桜の王子様 8
そろそろ店を閉める時間だ。
だけど、桑野くんが来ない。
どうしたんだろう。
「昨日の男の子、今日は来ないんだ」
俺の考えを見透かしていたかのように、
彬さんが言う。
「彬さん、桑野くんのことご存知なんですか?」
「昨日来たからね。那智くんが休みって知ってガッカリしてたけど」
「そうでしたか」
「今日も那智くんが裏にいたとき、那智くん目当てで女の子が来てたんだよ」
「那智くんて、男にも女にもモテるのね」
彬さんと美華さんにからかわれて、
俺は苦笑いを返す。
その女の子はともかく、桑野くんはそういう意味じゃないと思うけど。
だって男性だから。
「今日は来ないみたいね、アイツ」
「あはは、別に約束しているわけじゃないですから」
「あ、噂をすれば」
店の外に影が見えた。
おそらく桑野くんだろう。
「では、お先に失礼します」
「お疲れ様、那智くん」
荷物を持って、俺は外に出る。
でも、いたのは桑野くんじゃなかった。
桑野くんよりも小柄な・・・知らない女性だった。
「あの、桜庭那智さん・・・ですよね」
「はい、そうですけど」
「お話聞いてもらってもいいですか?」
女性は、頬を赤らめながら言う。
よく見ると、指先がもじもじと動いている。
ひょっとしたら、
さっき彬さんが言っていた俺目当ての女性って、この人なのかもしれない。
ということは、お話って・・・
「わかりました」
俺が笑顔で応えると、
女性は嬉しそうに歩き出した。
ああ、やっぱり可愛いな。
女の人が嬉しそうにしているだけで、俺まで嬉しくなってくる。
建物の影に移動すると、
女性が下を向いてモジモジし始める。
きっと今、
どう切り出していいのかわからず、困っているに違いない。
俺は告白してもらってもお付き合いできないから、
悲しませることになってしまう。
だけど、落ち込んでもすぐに前を向けるように、
誠意を持ってお断りしなくては。
「話って、なんでしょう?」
促すと、
女性が意を決したように拳を握る。
そして、俺の顔をまっすぐに見た。
「あの、桜庭さんって・・・お付き合いしている人、いますよね?」
予想していない質問に、頭の中にはてなマークが浮かぶ。
マイナス思考なのかな?
「・・・いませんよ」
「でも、うちの学校で噂されてますよ。
同じ学校のテニス部の方とか、大学生の方とかとお付き合いされてるって。
それに・・・経験人数は100を下らないって」
・・・その噂、誰が流したんだろう。
テニス部に親しい知人はいないし、大学生に知り合いなんていない。
さらに言うなら、経験人数なんて100人どころか・・・
「ただの噂ですよ。まったく見に覚えがありませんから」
笑顔でさらりと答えると、
女性は安堵のため息をつく。
そして・・・
「――嘘ついてんじゃねぇよ!このヤリチンが!」
固いものが、俺のお腹を突き上げた。
「うぐ・・・っ」
あまりの衝撃に、その場に膝をつく。
蹲る俺の髪が、上に引っ張られた。
目の前には、悪魔のような顔をした女性。
どう・・・して?
女の人はみんな、
可憐で美しい・・・はずなのに。