プロローグ Ⅱ
更地となった東京の中心部に僕はいた。
草のない草原か、それとも凹凸のない月の表面か。今の東京を描写するにこれ以上適切な表現はない。
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唐突だが、僕は少し前までは高校生だった。
今もそのつもりでいるが、今となってはそれが難しいようだ。僕の学校は先ほど消えてなくなってしまったが、中々に教育が行き届いた学校だったように思う。ここだけの話だが、僕は学校の中では優等生を演じていた。当たり前のことを当たり前のようにこなし、頼まれたことは十分以上に仕上げる。それが僕という存在だった。
そこで僕は考える。数度学年トップを取れる程度の成績に、運動種目によっては常人以上、ベテラン以下の運動神経を発揮する人。これだけを聞けばなんとも羨ましい限りだ、と思う人がほとんどだと思う。だが実際それが出来てしまう当人達は口を揃えてこう言うだろう。
生きていてつまらない。
と。
僕はどうやらそれの同類らしい。
僕は幸福の追求者である。
そして、その幸福とやらは結果ではなく、苦しみながらも、目標に向かって進み、もがきながらも楽しむ過程だと僕は確信している。
だが僕にはその過程が一切合切落ちているようにとしか思えない。
その原因の一端は僕のスキルにある。
この世界にはスキルが当たり前のように存在している。何も珍しいことではない。これは人類の進化の副産物なのだからとすでに小学校で習っている。現在、世界の中でスキルを持たない者はいくらいるのだろうか。少なくとも僕は見たことがない。
僕自身には「再構築」という、日本政府から言わせるになかなか汎用性があるスキルとされているものを所持している。ランク付けをするなら、政府の判定書から引用するにAAといったところだろうか。まさに前途有望である。
医者でも、建築士でも、なんなら軍人からも優遇されているスキルだ。
これこそレールの敷かれた人生だろう。むしろ整備が整い過ぎていて気持ちが悪い。
言葉の通り「再構築」は何もかも原子レベルで物を「再構築する」スキルだ。ちぎれた体のパーツから、再現困難な武器や建築材まで、なんでも構築出来てしまうのだ。なんなら人工生命だって生み出せると噂されることもある。
ここまで聞けばSランク相当のスキルだけど、欠点としては錬金術と同じく代償が要求されることにある。とはいえ余程複雑で神聖なものでなければ髪の毛一本、強いていえば小指の爪一つでもの足りる。
なんと有用なスキルだろうか。と諸君は思うだろう。実際需要性は滅法高いことは事実である。だが、想像してほしい。これだけ生産性があって有用なスキルだ。さては家畜のように働かされるのではないか、とな。
実際、ただでさえ希少な「再構築」の能力者の8割の死因は過労だ。明らかに改善が必要なのに、政府からはなんの規制もなし。それにどうも一番過労者を出している職場は政府らしい。ここまで聞けば「再構築」の能力者はまさに奴隷であり、家畜だ。だがそれに反して「再構築」の能力者はお金持ちであり、社会的地位も高い。
それでも、僕は納得ができない。そもそも毎日、飽きもせずに同じようなことを繰り返し行う行為に対する耐性はどうも僕にはないらしい。僕は周りの者たちに問いたい。貴様らの前世は産業革命によって造られた機械なのか?と。僕は感情が薄い人間だと自覚している。だが、機械のように働く周りの者たちのようになりたいとは一度たりとも思ったことはない。社会不適合者と言われるのは覚悟の上だ。
それでも目の前のことには真面目に取り込む僕がいる。なんとも矛盾している。
僕はただただ空虚の毎日を過ごしていた。
彼女と出会うまでは。
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「はい、次の方どうぞ」
受付の女性がこちらを見て微笑む。
どこか事務的な笑みに僕は応えた。
「3年5組 8番 皐月 夜兔。 能力は高速再生です。」
受付の隣にいる男性が僕を睨む。
どうやら彼がいわゆる「嘘探知機」らしい。
なんでも心拍数などを感じ取れるようで、不正を防いているらしい。
「いい能力だね。では、次の方」
あっさり突破できてしまった。
能力偽装の罪は重い、がいいように使われるのはもっと気にくわない。もともと平気で嘘をつける性分なので、少し練習すれば心音のコントロールぐらい簡単にできた。
ペンが走る音がした後、僕は平静を装い、自分の教室へと踵を返した。
今日は体力検査の日。高3になった僕達の能力は今日を持って正式に政府のデータベースに乗ることになる。
僕の能力の発現が一番遅かったが、最初は無能力者の可能性が高いと担任に言われた。
全人口の8割以上が能力者なのだから、必然的に無能力者は差別の対象となる。
当初はなんとも思わなかったが、今改めて思うと面倒なことになっていたのかもしれない。
能力の発現のきっかけは事故だった。
曲がり角で僕はトラックに轢かれた。一番重症な足は潰れて目にも当てられない。当然切断した。だがこれでは一般生活に支障が出る。そう思い、少し抵抗してみたのだ。
そしたら元通り、ちぎれた足は修復されたのだった。
保健の先生には大事にならないように高速再生能力が発現したと告げた。が、もちろんそんなわけがない。
足が治る間に、再生能力に必要な再生の過程がまるでなかった。
まるで最初からそうだったかのように離れた足の先から無事な部位ごと足そのものが構築されて戻ったのだ。
薄々自分でも気がついていたが、思いつきで銃が生成できたことから僕は自分の能力が「再構築」だと確信した。
だが少しおかしなところもある。「再構築」には犠牲が付きまとう。もちろん犠牲は支払われた。だが、犠牲にされた者は僕じゃない。
考え抜いた末、僕はセカンドスキルの存在に思い当たった。世界で100万人もいないと言われるスキルを二つ所持している者。人々からは「セカンダー」とよく言われる。もし僕がそうであれば色々と説明が付く。
能力の発現が遅いのはセカンダーの特徴でもある。それに僕が支払うはずの代償を他の人に強制的に支払わせるのは「再構築」ではなく、何か別のスキルが発動していれば理にかなう。そんな代償を押し付けるようなスキル、僕は聞いたことのないスキルなので「サクリファイス」と名付けてみた。世界に一つしかないユニークスキルなのかもしれない。
これを利用して、実験がわりに本来なら片腕を犠牲にしないといけないが、野良猫の尻尾と引き換えにダイヤモンドを手に入れた。宝石類はコストが高いゆえどのぐらいの犠牲が出るのか把握したかったのだ。
どうやら人間の腕は猫の尻尾と同等の価値らしい。
それからいろんな本来なら躊躇う犠牲を伴うものを片っ端から再生していった。犠牲者は小動物や昆虫に絞っているため、大して問題にはなっていない。
そしていつもの放課後。野良猫がよく出没する今は誰もいない廃病院で実験の続きをしようとしていたところ、僕は彼女と出会ってしまったのだ。