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食堂で……

 この街はレセリア王立魔法騎士学園を中心に、北側を商業区、南に冒険者ギルドと宿屋、西に一般の人の民家と孤児院があり、東は特別区と呼ばれ貴族の屋敷が並ぶ。

 学園には東西南北四つの門があり、いずれの区域にも行けるようになっている。


 ひったくりの件が終わった後、僕はフィレイアさんに連れられて、商業区の大衆食堂のテーブル席で向かい合ってた。


「こんにちは、マルベリーさん」

「いらっしゃい、アリーちゃん。おや、今日は男連れね?アリーちゃんも隅に置けないわね」


 注文を取りに来たお姉さんにフィレアさんが挨拶すると、お姉さんは親しげにフィレイアさんに話しかける。


「もう、そんなんじゃないですよ、マルベリーさん。そんな相手、まだいません」

「うーん、そうなの?アリーちゃんほどの別嬪さんなら、男の一人や二人いてもおかしくないと思うけど。それにしても……アリーちゃんのお相手にしてはぱっとしない子ね」

「……あはは」


 マルベリーさんが僕を上から下までじっと検分すると、そんな評価を下した。

 確かに、フィレイアさんほどの美少女とは月と鼈くらいの違いがあるだろう。自分でも釣り合うだなんて思ってはいない。

 あまりにもばっさりと言われて、苦笑するしかなかった。


「……マルベリーさん、注文いいですか?」


 フィレイアさんは笑顔でそう言っているが、目が笑っていない。その声音からも、うっすらと寒気を感じ、自然と僕とマルベリーさんの背筋がピンとなった。


「そ、そうね、注文は何かしら?」

「では、いつものやつを二つずつください」

「うさぎ肉とお芋のスープに、ホワイトウルフのハムサラダ、まんまるパンね。少し時間もらうわね」


 マルベリーさんは注文を聞くと、そそくさと厨房へ逃げていく。

 その後ろ姿を見て、フィレイアさんがため息を吐いた。


「マルベリーさんは悪い人じゃないですけど、色恋沙汰関係になると悪い癖が出るのがいけないですね。ごめんなさい、グレイブさん」

「あ、いえ、気にしてないですよ。それに、僕とフィレイアさんじゃ釣り合わないのはわかってますし」


 軽く笑って流そうとしたら、フィレイアさんの雰囲気がさっきの目の笑っていない笑顔のように冷たくなった。


「……グレイブさん、そうやって自分を卑下するものじゃないですよ。あなたは他の人にはできないことができる勇敢な人です」


 そんなことはないですよと言い返そうとしたけれど、フィレイアさんの瞳があまりにも真剣で、僕はその言葉が口に出せなかった。ただ、その真剣な瞳を見続けることができず、僕は顔をそらして、誤魔化し交じりに、話題を反らす。


「レイでいいですよ。僕はあの家を追い出されたので、もう家名は名乗れません」


 それを口にした瞬間、今度はフィレイアさんが悲壮な顔で俯いてしまった。

 その顔を見て初めて、僕は自分の失言に気づいた。


「それは、私があなたを……」

「違います!決してあなたのせいじゃありません」


 思わず大きな声になってしまって、他の客から奇異の目で見られてしまった。

 そのおかげか、少し頭が冷えたので、できるだけ普通に声を出すように抑える。


「僕がグレイブ家からから追い出されたのは、僕の努力が足りなかったから、才能がなかったからです。僕は追い出されるべくして追い出された。学園を退学になったのも、僕の力不足が原因です。フィレイアさんはたまたま僕の最後の試験に立ち会っただけで、何も悪いことをしていない。だから、決してあなたのせいではありません。あの時、あなたがわざと負けたからといって、遅かれ早かれ僕は退学させられていた。それはあなたもわかっているはずです。何度でも言います、あなたのせいじゃないです」


