特訓①
「さて、みると言っても、四六時中あんたに付き合ってやれるわけじゃない。あたしもマルティナも仕事があるんでね」
ギルド長が腕を組みながら、そう告げた。
今、僕たちはギルドの訓練場へ来ていた。
今は夕刻過ぎで、すでに多くの冒険者がギルドで依頼報告・素材の換金を済ませている。そのあとで、訓練場へ足を運ぶ人たちも多数見受けられる。
それを横目に見ながら、僕はギルド長の言葉にうなずき返す。
僕は一週間くらい依頼を受けなくてもいいくらいの貯蓄があるが、ギルド長はなんせギルド長だ。責任やら義務やらが絡んでくる仕事もあるだろう。マルティナさんも、王国でも数少ない医術士だ。それこそ油を売っている時間等、ないのではないか?
そんなことを考えていると、マルティナさんがこちらに来た。
「そういえば、ちゃんと挨拶してなかったわね。私はマルティナ.ミレイユ。見ての通り医術士をしているわ。趣味は幼女の観察以上よ。何か質問は?」
「いえ、ありま…………、はい?今、なんて?」
さらっと言われたために聞き流しそうになったが、頭はいまだに理解が追いついていない。
ギルド長の方を見ると、そっぽを向いて、我関せずを貫いている。
僕が何を言ったらいいのか考えていると、マルティナさんが口を開いた。
「ふふふ、私の趣味のことね。気にしなくてもいいわよ。私は幼女が好きなだけ。あぁ!幼女!!そう、あのぷにっとした肌に、純粋無垢な心!可愛いを凝縮したような美貌と、仄かに香る独特の匂いが私を魅了するだけなの!!だから、幼女のことなら、何でも私に聞いてね」
「…………」
ギルドの訓練場が静まり返った。
そんな中で、マルティナさんの心の叫びは、みんなに届いたようだ。……心に届いたわけではないことは、はっきりと言っておこう。
というか、この人を孤児院に近づけて大丈夫なのだろうか?
僕の心配などお構いなしで、何事もなかったかのように、マルティナさんは手を差し出してきた。
「これからよろしくね」
「…………はい、よろしくお願いします」
手を差し出されて、握手をしないわけにいかないだろうが、僕は初めて人と関わりあいになりたくないなと思った。
「ん、おほん。それじゃ、訓練方法だけどね。前提として、あんたはすべてにおいて能力値が低い、それはいいね」
急な切替で驚いたけれど、僕は素直にうなずく。自分の能力が低いことは知っている。それは今更誰に言われたところで動揺したりしない。
「ふふ、いい覚悟さね。わかっているとは思うが、たった一週間の努力であのクソガキと能力値で並ぶなんざ不可能さ。だから、鍛えるものは2つに絞る。
その前に、試合場での戦い方についておさらいしておくよ。あんた、学園から出てそこそこ立っているだろう」
「お願いします」
「よろしい。あんたも知っているとは思うが、学園の試合場では特殊な魔法が使われていて、物理的なダメージは与えられない。その代わり、精神的な疲労に変換されて蓄積していく。人間は精神疲労が限界を超えると、意識を遮断するようにできているのさ。だから、死にもしないし、傍目にも勝敗が明らかだ。これを作ったやつはうまく考えたもんさね」
このシステムは昔実在した英雄達が、十数年かけて構築したもので、誰もその理論を理解できていないらしい。これを作った英雄たちは戦争などで悪用されることを恐れ、理論を後世へ残さなかったとのことだ。理解できていないもの使うのは、正直怖いのだが、無下にするには、便利過ぎた。それに、あれを破棄することは英雄を蔑ろにするのと同義と見なされ、他国にも示しがつかない。他にも政治的にいろいろと理由があるらしいけれど、僕にはすべてはわからなかった。
そんなややっこしいものではあるが、簡単にまとめると、ケガが精神疲労へ変換、疲労が限界に到達したら負け。そんな感じだ。
「この仕組みでは、精神力、つまりはあんた自身の器も試されるわけだ。よって、それを鍛えるためにも、鍛えるものの一つは魔力そのものとする。さて、魔力についてあんたはどこまで知っている?」
