桜の王子様 16
「で、美華さんに褒めてもらえたんだ。
やっと花の種類が区別できるようになったねって」
「・・・・・・」
「それが俺、すごく嬉しかったんだ」
一通り話し終えたところで、
桑野くんの顔を覗き見る。
5分くらい話したから、
もう寝てるかな。
「桑野くん・・・寝ちゃった?」
「・・・・・・寝てねぇ」
返ってきた声は、明らかに寝ぼけた声だった。
きっと今、まどろんでいる最中なのだろう。
「・・・まだ、話せ」
桑野くんに促されて、
俺は次の話を考える。
「じゃあ、これは同じクラスの女の子の話なんだけど――」
俺はクラスメイトの活発な女の子を話をする。
続いて、いつも喧嘩ばかりしているクラスメイトの話。
体育の授業で起こった驚きの話。
近所にいる猫とその飼い主らしき人の話。
「たくさんいて可愛いんだけど、みんな種類が違うような気がするんだよね」
そして、バイト先の話。
小さな女の子が花束を買いに来た話。
彬さんが若者の言葉を理解できなかった話。
美華さんが強面のお客さんと言い合った話。
・・・そういえば、
こんなに話をするのって、初めてかもしれない。
だって、いつも周りの女の子たちが話していて、
俺はいつも聴く側だったから。
俺の話を聞こうとしてくれる人なんて、
いなかったから。
だから、話していて気がついた。
こうして自分から話ができるっていうことが、
こんなにも楽しいことなんだ、って。
「桑野くん」
「・・・・・・」
「・・・ありがとう」
すでに夢の中に入ってしまっている桑野くん。
薄く開いた唇に、
自分の唇を重ねた。
さっきまでは緊張して心臓が破裂しそうだったのに、
今はどちらかというと、穏やかな気持ちだった。
俺の話を聞いてくれた代わりに、
桑野くんの風邪を受けたい。
そう思って、キスをした。
これで桑野くんの熱が下がればいいのに。
明日からは、
体調万全の桑野くんと会えたらいいのに。
店先に出ている花を片付ける。
心を躍らせながら。
今日も一日が終わった。
もう閉店の時間だ。
ということは、
今日も桑野くんに会える。
あの二人だけの空間を
堪能できるんだ。
あ、ほら。
見慣れた人影が、近づいてくる。
「那智くん、いいわよ。上がって」
「はい、お疲れ様でした」
美華さんに指示されて、
俺は片付けの手を止める。
荷物を持って外へ出ると、
桑野くんは歩き出した。
俺は急いで横に並び、
「今日、親子連れのお客さんがいて」
いつものように、話し始める。
桑野くんは嫌がりもしないで
俺の話を聞いてくれる。
このかけがえのない時間が、
俺は好きになっていた。