 僕の言葉を聞いて、フィレイアさんは悲しげに俯いた。

 気まずい沈黙の中、マルベリーさんが料理を持ってきた。


「はい、うさぎ肉とお芋のスープよ。温かいものを飲めば元気も出るからね」


 マルベリーさんはエアリスの様子を気にかけつつも、それ以上余計なことは言わずに厨房へと戻った。

 僕はその気遣いに感謝しながら、スプーンを手にする。


「冷めないうちに食べよ。始めて食べるけど、とってもおいしそうだ」


 そう声をかけると、フィレイアさんはゆっくりとスプーンを持った。


「いただきます」


 スプーンに小さく切り分けられたうさぎ肉とお芋、スープを掬って口に入れると、お芋のほんのりした甘さが広がった。うさぎ肉の柔らかな触感と噛むたびに染み出る肉の旨味がとてもおいしい。


「……おいしい」


 思わずこぼれ出たその言葉を聞いて、フィレイアさんは少し笑顔になった。


「このスープ、私のお気に入りなんです。嫌なことがあったときは必ずここにきてこれを食べるんです。そうすると元気が出るから。今朝、学園であまり好ましくない方と軽く言い合うことがありました。午前中はギルドから学園への要請で、依頼に駆り出されていたので、その帰りにここへ寄ろうとしたところで、レイさんが誰かを追いかけているのをお見掛けして、勝手ながら助太刀させていただきました」


 フィレイアさんはぽつりぽつりと、独白するかのようにそう話した。


「今日、レイさんとお会いできたのは偶然でしたが、そのうち私から会いに来ようと思っていました。あの時の、……試験でのことをお詫びしたくて。でも、レイさんは私のせいだなんて全く思ってなかった。レイさんはすごい人です。たまたま恵まれていただけの私よりも、レイさんはずっとずっと努力してました。ずっとずっと諦めないで頑張っています。あなたはすごい人です」


 フィレイアさんの言葉を聞いて、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。僕は僕自身のために努力をしてきた。実力がないのも、才能がないのも自分が持っていなかっただけで、誰のせいでもない。だから、僕が努力をすることは当たり前のことだった。

 それでも、それを誰かに見てもらって、頑張っていると認めてもらえることが、こんなにもうれしいことだとは知らなかった。ここで泣いてしまったら、止まらないような気がして、必死にこらえる。


「……ありがとうございます」


 それしか言えない僕に、フィレイアさんは、笑顔を向けてきた。


「レイさん、レイさんが困った時は相談してください。私でよければ、レイさんのお力にならせて下さい」


 その笑顔に僕は自分の鼓動が速くなるの感じた。

 あまりにも笑顔が眩しくて、顔を背けながら、思いつきで話をしてみる。


「あ、あの、でしたら、次の休日に僕、学園の生徒と決闘をすることになってしまって、でも、勝てる見込みが今のところ皆無で、何かアドバイスがあったらなーなんて」


 アラスとの決闘が決まって以来、ずっとそのことばかり考えていたため、咄嗟に出てきたのがそれだった。

 でも、それを聞いたフィレイアさんは、直視することも憚られるような笑顔から、一転して、真剣な表情となる。


「レイさん、そのお相手は、アラス.ザファイラスではありませんか?」

「……なんで、知って……、いや、あいつのことだから、広めまわっているんですね」


 確信を込めた問に、フィレイアさんは軽くうなずいて返してきた。

 そして、さらに問を投げかけてくる。


「なぜ、決闘をすることになったのですか?」

「……具体的なことは、今は言えませんが、あいつ、アラスは、やってはいけないことをした。僕はあいつにそれが間違っていると正したい。謝罪させたい。それが、僕が決闘を受けた理由です。

具体的に言えないのは、それを言ってしまえば、決闘で勝てないから、相手を貶めようとしていると思われるかもしれないからです。僕は、正々堂々とあいつに勝ちたい」

「レイさんが相手を貶めるような真似をしないのはわかっていますが、レイさんが言いたくないのであれば、無理にお聞きしません。ですが、これだけは教えてください。レイさん、貴方はアラスに勝ってどうしたいのですか?ただ、お前が間違っているというだけなのですか?上辺だけの謝罪なら、意味がないと思います。それに、たとえその場で私が悪かったと言っても、また繰り返すかもしれません。それでも、レイさんは決闘をするというのですか?」


 フィレイアさんに指摘されて、初めて気づいた。確かに、上辺だけの謝罪なんて意味がない。僕が勝ったところで、アラスが約束を守るとも限らない。

 なら、僕は決闘に勝ってどうしたいんだ?

