特訓④
この街の北門は霊雪山と呼ばれる梺近くにあり、山の斜面は中腹まで森で覆われている。森には多くの魔獣がいるが、この街の外壁に魔獣がやってくることは滅多にない。それというのも、街の北区には鍛冶屋が密接されており、鍛冶を行う際に噴出される煙を外壁から放出することで、煙を嫌がって魔獣が近づかないためだ。
フィレイアさんと別れ、食堂を出た後、僕は武器ができるまで、北門から街の外へ出て、門の近くで素振りと型の復習、そして、自分で作り上げたアラスと戦う想像で訓練を行っていた。
想像の中ですらアラスから一本も取ることが出来ず、何とも苦い思いが積もっていく。
空に赤みが差し始めた頃、僕は訓練を止めて鍛冶屋へと向かう。
「すみません。昼に武器を注文したレイです。武器の方はできていますか?」
「おう、レイか。ちょうどよかったな、今さっきできたところだ」
そう言ってガンスさんは、カンターの裏から鞘に入った長短二振りの剣を取り出した。
「ほらよ」
「おっと」
剣を目の前に突き出され、それらを慌てて受け取る。
鞘から引き抜くと、真新しい剣の刃の輝きに思わず笑みがこぼれる。
「言うまでもないが、ちゃんと磨けよ。次持ってきたときに雑に扱ってたら拳骨くれてやるからな。
ま、お前さんならそんな心配もいらなそうだがな」
「はい、ありがとうございます!」
にかっと笑うガンスさんにお礼を言って、僕は店を出た。
早くこの二振りを使ってみたくて、わき目もふらず急いでギルドの訓練場へと向かう。
訓練場に入ると、古い方の剣を外してそっと壁際に置いた。そして、新しい方を装着すると、二本同時に引き抜き構える。
「はっ!」
気合と共に声を出し、左右上下へと剣を滑らせる。剣は空気を裂き、風鳴り音を立てた。
何度も何度も剣を振り、基本の振りを、型を、順番に行っていく。
――楽しい。
新しい剣を振るのは楽しい。ここ最近どうしたらアラスに勝てるのか、本当に勝つことが出来るのか、そのことばかりが頭にあった。けれど、この時ばかりは頭を空っぽにして、一心不乱に剣を振るうことが出来た。
型が終わり、剣を鞘に戻して天を仰ぎ見ると、背後から拍手とともに誰かが近づいて来た。
「一つ一つの動きがとても丁寧で、レイさんらしい堅実な型ですね。お待たせしましてすみません」
「鋭さはまだまだですけど、そう言っていただけて嬉しいです」
拍手をしてくれたのはフィレイアさんだった。
ちらっと外を盗み見れば、すでに日が沈み、空が暗くなっていた。
手には訓練用に作られた木製の槍を持っている。フィレイアさんは主に剣を使っていたが、訓練用の槍はよく使い込まれており、至るところに傷ができていた。昨日今日でできるような傷ではないので、これが借り物でないとするならば、相当の鍛錬を積んでいるのだろう。
僕は僕自身が誰よりも努力をしてきたと自負できるが、フィレイアさんは僕に匹敵するほどの努力を重ねてきたのだろう。才能がある人間が才能の無い人間と全く同じ量の努力をした場合、どちらに軍配が上がるかは一目瞭然だ。つまり、彼女を超えるためには、今以上に努力をしないといけない。
「あら、エリーちゃんじゃない」
改めて心の中で気合を入れなおしていると、フィレイアさんの後ろから、訓練場に着いたばかりのマルティナさんが声をかけた。
「え?マルティナ叔母様、どうしてこちらへ?」
「レイくんの特訓のお手伝いだけど……、あなた達知り合いだったの?……それにしても、むふ、お邪魔だったかしら?」
フィレイアさんの問いに対して、ざっくりと答えながら、マルティナさんはからかい混じりに嫌らしい笑顔を浮かべる。
「…………そんなことはありません。そんなことよりも、叔母様がお手伝いをしているということは、レイさんにもあれを?」
「ちょっとだけあった間が気になるところだけどいいわ。ええ、そうよ。貴女にも手伝ってもらったあの実験……いえ、あの訓練だわ」
魔力増加のための訓練を、思いっきり実験と口走った。
フィレイアさんも苦い顔をしている。
「でも、残念なことに結果は芳しくないの。研究という観点から見ると、大変興味深いのだけれど、レイ君の事情を考えるとね」
「そうですか」
おそらく、フィレイアさんは僕の魔力量を上げる訓練の結果が思わしくないことを予想していたのだろう。僕自身、以前との変化を感じることができないほどの変化でしかないのだ。フィレイアさんのように人並外れた魔力量を持つ人からしたら、全く変化がないようなものだろう。つまり、あの訓練ですらあがっていないことは明白ということだ。
フィレイアさんは僕を見据えながら、何かを考えている。その思考は、どうすればアラスとレイの勝負で最弱を勝たせることができるのかだろうか。魔力はこれ以上上がる見込みはない。スピードも常人以下。天才エアリス.フィレイアにもできることとできないことはあるのではないか。
「……そうですね、まずは、魔力無しで模擬戦をしてみましょうか」
フィレイアさんが槍を構え、そこから数回素振りをする。槍の動きは流麗で、これが主武器であると言われても疑うことはないだろう。
「ザファイラスさんが武器は槍。ですので、この訓練では、私は槍を使用します。通常の槍の間合いを体に叩き込んでください。あと、これは特殊な加工をしてあるので、レイさんの武器では傷一つつけられないと思います。それに、木製とはいえ、当たると痛いですよ。剣のようにしっくりとはきませんが、訓練相手としては申し分ないと思います。全力で来てください」
申し分ないなんてとんでもない。気迫だけで気圧されそうになる。
僕は一度目を閉じて、一呼吸ついてから長剣と短剣を構える。
よくよく思い返すと、彼女とこうして向かいあうのは、僕が学園を追い出された日以来。
僕はあれから少しは強くなれたのだろうか?少しでもフィレイアさんに追いつけているのだろうか?
