桜の王子様 4
「お兄ちゃん!」
聞いたことのある声。
混乱した頭で必死に思い出す。
この声は・・・
「紅、兄ちゃんがきっちり落とし前つけてやるからな!」
やっぱりそうだ、紅ちゃんだ。
ということは、この男性は紅ちゃんの・・・
「この野郎がお前を泣かせたんだろ?
お前が心を込めて書いたラブレターを返しやがったんだろうが!」
ラブ・・・レター?
「ち、違うの。あれはラブレターじゃなくて、お、お金なの!」
「金?」
「何やってるの!」
美華さんの声がして、
男性は俺から手を離した。
苦しかったけど、
俺は急いで身体を起こす。
だって飛ばされたとき、
花を下敷きにしてしまったから。
「・・・あら?あなたこの間の」
「この間?」
「3日ほど前にうちに来たお客さんよね。
うちで花束買って、そのまま那智くんに渡して帰っちゃった」
「・・・は?」
「桜庭さんは、その花束のお金を返してくれたの。
じ、自分のために使ってって」
紅ちゃんが必死に男性に説明をしてくれている。
男性の怒りも、少しずつ収まってきているようだった。
「で、でも、噂になってんぞ。お前がこいつに告白して振られたって」
「ち、違うから」
「とにかく!」
美華さんが携帯電話を取り出す。
「理由はどうであれ、あなたがうちの従業員に暴力を振るったのは間違いないんだから、
警察に連絡するわよ」
・・・だめだ。
そんなこと、誰も望んでいない。
誰も・・・笑顔になれない。
「美華さん、俺・・・大丈夫です」
立ち上がって、美華さんの携帯電話を取る。
すぐに通話を切った。
「那智くん」
「それよりも、潰してしまった花の代金、給料から引いてください」
「いいわよ。今日売れなかったから処分するつもりの花だもの」
「それを僕が買ったっていう体で・・・お願いします」
ニコッと笑って美華さんに携帯電話を返すと、
美華さんは納得のいかない顔で受け取った。
「さ、桜庭さん!」
呼ばれて紅ちゃんの方を見ると、
今にも泣きそうな顔で必死に頭を下げていた。
「兄がご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした!」
紅ちゃんがここまで頭を下げているのに、
隣の男性はまったく謝る気配がない。
きっとプライドが高いんだろう。
それなら、仕方ないか。
「紅ちゃん、この間言ったこと、覚えてる?」
「えっ」
「紅ちゃんには、笑っていてほしいな」
俺が微笑むと、
紅ちゃんも一生懸命笑おうとしてくれる。
それでいいんだ。
可愛い女の子には、
悲しい顔なんて必要ない。
二人が帰った後、
「那智くん、優しすぎるわよ」
と、美華さんに呆れられてしまった。