 その問を自分自身に聞く。


「……僕は、ただ怒りをぶつけたいのかもしれません。理不尽なことをしたアラスに対して、その怒りをぶつけたい。それも理由の一つだと思います。それでも、間違ったことをした相手に対して、あなたは間違っていると言えなくなったら、僕は、レイ.グレイブという人間は死んでしまうんだ。上辺だけ強者に従って、苦しんでいる人を、悲しんでいる人を見捨てるような人間に僕はなりたくない。だから、アラスが間違ったら、何度でも止める。何度でも間違っていると声を挙げる。……もしかしたら、僕の方が間違っていることもあるかもしれませんけど。偉そうなことを言って、すみません。でも、僕はこのままじゃ嫌なんです」


 最後の方で小さくなってしまった僕の声を拾って、フィレイアさんは首を横に振った。


「いえ、やっぱりレイさんはレイさんですね。あの頃と変わっていなくて安心しました」

「……あの頃、ですか?」

「……あ、うーん」


フィレイアさんはいかにも困ったというような顔で思案し、結論が出たのか、手を叩いて答えてくれる。


「そうですね、こうしましょう。レイさんがザファイラスに勝ったらお教えします」


最後につけられたとびっきりの笑顔に、また鼓動が速くなる。


「それで、レイさんの相談というのは、ザファイラスさんに勝つ糸口が見つからないということでよろしいでしょうか?」

「……はい、その通りです。今週の頭から昨日まで朝昼晩にギルド長に鍛えてもらっていたのですが、ギルド長が緊急依頼で決闘までに戻って来られないとの事で……。自分なりに訓練しようかとは思いますが、どうしてもアラスに勝つ想像ができなくて」

「ブラインさんに訓練をつけてもらっていたんですか?あの人気に入った人にしか訓練つけないし、とても厳しいと有名だったかと思うのですが。……しかも、三日間朝昼晩って、よく生きていられましたね」


フィレイアさんもギルド長のことを知っていたようだ。フィレイアさんの忌憚のない意見に、僕は苦笑するしかなかった。


「しかし、ギルド長は確かあの依頼を受けて……、うーん、では、ギルド長の代わりに私がお相手しましょう」

「えっ、フィレイアさんが訓練に付き合ってくれるんですか?僕は願ってもないですけど、フィレイアさんは学園が……」

「はい、ですので、早朝と放課後の時間だけになります。でも、私も冒険者ですので、適当に言い訳をして、ギルドの近くの宿でとまります。それなりに時間は作れると思いますよ」

「で、でも……」

「はい、もう決定ですので、異論反論は受け付けません。私がみっちりしごいてあげますので、覚悟してください。私が教えるからには、ザファイラスさん程度に負けることは許しません」


フィレイアさんは最後に笑顔でそうしめた。

どうしてだろうか、その笑顔はとても可愛らしいのだけれど、同時に背筋がぞわぞわする。


「……わかりました。こちらから持ちかけた事でもありますし。どうかよろしくお願いします」

「はい、お願いされました。では、そろそろ講義が始まってしまうので、学園へ戻りますね」

「はい、また放課後に」

「ええ、またお相手しましょう」


そう言って、フィレイアさんは立ち上がり、カウンターで二人分のお会計を済まして、さっとお店を出ていってしまった。

お店を出る瞬間、待ったをかけようと中途半端に腕を伸ばしたままの僕に、べーっと舌を出しておどけながら笑っていた。

いつの間にか、近くにいたマルベリーさんが僕の肩を叩いてこう言った。


「あんたダメダメだねー」


それだけ言って、仕事に戻るマルベリーさん。

僕はテーブルの上にあるいつの間にか空になっていた食器を見ながら、申し訳なさと、自身の甲斐性のなさに凹むばかりであった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。誤字・脱字がありましたら、教えて頂けると助かります。

また、よろしくお願い致します。


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