それを確かめるためにも、アラスに勝つために自身の限界を超えるためにも、僕は何度でも挑む。
「行きます!」
そう伝えてから、フィレイアさんの元へと駆け出した。フィレイアさんはじっと僕の動きを観察している。
槍は剣よりも間合いが広い。つまり、相手の攻撃は届くが、こちらの攻撃は届かない。それは安全圏から攻撃し続けられることに他ならない。
なら、僕がやるべきことは如何に早く槍の間合いを突破して、剣の間合いへ辿りつくかだ。
僕は槍の間合いとなりうるであろう範囲のぎりぎり外で、足に力を込めて地面を蹴る。そして、ぎりぎりまで真っ直ぐに踏み込むように見せかけてから、右側へと飛び込んだ。まだ、フィレイアさんに動きはない。
飛び込んだ着地点はすでに剣の間合いだ。横なぎに右手の長剣を振るい、フィレイアさんの腹部を狙う。だが、長剣が当たる直前に槍の柄が剣と腹部の間に潜り込み、簡単に受け止められてしまった。
けれど、それは想定の範囲内だ。槍の柄がそこにあるということは、フィレイアさんの次にとれる行動は足を使うか、状態を動かすかの二択だろう。ならばと、僕はさらに一歩踏みこみ、左手の短剣で槍を持った手を切りつけに行く。片手が使えなくなれば、圧倒的にこちらが有利になる。
「そう簡単には行きませんよ」
フィレイアさんは足を一歩下げながら槍を回転させることで、押さえつけていた僕の剣を流し短剣を躱していく。一言で言い表すとたったそれだけだが、その“たったそれだけ”の中にどれだけの技量があるだろうか。下げた足は一歩分だけだが、その一歩だけで僕の長剣の間合いぎりぎりを抜けていった。槍を回転させるのが早すぎれば僕の長剣がフィレイアさんの腹を捕らえ、遅すぎれば僕の長剣に押し込まれてしまい自身の体勢を崩しかねない。それに剣が体の前を通り抜ける直前、ほんの少しだけ腹部を後ろにそらしていたように思う。それも体勢を変えずにだ。それらを同時に、かつ、完璧にやってのけた。
一瞬で魅せつけられた技量に感動している場合じゃない。すでに、フィレイアさんは槍の回転を利用して、槍を僕の懐へ潜り込ませ突き入れようとしていた。
僕の体は前につんのめっているような状態で、すぐに後ろへは跳べそうになく、剣も短剣も振ってしまっていて、今から戻しても防御には間に合わない。だから、あえて剣が流された方へ飛び込み、地面に転がった。
前転からの勢いを利用してすぐさま立ち上がろうとしたが、すでに上から槍が迫っていたため、咄嗟に膝立ちの体勢で長剣と短剣を交差させて受け止めた。
「受け止められましたか。では、これはどうですか?」
体を動かすことで気分が高まっているのか、フィレイアさんの声は楽しそうに弾んで聞こえる。
上から押し込まれていた槍が突如として引かれ、それと同時に槍の反対側が下から迫ってきた。僕の両腕は押し返していた力がそのまま上に抜けてしまい万歳をするような恰好だ。それに膝立ちの為、今度は跳んで避けるようなことはできない。先ほどのフィレイアさんの動きをまねるように体を捻ってみるが、完全にはよけきれず、腹に棒が入った。僕は後ろに吹っ飛ばされ、仰向けに倒れ込む。
「……うぐっ」
「最後まで回避しようとあがいたところはよかったですが、その前に膝立ちの体勢で両方の剣で防御をして動きを封じ込まれた時点で詰みですね。あそこは槍の横から長剣を打ち付けるか、横に槍を反らさせるかが良かったと思います。できれば、短剣で反らして、長剣で反撃をすれば、体勢を持ち直す為の時間が稼げます。それに……」
槍の先端が僕の首筋へと当てられている状態で、フィレイアさんの言葉を聞き逃すまいとその声に集中していると、マルティナさんが、拍手をしながら近づいてきた。
「ふふふ、やっぱりエリーちゃんは強いわね」
