桜の王子様 2
「那智くんごめーん、この鉢植えそっちに置いくれる?」
「わかりました」
美華さんから鉢植えを受け取って、
指示された場所に置く。
店先に置くと、
丁度、初老の女性に話しかけられた。
「あなた、ここの方?」
「はい、いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「ちょっとプレゼント用のお花を見繕っていただきたいのだけれど」
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
ここは俺がアルバイトしている花屋さんで、
根尾夫婦が営んでいる。
さっき俺に鉢植えを置くよう指示したのが、奥さんの美華さん。
今カウンターで女性の話を聞いているのが、旦那さんの彬さん。
俺は花に関しての知識が乏しいから、
接客や力仕事担当で雇ってもらえた。
実際、俺の接客を評価してここに来てくださるお客さんも多く、
美華さんが「女性のお客さんが増えた」と喜んでいた。
なにはともあれ、美華さんが喜んでくれるなら俺も嬉しい。
・・・あれ?
あの制服、うちの高校のだ。
そして、あの子は確か・・・
「いらっしゃい」
「え?・・・きゃあっ!」
店の中ばかり見ていて、俺が近くにいることに気がつかなかったんだろう。
話しかけると飛び上がって、数メートル離れてしまった。
「今日のお昼に誘ってくれた子、だよね」
「お、覚えていてくださたんですね」
「うん。紅ちゃん、だっけ?」
「は、はい!く、桑野紅、です」
やっぱり顔を赤くしながら、もじもじしてしまう。
・・・可愛いな、紅ちゃん。
「今日は花を買いに来たの?」
覗き込むようにして、笑顔で話しかけると、
赤かった顔が、より赤くなった。
このまま蒸発しちゃいそうだ。
「は、花、です。はい」
「じゃあ、中でお話聞かせてくれる?用途に合ったお花、作るからさ」
中に入ると、彬さんはまだ接客中だった。
じゃあ、俺が聞いてみようかな。
「えっと、プレゼント用かな?それともお見舞いとか?」
「・・・プレゼント用です」
「予算はどれくらい?」
「と、特には・・・」
「お相手の年齢とか雰囲気とか、差し支えない程度に教えてくれる?」
「え、えっと・・・」
紅ちゃんがまごまごしている。
そんなに表現しにくい相手なんだろうか。
「さ、桜庭さんの・・・」
「うん?」
「桜庭さんの好みで、お願い、します」
「・・・俺の?」
困っていると、後ろから美華さんが「作ってあげたら?」と言ったので、
とりあえず作ってみることにした。
オレンジのバラとコデマリを合わせ、
ガーベラを数本入れる。
「こんな感じでどうかな?明るすぎる?」
訊ねると、紅ちゃんは首を振って頷いてくれた。
どうやら満足してくれたらしい。
会計は美華さんに担当してもらって、
俺は花の水遣りを・・・
と思ったら、紅ちゃんがこっちを見ていた。
「ありがとうございました。また明日」
「あ・・・あの、これ!」
突然、手に持っていた花束を俺の胸に押し付ける。
そして紅ちゃんは、そのまま走り去ってしまった。
「え、ちょっ、・・・えぇ?」
意味がわからなくて美華さんの方を見ると、
美華さんは笑いながら、
「最初から、那智くんにプレゼントするつもりだったのよ、あの子」
と、言われてしまった。