桜の王子様 5
次の日、学校へ行くと
すれ違う女子生徒みんなに心配されてしまった。
「桜庭さん、その傷どうしたんですか?」
「まさか誰かに・・・?」
「ううん。ちょっと転んじゃって」
できるだけ心配させないように、
にこやかに対応する。
でもそのたびに、少しだけ傷が痛んだ。
「おい」
「・・・え?」
急に低い声に話しかけられて、顔を上げる。
そこに立っていたのは、
昨日俺にこの傷を負わせた張本人だった。
・・・そうか、
同じ学校の、同じ学年だったんだ。
「な・・・なにかな?」
周りに怪しまれないように平静を装うと、
相手・・・桑野くんが眉を顰めたのがわかった。
「ちょっと来い」
それだけ言うと、桑野くんは歩き始めてしまう。
向かう途中、周りの生徒の声が耳に入る。
「桑野だ。久々に見た」
「まだ学校に来てたんだね。とっくに辞めたと思ってた」
あの強面に口の悪さ、態度の悪さから、
評判はあまり良くないようだ。
男性は粗野で乱暴。
その典型的な例だ。
桑野くんは階段の踊り場まで来ると、足を止めた。
奇しくも、俺が前に紅ちゃんと話した場所だ。
こっちを向いた桑野くんは、
俺に手を差し出す。
その瞬間、
「・・・っ!」
昨日の恐怖心が蘇って、
思わず後ろへ下がってしまった。
大丈夫。
誤解は解けたんだし、殴られるはずがない。
そう頭ではわかっているのに・・・
「ったく、ビビってんじゃねぇよ」
桑野くんは呆れながら紙袋を床に置く。
そして1歩、後ろに下がった。
これは・・・
俺はようやくその紙袋に触れ、中身を確認する。
・・・花?
「これは?」
「昨日お前が潰したやつ、それだろ」
「え?」
俺は中の花をよく見る。
昨日俺が潰したのは、ダリアだ。
でもこの花は、ダリアじゃない。
「違う・・・よ」
「はぁ?違わねぇよ。菊だろ?菊」
「あの花はダリアっていう花だから」
「・・・マジかよ」
桑野くんがため息をついて、紙袋に手を伸ばす。
反射的に、俺は紙袋から離れた。
「・・・じゃあいい」
桑野くんがそれを持って、階段を下りようとする。
「待って!」
俺の呼び止める声に、桑野くんが振り返る。
だって、花は違ったけれど、
桑野くんが買ってきてくれたことは事実だ。
それを俺に渡そうとしてくれたことは、
彼なりの謝罪なのかもしれない。
絶対に花に疎いだろう桑野くんが、
俺のために一生懸命花を探してくれた。
それだけで、十分だ。
「そのお花、貰ってもいいかな」
「・・・好きにしろ」
桑野くんが紙袋を階段に置く。
そしてそのまま階段を降りていった。
「桑野くん」
「あ?」
「・・・ありがとう!」
笑顔でそう言うと、
桑野くんは何も言わずに歩いていってしまった。
紙袋の中には、
たくさんの菊の花。
ひょっとしたら彼は、
そこまで悪い人じゃないのかもしれない。