「……自分の身の内にある魔力は使うことで魔法が使用できます。けれど、その量を超えた魔法を使おうとしても魔法を発動することはできません。そして、魔力が枯渇すると意識を失い、最悪死に至ると言われています。
また、魔力の器、つまり、魔力の最大量は生まれたときに決まっています。一応、魔力を使い、食事と睡眠で回復したときに、ほんの少しだけ最大量が増えると言われていますが、微々たるもの過ぎて、あまり変化があるようには思えませんでした……」
言葉は尻すぼみになり、俯いてしまった。
僕の魔力量は一般的な量と比べると本当に少ない。ここから、魔力量を増やしたとしても、あまり変化があるようには思えない。
そう口にすることはなかったが、ギルド長にはちゃんと伝わったらしい。
「ふふ、一般的には知られてないからね。知らないのは無理もない。なんせそこのへんた……、マルティナが見つけたことだからね。それに、知っていたところでそれをやろうとするものもいないと思うけどね。結論を言えば、あんたでも魔力量を増やすことは可能だ。当然、それなりのリスクもあるがね」
その言葉に、思わずギルド長とマルティナさんの顔を見る。マルティナさんは先ほどと変わらない笑顔で、ギルド長は凶悪そうな笑みを浮かべている。
「私は医術士だけれど、同時に研究者でもあるの。魔力量を増やす研究は昔からされているのだけれど、ようやくそれらしい成果が出そうなの。まだ、サンプルが足りないのだけれど。レイ君、きみ、ちょっと実験台になってほしいのよ」
本当に素敵な笑顔だ。内容が違ったら、ちょっと見惚れてしまったかもしれないと思う。
そんな僕の困惑はお構いなしに、マルティナさんは言葉を続けた。
「きみ、確か歳は13だよね。その歳で君ほど魔力が少ない子なんてなかなか珍しいのよ。そこからどこまで上げられるかデータが取れるなんて、とっても最高よ!」
本音が駄々洩れなんてもんじゃない。むしろ、本音しかない。
こんな風に裏表が全くない大人と初めて出会った。
僕の困惑を察してくれたギルド長がフォローを入れてくれた。
「マルティナは幼女と研究にしか興味がないが、基本的には優秀なので、そこは信用してもらいたい。それにこれはあんたにとっても悪い話ではないと思う。ただ、もしやるのであれば、この話は他言無用だよ。それはわかるね?」
僕は即座にうなずいた。研究者が研究を盗まれるなんて話はよくあることだ。それも、魔力量を上げる研究なんて、喉から手が出るほど欲しがる人がわんさかいるだろう。
「やらせてください」
僕の答えにギルド長もマルティナも、当たり前のような顔だ。
むしろ、短期間で魔力を上げる方法があるなら、何が何でもやらせてもらいたい。
「よろしくお願いします」
「よしっ、そうさね、やることは簡単だよ。魔力が枯渇するまで使えばいいのさ」
僕はぎょっとした。魔力が枯渇した場合、魔法が使えなくなるだけでなく、死に至る可能性がある。それはもはや一般常識に違いない。
僕の驚きにたたみかけるように、マルティナさんが詳細を語る。
「魔力が枯渇したとき、人は生命活動すら危ぶまれるは、そこでその危険を回避するために、自身の魔力量を上げようとするの。ただそれは体に大きな負担がかかるから、意識を落とすことで回復にすべてを回し、それでも間に合わない人が死に至るってわけ」
嬉々として語られた内容は、とても簡単そうで、とても危険なものだというのがよくわかる。
今更しり込みするつもりはないが、怖いと思う気持ちは隠し切れないでいた。
それを見透かしたように、ギルド長は笑いかけてきた。
「そんな心配することはないよ。ここには医術士がいて、ギルド長がいるんだ。めったなことじゃ死にはしないよ。魔力枯渇で死ぬっていうのは、たいてい一人の時に意識を失って、処置が間に合わなくなるからなんだよ。たまにそういう馬鹿がいるんだ。だから問題はない。
