一つの結末……
石造りの闘技場で横たわる僕を、エアリス.フィレイアは見下ろしていた。白銀の剣を鞘に納めて、ただ立ち尽くす。その顔には、哀れみだけが浮かんでいる。
可哀想なものを見る目。その目は、幾度となく僕を射ぬいてきた。けれど、僕にとって彼女のそれは、今までで最も耐え難いものだ。
彼女は僕の憧れ。いや、みんなの憧れだ。彼女の容姿、性格だけでなく、剣技、魔法は、全ての人を魅了するほど美しく、強い。
そんな彼女に破れたことは、仕方のないことであると思う。僕はこの学園で最も弱い人間なのだから。体も人並み以下、剣技は磨いたが、速さがなければ無意味。魔法なんて、彼女が上級魔法を使えるのに対し、僕は中級どころか初級魔法しか使えない。だから、僕が彼女に負けることは当たり前の事だ。
では、なぜ彼女は僕を哀れむのか?
この試合は僕達の成績を決めるために行われたもので、圧倒的なまでの勝者である彼女は、最高の成績がつけられる。一方で、敗者である僕は、この学園から去らなければならない。元々、成績が最下位であった僕は、見せしめとしてこの理不尽な試合をさせられたのだ。
本来であれば、この試験は成績の近しいもの同士で行われるものだ。そうでなければ、双方の実力を把握することなどできない。弱者は瞬殺され、強者は実力を出すことは叶わない。そんな試合でどうやってその力を評価するというのか。
彼女の実力は自他共に認めるほどに、他の人と離れていた。彼女には及ばないまでも、才能ある若者が潰されないように配慮された結果がこの組み合わせ。そう、この試合が決まった時点で、僕も彼女も、僕の退学が決定したことはわかっていた。彼女の哀れみは、その事に対するものである。僕が悪い訳ではないと思いたいが、結果として、彼女に余計なものを背負わせてしまったことになるだろう。誰だって、引導を渡す役目などやりたいはずがない。
審判が僕と彼女の間に割って入り、高らかに先制する。
「勝者、エアリス.フィレイア! エアリス.フィレイアの成績はA+、レイ.グレイブの成績はG。
よって、この場でレイをレセリア魔法騎士学園から退学処分とする! 」
審判による試合終了の声と共に、僕の学園での生活が終わりを告げた。
◆
「レイ、今をもってお前をグレイブ家から追放する。当然、この家からも出ていってもらう」
「お父様、それは……! 」
妹のリリシアの悲痛な叫びも、母さんのかざした手に制止されてしまう。
あの試験で退学が決まった瞬間、こうなることはわかっていた。これはもう仕方がないことだ。
「わかりました。すぐに出ていきます」
「そんな……!お兄様!! 」
「当面の生活ができるよう、少ないが持っていけ」
リリシアが僕の方へ近づくことさえ許さず、父さんは無感情に金の入った小袋を差し出してきた。
僕は精一杯の痩せ我慢と強がりで辞退する。
「寛大なるお心遣いに痛み入ります、グレイブ伯爵。ですが、この身には不相応なものですので、お受け取りすることはできません。それに、私には学生生活の間に少しずつ貯めたものがありますので、ご心配には及びません。それでは失礼致します。……リリシア様、お元気で。またお会いできることを心から願っております」
泣き出すリリシアの顔から目を背け、僕は自分の生まれ育った家を後にした。
門へいくと、甲冑を着た人物、ダイ.グレイブと騎士の正装を装った人物、ロイ.グレイブが、僕に近づいてくる。すでにこの家の人間でない僕は、二人に失礼がないように礼をする。
「頭を上げろ、レイ!なぜ、兄弟で他人行儀な挨拶なんかするんだ! 」
「そうだよ、レイ。僕らは家族なんだ。そんな事をしないでくれ」
兄さん達の言葉が、本当に嬉しく、悲しい。二人の事だ、すでに僕が学園を退学になったことを知っているだろう。そして、それを知った父さんが僕を勘当するであろう事も。それでも僕を兄弟だと言ってくれる事は、本当に嬉しい。二人は父さんに抗議する気だろう。そのために忙しいところを駆けつけてくたのだ。
けれど、例え二人が何を言っても、父さんがその決定を変えないだろう事もわかっている。父さんはそういう人だ。よくも悪くも合理的で、使えないものを家におき続けるなどあり得ない。だが、悲しいのはそんな事ですらはなく、父さんにすら見放されてしまう自分の才能の無さが、どんなに努力しても届かない力の無さが悔しく、悲しい。
僕は必死に涙を堪えながら、二人にお別れを告げる。
「ダイ兄さん、ロイ兄さん。俺は父さんを恨んだりしてないよ。むしろ、ここまで育ててもらったのに、何も返してあげられなくて申し訳ないと思ってる。僕は……僕が悔しいのは自分の不甲斐なさだけだ。僕にとって父さんは、いや、父さんだけじゃない。兄さん達も、僕にとって憧れの存在で、最高の目標なんだ。例えこの家人間じゃなくなっても、必ず追い付いて見せるから。だか、……だから……、今は何も言わず、見送ってほしい」
兄さん達は、涙を流して僕の事を抱き締めてくれた。ダイ兄さんの甲冑が痛かったけど、二人抱擁は言葉じゃ言い表せないくらい温かかった。
しばらくして、二人は僕を離してくれた。その顔には、涙の後と覚悟が見えた。僕の覚悟を受け止めてくれる覚悟が。それだけで僕は十分だ。
だから、お別れの言葉は言わない。
「行ってきます」
「あぁ、必ず帰ってこいよ」
「待ってるからね」
こうして僕は、グレイブ家の門を出た。門がしまる音は、家族との別れをよりいっそう僕に刻み込む。必ず、ここに戻ってきたい。その想いを胸に僕は歩き出す。