桜の王子様 6
今日のお昼休みも、
俺は女子生徒たちと中庭にいた。
「で、朝美ったらそのコート、ダサいって言うの!」
「そんなストレートに言ってないでしょ!そのボタンおかしくない?って言っただけで」
「言ってるじゃん。酷いよね、桜庭くん」
「あはは、うーん、どうかな」
最初は他愛もないトークだったのに、
気がつけば二人とも喧嘩腰になっている。
こういうときはどちらの味方をすればいいのかわからないから、
ちょっと困る。
でも、何でも言い合える関係って、
いいな。すごく。
・・・あれ?
なんだか視線を感じて、
あたりを見回す。
あ、
2階の窓から
桑野くんが俺を見ていた。
俺に用があるのかな。
「聞いてる?桜庭くん」
「え?・・・あ、ごめんね」
「ほら、真帆がしつこいからだよ」
「はぁ?あんたが認めないからでしょ?」
・・・二人の口論は決着が付きそうにない。
「あ・・・」
もう一度見ると、桑野くんの姿はなかった。
いったい
俺に何の用だったんだろう。
その日の夜、キョロキョロとあたりを見回していると、
美華さんが不思議そうな目で見る。
「何探してるの?那智くん」
「いえ、探し物じゃないんですが、誰かに見られている気がして」
「誰かにって、誰に?」
「わかりません」
心当たりはあるけれど、
学校ならまだしも、お店にいるはずがない。
「でも、まあ那智くんなら誰に見られていても不思議じゃないわよね」
「・・・どうしてですか?」
「だって那智くんほどのイケメンだもの。遠くから見つめる女の子がいても不思議じゃないじゃない」
「あ、あはは・・・」
得意げに言う美華さんに、
俺は苦笑いを返す。
その可能性も0ではない。
でも、こんな夜に女の子が一人でいるのなら、
俺は彼女の身の危険の方が心配になってしまう。
そんなことを考えていると、
外を見ていた美華さんががっかりしたように言う。
「・・・残念。那智くん」
「はい」
「女の子じゃないみたいよ」
え・・・?
美華さんの方を向くと、
続いて誰かが店内に入ってくるのがわかった。
・・・桑野、くん?
「あんた、また那智くんに暴力ふるいに来たの?」
「あ?ちげーよ。ババァは黙ってろ」
「・・・ば、ババァですって!?」
美華さんが桑野くんをグーで叩き始める。
「いて、いってーな、この、そっちが暴力ふるってんじゃねぇか!」
「あんたが酷いこと言うからでしょ!このガキ」
「・・・んだと!」
・・・なんだろう。この状況。
とりあえず、止めた方がいいのかな?
「く、桑野くん」
「あぁ?」
ギロリと睨まれてしまい、
俺は伸ばしていた手をすぐに引っ込めた。
「もう閉店なんだけど、花買いに来たのかな?」
「ちげーよ!お前と・・・」
「え?」
「あ、いや・・・つーか」
突然、桑野くんがしどろもどろになる。
今までの勢いが失速していった。
「お、お前に何かあったら妹が悲しむから、
その・・・、あ、あいつのためにお前を、お・・・送って、やろう・・・かと」
最後の方は、ほとんど聞こえない。
桑野くんの顔は真っ赤になっていて、
耳までも赤く火照っていた。
・・・もしかして。
「家まで送ってくれるっていうこと、かな」
「・・・・・・」
桑野くんは何も答えない。
無言イコール肯定、なんだろうな、きっと。
その様子を見ていた美華さんが、堪えきれずに吹き出した。
「あははは、もう、なんで那智くん相手に照れてんのよ!」
「う、うるせー、笑うな!皺増えるぞ」
「はいはい。あー可笑しい。・・・じゃあ那智くん、今日はもうあがってちょうだい」
「え?で、でも、まだ片づけが残っているので」
残っているのは力仕事ばかりだ。
美華さんにお任せするのは、男として間違っている。
そう思っていると、いきなり横から手が伸びてきて、
俺の目の前の鉢を持ち上げた。
「これ、どこに置くんだ?」
「こっちこっち。落とさないように気をつけてね」
どうやら桑野くんは、
片づけを手伝ってくれるらしい。
どうしてそこまでして俺を送りたいのか、
まったくわからなかった。