり取りを見ながら、呆然としていたレイに、バーンが声をかける。


「ボウズ、おめえの名前は? 」


突然名前を尋ねられ、慌てて答えようとしたとき、同時に今まで緊張感で辛うじて繋いでいた意識が遠退いていく。


「僕の……名前は……レ……ィ…………」


最後まで言い切ることができないまま、レイの意識は途切れてしまった。

こうして、レイは冒険者として初めてにしては壮絶な一日を終えたのである。

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