「ありがとうございます、叔母様。レイさんもこの数ヶ月で見違えるように動きが良くなっていますね。ギルド長に鍛えられただけはありますね」
フィレイアさんからの称賛に、顔が熱くなる。ずっと憧れていた人に褒められるのは本当に嬉しい。僕が退学が決まったあの日、フィレイアさんとの試合で何一つ手が出せなかった。それが少しは成長できているのだと思うと殊更に。
けれど、今の彼女はあの時と違って魔法を使っていない。魔力を用いることによって、女の子でありながら、そこらの男性なんて目じゃないほどの腕力、速さを発揮する。そこに先ほどの戦闘技術が加わるんだ。
だから、まだ喜んでいる場合じゃない。僕はアラスを倒すために、フィレイアさん、ガルドを、そして、バーンさんを越えるために強くなるんだ。
頭を振って気恥ずかしさを追い払い、立ち上がろうとすると、フィレイアさんが槍を引っ込めて差し出してきた。
お礼を言いつつその手を掴み、立ち上がると再び僕たちは互いに距離をとって武器を構えあった。
「次は魔力を使って模擬戦をしてみましょう。ただ、私はザファイラスさんと同じ程度にしか魔力を使いません。彼とは何度か手合わせをしていますので、おおよその魔力量を考えた上での形になりますけれどそこまで誤差はないと思います」
今度は決闘の時と同じく、魔力がありでの模擬戦となる。魔力がありということは、身体強化により、先ほどとは比べ物にならないくらいの速さであの槍が振るわれることになる。
正直、勝てる未来が全く浮かばないが、それでもアラスに勝つためにはそれを超えていかなければいけない。
僕は全身に魔力を満たし、身体を強化する。
彼女の一挙手一投足を捉えるため、全神経を集中させて彼女を見る。
「…………いい気迫ですね。では、今度はこちらから行きますね」
彼女が言い終えた瞬間、ふっと視界から彼女の姿が消えた。僕は考えるよりも先に、長剣を後ろに振る。
カンッ!!
甲高い音が鳴り、僕の長剣が大きく弾かれる。辛うじて長剣を掴んだ状態ではあるが、次の動作には間に合わない。僕の目の前で弾かれた槍を引き戻しすぐさま突きこんで来るフィレイアさんの姿が写っている。
……早く早く早く!!
彼女が突きこんで来ている軌道がわかる。そこへ必死に短剣を持って行くが、自分の感覚よりも体が遅すぎる。見えるのに、分かるのに、体が遅い。その事実に絶望しながらも、少しでも槍を避けるため、体を捻る。もう少しで交わせそうな所へ、後数瞬間に合わず、僕の体は無様にも吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、地面に着地するまでに、視界の中で彼女が迫ってきているのがわかる。ずきずきと腹部に痛みを感じるが、今はそれさえも邪魔だ。
どうすれば、あの速さについていける?どうすれば、彼女の攻撃を躱せる?
無慈悲なまでの才能の差。本当にそうなのか?彼女はどうやってあんなに速く動いている?身体能力?魔力?その答えが魔力量であるならば、お手上げだ。僕には、彼女ほどの魔力はない。彼女と同じ量の魔力を使って身体強化をしたら、数分もしないうちに魔力が枯渇する。無いものねだりに意味はない。
考えろ。どうすれば、今よりも早く動けるのか?どうすれば、あの速さに辿り着けるのか?
時間は本当に数舜。けれど、ぎりぎりの中、僕は一つの答えに辿り着けた気がした。
……魔力が枯渇して、何の問題があるんだ?
そう、魔力が枯渇したところで、ただただ死にかけるだけ。たったそれだけだ。意識を失うのも、数分後の話。なら、僕がやるべきことは一つじゃないか。
空中で体勢を整え、地面に足をつける瞬間、自身の体に注ぎ込める全ての魔力を投入した。
お読みいただきありがとうございます。