……それと、この方法を魔力についてもう一つ知っておいてほしい」
ギルド長の雰囲気がぴりぴりとしたものになった。
僕は気を引き締めなおして、続きを聞く。
「魔力枯渇で、魔法が使えない。これは半分正解で、半分不正解さ。厳密に言えば、魔法は使える。ただし、消費するのは魔力じゃない。自身の生命力、魂と言い換えてもいい。つまりは、寿命を削ることで魔法は使える。それが何を意味するか、分かるね?」
質問を投げかけながらも、はい以外の選択肢は与えられていない。
究極的に言えば、人は生きるために戦っている。それを自ら無くすような行為は、人としての終わりを意味するのだろう。
何も言えない僕に、ギルド長は言葉を綴る。
「普通はね、精神力が持たないから、意識が途切れるんだよ。でも、ごくたまにだけれど、意識を保ち続けられるやつがいる。そういうやつは逆に危ないんだ。
あたしが心配しているのは、あんたなら耐えきってしまうような気がするからさ。特に、これから何度も魔力枯渇を体験することになる。つまり、慣れる可能性が出てくる。そんな状態であのクソガキ……、負けられない相手が目の前にいれば、無意識でも使ってしまうことがあるのさ。
でも、約束してほしい。それだけはしないと。いいね?」
一瞬だけ、子供たちに向けるような顔をしたギルド長に、幼き日に見た母の顔が重なった気がした。
ただの義務で孤児院の経営なんてできるはずがない。義務だけならば、子供たちにあんなに慕われることはないだろう。
僕はこの人との約束を破りたくないと思った。
「約束します」
「よろしい。ま、約束を破ったら、その時は全力で殴り飛ばすけどね」
「は、はい」
ギルド長のすごみのある顔に気圧されて、どもってしまった。
「で、もう一つ鍛えるのは速さだ。あんたはどう見ても力があるようには見えない。多少は技術があるようだけど、あのクソガキの方が上手だね。なら、速さで躱して翻弄するしかない」
「……はい」
「問題はどうやって速さをカバーするかだけど、あんた身体強化はできるかい?」
「……短時間に初級程度でなら」
通常、身体強化の魔法は、魔力を使って身体能力を補強するものである。補強することによって、速さ、力、耐久のすべてが上昇する。これも、初級魔法、中級魔法、上級魔法で分類があるが、その主な違いは使用する魔力量による。
ちなみに、僕が普段やっているのは身体強化にすら満たない。そもそも、身体強化は全身に対して行うものだ。けれど、僕ができるのは一部にのみ、それも、ほんのわずかな瞬間だけだ。単純な話、魔力量が足りず、初級程度にすら、持続できるのは30秒程度だ。
「そうかい、なら、決まりだね。やることはあたしの模擬戦だ。ただし、模擬戦の間は常に身体強化をすること。そうすれば、簡単に魔力が枯渇するし、最大速度にもなれることができるだろうよ」
「……ッ!ま、待ってください!僕の魔力量では、1分も訓練ができません!」
ギルド長の訓練方法に、慌てて異議を唱える。
けれど、ギルド長は不敵に笑って、マルティナさんを指さした。
「そこでマルティナの出番さね」
指をさされたマルティナさんは、仕方なさそうに息を吐きだした。
「……まぁ、仕方ないわね。いいわ。高くつくわよ」
「ふん、孤児院で夕食一回」
「乗ったわ!!」
僕を介さず、話はどんどん決まっていく。
頭はすでに思考が追いついておらず、食事一回ってどんだけ安いんだろう、この人と、しょうもないことしか思いつかなかった。
「私がいるんだから、その件は解決よ。方法は秘密だけどね」
「……お任せします」
ウィンクしながら、親指を立てるマルティナさんを見て、もうどうにでもなれという気分だった。
投稿済みの話で、アラスが「学年ナンバー2」と書かれていましたが、正しくは「学園ナンバー2」でした。勝手ながら、修正させていただきました。ご了承くださいm(_ _)m
お読みいただきありがとうございました。