桜の王子様 14
玄関のドアを開けて、入って閉める。
リビングに行ってソファに倒れこんだ。
「・・・・・・」
唇に指で触れる。
・・・柔らかい。
でも、
さっきの桑野くんの唇の方が、もっと柔らかかった。
柔らかくて、熱くて、
ぎこちない・・・キスだった。
きっと桑野くんは、俺に風邪をうつしたかったんだと思う。
「離れろ」って言ってたけど、結局「うつされろ」って言ってたから。
桑野くんにしてみれば、目的のあるキスだったんだろう。
でも俺にとっては、
生まれてはじめての、キスだった。
まだ実感がないのか、
驚くくらい、何の感情も湧き上がってこない。
男性相手に奪われたショックも、不快感も、怒りも、
全然感じない。
ただ、桑野くんの唇の感触のみが、
ずっと残っていた。
次の日、学校で紅ちゃんに訊ねると、
やっぱり今日も桑野くんは休んでいるようだった。
熱がなかなか下がらないらしい。
今日はバイトが休みだ。
ということは、今日が金曜日だから、
明日バイトが終わるまで桑野くんに会えない。
・・・なぜだろう。
そう考えると、ちょっと寂しくなった。
仲が良いわけでもないのに、
会ったからって大事なことを話すわけでもないのに。
なぜなんだろう。
「紅ちゃん、何度もごめんね」
「は、はい!」
「ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
可愛く首を傾げる紅ちゃんに、
俺はあるお願い事をする。
すると、紅ちゃんの顔が
みるみるうちに赤くなっていった。
紅ちゃんは鍵を開けて、家の中へと進んでいく。
俺もつづいて家の中にお邪魔した。
2階に上がり、2つのうち1つのドアを紅ちゃんがノックする。
ドアを開けると不機嫌な声が返ってきた。
「帰ってきたってことは・・・もう夕方かよ」
「ただいま、お兄ちゃん」
「ああ。・・・・・・っ!」
ベッドに横になっていた桑野くんは、
俺の姿を見て大げさなくらいに驚く。
「な、なんでお前がうちにいんだよ!」
「桜庭さん、お兄ちゃんの看病手伝ってくださるって」
「そんなもんいらねぇよ!つーかお前、バイトはどうした!」
「今日は休みだよ。・・・紅ちゃん、あとは俺がするから、紅ちゃんはゆっくりしていて」
「は、はい。ありがとうございます」
紅ちゃんはぺこりと頭を下げると、
静かに部屋を出て行った。
「・・・ったく」
呆れているのか、桑野くんがため息をつく。
「何しに来た。紅に嘘までついて」
「嘘?」
「看病とか、する気ねーだろ」
「あるよ」
俺は桑野くんを見つめて、答える。
「だって、桑野くんが熱を出したのは、俺のせいで・・・」
そこまで言って、ふと気がつく。
今の桑野くんは髪がセットされていなくて、
いつもより子供っぽい雰囲気だということに。
そして、あの唇で俺に・・・・・・
「・・・っ」
途端にカッと熱くなる。
心拍数が急上昇する。
ちょっと見ただけなのに、
恥ずかしくてしかたがない。
ど、どうしよう・・・
「き・・・キス!」
しまった!
考えていたことをそのまま言っちゃった。
慌てて口を塞いだけど、遅かった。
桑野くんも、赤かった顔がもっと赤くなっていく。
なにか言わなきゃ。
「き、キス・・・してくれた、けど、か・・・風邪、うつらなかった、し」
「・・・おう」
「えっと・・・その、だ、だから」
「・・・・・・」
頭がうまく回転しない。
言いたいことが伝えられない。
こんなにもドキドキして、緊張するなんて、
美華さん以外では、はじめてだ。
「おい」
「あ・・・」
桑野くんが俺に向かって手を伸ばす。
無意識にビクンと身体を震わせてしまった。
それを見た桑野くんが眉を顰める。
「・・・変なことされたから、また俺が怖くなったか」
「ち、違う!」
今のは、本当に違う。
「さ、触られたら、緊張してるのバレるから」
「は?」
「・・・恥ずかしい」
呟くように言うと、
もっともっと心臓の音が大きくなった。
このままだとドキドキして、壊れそうだ。
この現象は、いったい何なんだろう。