最弱から
日が登り始める頃、レイはギルドの訓練場で猛然と素振りをしていた。昨日の孤児院でメル達と食事をしたことでとても心があったまったのはよかった。けれど、今朝起きて冷静になると、子供と一緒に大泣きして、知り合ったばかりの女性に慰められるという醜態により羞恥心が悲鳴を上げていた。恥ずかしさで一杯になった頭を冷やすために、すぐ訓練を開始した。
身体を動かし始めれば、余計な思考は追い出される。
何百何千、いや、それ以上に繰り返してきた基本の動きは、精神統一にも役立っている。
一通り基本をなぞり、ある程度汗をかいてきたところで、ギルドの敷地内に設置されている井戸の水で全身を清めた。
恥ずかしさは全て消えた分けではないが、今、レイの頭の中にあるのは、昨日のタミアスとの戦闘だ。
(……確かに、僕の動きはタミアスより遅い。けれど、冷静に思い返せば、タミアスの動きは直線的だ。なら、その軌道に合わせて剣を振るえば……、いや、正面からの剣撃に対して、驚異的な反射でかわしてみせていた。
なら、見えない位置から軌道に合わせれば……。
そう、僕が投げた一本目の短剣を避けられなかった。タミアスは見てからかわしていると考えていいだろう。なら、他にも方法が……)
レイは少しの間、じっと思索し、考えがまとまったあと、すぐに行動に移した。
西の門を出て、川辺へと向かう。目的は一つ。タミアスへのリベンジだ。本来は、リベンジするような相手ではない。ちょっと戦えるものなら、タミアスとは出会うことさえない。
レイは決めたのだ。一つ一つ積み上げると。
いや、最初から一足飛びで強くなる方法などないのだから、それしかないのだ。だったら、焦るだけ無駄だ。
昨日の羞恥の一件から、羞恥で悶えることはあっても、ここ一ヶ月の間のような焦りに追われることはなかった。
それは、今まで他者から蔑まれてきたレイが、曲がりなりにもメルを救ったことで、自分が誰かの役に立つことができたという思いのおかげだ。
他人から見れば、本当に些細な事かもしれないが、レイにとっては大きな変化であった。
川辺につくとレイは辺りを見回す。一応、昨日、メルが襲われていた場所に来たが、タミアスの姿は見られなかった。そのため、仕方なく採集を始めた。
採集を始めてから1時間くらいが経過したとき、背後に近づいてくる複数の気配を感じた。魔力の小ささからして、レイの待ち望んだタミアスだろう。余談だが、もし仮に冒険者であるならば、近づく前に必ず合図を送る。魔物や盗賊が襲ってくるこの世界で、合図をしないで近づくということは、反撃されても仕方がないとされている。
レイは気づいたことを悟られないように、懐の短剣を手に取ると、採集を続けるフリをながら、自身の動きやすい足場へと移動する。
そして、タミアスがとびかかってきた瞬間、振り向きざまに地面の泥混じりの砂利を掬いあげた。
タミアスは基本直線的に跳躍する。足場となるものがあれば別だが、砂利や泥を足場とすることはかなわない。必然的に顔から泥へ突っ込んだタミアスは、その視界を奪われる。
それを予測していたレイはすでに短剣をふるっている。一線。一匹のタミアスは胴体から真っ二つにされて、地面へと落ちていく。レイはそれには目をくれず、他のタミアスへと意識を向ける。
一匹がとびかかる間に、他の二匹が回りこむ。それは、昨日遭遇したときと同じ行動であった。左右から同時に飛んでくるタミアスに対し、レイは前方へ踏み込みそれを躱す。そして、振り向きざま、手のひらに魔力を込める。
「火球!」
タミアスが着地する直前に、火属性の初級魔法、“火球”を放つ。空中にいるタミアスには躱すすべがなく、火に包まれてしまった。初級魔法“火球”は魔力をただ火へと変換して放つだけの魔法ではあるが、タミアスのように、体積も魔力も少ない魔物ではレジストすることもできない。全身を火に包まれたタミアスは慌てて川へと飛び込もうとするが、そこへレイが短剣を投擲、川へ入ることはかなわず、熱さにもがきながら絶命した。
残った一匹は、仲間がやられたのを見て、すぐに逃げ出してしまった。あのすばしっこさ、小ささで、草の中を移動されれば、見つけるのは容易ではない。
「……ふぅ」
戦闘が終わり、レイは息を吐きだした。一匹は逃してしまったが、昨日のリベンジは成せただろう。
「よしっ!」
拳を握り、小さくガッツポーズをするレイ。相手はこの近辺で最も弱いと言っても過言ではないタミアス。戦闘にかかった時間も一分にも満たないであろう相手。そんな相手に強くならなきゃならいという焦りから、翻弄され敗北したのが昨日。今度は正面から勝つことができた。
ここからだとレイは改めて決意する。最弱から強くなって見せると。
武器とタミアスの素材を回収したレイは、少し早いが街へと戻り、ギルドへと向かった。
道中では、先ほどの戦闘を振り返り、反省点を洗い出す。
と言っても、戦闘事態はほんの数十秒でしかなく、あまり多くは出てこないのだが。
今回、レイが使った作戦は泥による目つぶしと火の魔法を使った牽制――たまたま直撃によって相手が火に包まれた――の二つだ。
魔物に対しては泥を使った目つぶしが有効とも限らないとは思う。魔物によっては、そもそも目を持たず、魔力を感知して周囲を把握する魔物もいるのだから。ただ、人間相手であれば、使えるかもしれない。
火の魔法に関しては、今後も使っていくべきだとは思う。他にも基本属性の魔法もしかりだ。しかし、それには一つ問題点もある。レイ自身の魔力容量が少ないことと、使えるのが初級のもののみということだ。魔力容量を増やす方法は二つ、魔法を使うことと魔物を倒すこと。それも自身のもともとの限度によって、伸びしろは変わってくるので、期待せずに気長にやっていくしかない。なので、使いどころを慎重に選びながらも、どんどん使っていかなきゃならない。……どうしたもんか。
答えの出ない感じに思考が逸れ始めたところでギルドにたどり着いた。
ギルドにはいつもの受付嬢さん達二人が受付で、ギルド長の姿は見られなかった。いつもいるわけじゃないかと、気を取り直して、受付で採集した薬草とタミアスの尻尾を換金した。
受付嬢によると、ギルド長は臨時の依頼を受けているらしい。
それを聞いたからというわけではないが、子供たちのことが気になって、レイは孤児院へと向かった。
お読みいただきありがとうございました。