ちんけな日常/こわい
「はっ、最近の学園はつまんねぇぜ。あのカスがいなくなっちまったからなぁ」
ゴス、ボルドーを引き連れたアラスは、街を我が物顔で歩きながら、愚痴をこぼす。
アラスにとってのカスとは、レイ.グレイブのことである。二人もそのことは当然知っている。
「あいつは本当にカスですからね。死んでも治りようがないですよ」
「事実、噂の魔族とやらにぼこぼこにされても、あのカス具合は治ってませんでしたから」
口々にレイを罵り、嘲笑う二人とは反対に、アラスの顔は険しい。
もちろんだが、レイを罵ることが嫌なわけではない。
アラス自身、なぜこんなにも苛立ちを覚えるのかわかっていないのだ。
アラスがレイと初めて会ったときは、特に何も思うことはなかった。
低い魔力に、低い身体能力。努力は認めるが、それしかない。それがアラスから見たレイだった。
それが、今のようになったのは、課外実習での探索で、不覚にもレイに助けられてからだ。
魔獣に不意を突かれ、恐怖のあまり班のみんなが動けなくなったとき、アラスの方へ魔獣が突っ込んできた。後になってアラスもわかったことだが、このオイガラスという魔獣は、集団で一番魔力を持っているものを優先して狙う性質がある。アラスは学園でナンバー2になれるほどの優秀な魔力量を持つがゆえに狙われたのだ。
そんな中、たった一人、即座に行動したのがレイだった。
レイは左手の短剣で嘴を、右手の剣で足の爪をはじき、オイガラスが止まった瞬間を、見事に切り伏せた。
空を飛ぶ魔獣ではあるが、あまり速さがある魔獣ではない。
それでも、アラスはその時、レイのことをすごいと思ってしまったのだ。
けれど、それは一瞬だった。直後に襲ってきたのは、動けなかった恥ずかしさと、レイへの敵対心だ。
――てめぇに助けられる筋合いはねぇ!!――
それから、アラスはことあるごとにレイに絡むようになった。
学園でのレイはやはりカスで、ゴミだ。あの時、俺が動けず、あのカスが動けたのは偶然に過ぎない。それがアラスの認識であり、数か月後にはそれが証明された。
――追い出されてやがる、あのカス――
そう言って、大笑いしたのは記憶に新しい。
けれど、それからというもの、あまり面白いと思えるものを見つけられないでいた。
たまに、ギルドでレイを見つけるとからかうときが、一番面白いと思えた。
「……ちッ、くそが」
その呟きはゴスとボルドーへは届かなかった。
三人はそのまま人があまりいない貧民街の方へと向かった。
◆
「ねぇ、メル。レイさんってかっこいいよね」
お外にならぶお店で野菜を買った帰りに、クルルが急にそんなことを言いだした。
わたしはレイさんのお顔を思いだして、自分のお顔が熱くなるのを感じた。
「ふふふ、メルってば、かわいい」
クルルにからかわれて、お顔をふくらましてみるけれど、自分でも赤くなってるのがわかるくらいにお顔が熱い。
「し、しらない!」
あわててそっぽを向くけど、クルルが笑っているのがわかる。
わたしは、たえきれなくなって、私たちのおうちまで走り出した。
「あ、待って、メル。走ったら危ないよ」
クルルに止められたけれど、構わず走った。
少しだけ後ろを見ると、クルルが追いかけてきているのが見えた。
わたしはもっとがんばって走る。
「もう、メルってばー。そんなに慌てるとあぶなっ、きゃっ」
クルルの悲鳴にどさっという音が重なり、わたしは立ち止まってクルルの方を見る。
そこには、ころんだクルルとそれを見下ろす三人の男の人たちがいた。クルルがぶつかってしまったのだろう。
「おい、ガキ。どこ見て走ってんだ。てめぇのせいで服が汚れちまっただろ」
「ご、ごめんなさい」
クルルはすぐにごめんなさいしたけれど、男の人たちはゆるしてくれなかった。
真ん中のえらそうなお兄さんがクルルの髪をひっぱって、かべにほうりなげた。
「きゃっ」
クルルはわたしよりもおねえさんだけど、わたしより少し大きいくらいで、お兄さんたちとくらべたらかわらないくらいだ。だから、かんたんになげられてしまう。
壁にぶつかったクルルは痛いのか、怖いのか、うずくまってふるえていた。
ごめんなさい、ごめんなさいってずっと言っている。それでも、お兄さんたちはクルルを蹴った。
「お前孤児だろ?碌に教育も受けられないだろうから、今度からはぶつからないように、俺たちが教育してやるよ」
そう言って、何度も何度もクルルを蹴った。
……こわい。
目の前で、クルルがいじめられてるのに、私は足が動かなかった。
……助けて、レイさん。
そう思ったとき、レイさんの泣いている姿が頭に浮かんだ。
……レイさんだってこわいんだ。それでも、わたしを助けてくれたんだ。
自分でも不思議だった。そう思っただけで、わたしの足は自然と動き出した。
「クルルをいじめないで!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
こんなにこわいのに。わたしだっていじめられるかもしれないのに。
それでも、わたしはお兄さんたちを見上げて言った。
「いたいのはダメなの!」
わたしの声を聞いてお兄さんたちは笑いながら、わたしの方へ来た。
「なんだこのチビ?こいつの連れか」
「なら、同罪だな」
そう言って、足をふりあげた。
……けられる。
そう思ったら、目をぎゅっとつぶっていた。
でも、いつまでたってもいたいのはやってこなかった。
「もう大丈夫だよ、メル」
その声を聞いて、わたしはゆっくりと目をあけると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。
「……レイお兄ちゃん」
わたしの声はふるえていて、いたくもないのにぽろぽろと涙が出てきた。
そんなわたしにもう一度レイさんは声をかけてくれた。
「うん、もう大丈夫だから」
その言葉にわたしは泣きながらう゛ん゛って、うなずくしかできなかった。
お読みいただきありがとうございました。