桜の王子様 11
ずっと、笑っていた。
笑えば女の子がカッコいいって言ってくれた。
男の子も俺を嫌うことはなかった。
だから、
どんなときも笑っていた。
だから、ずっと前から俺は
泣くという行為をしなかった。
でもそれは、表に出さなかっただけで、
涙はずっと溜まっていたんだと思う。
俺が今までずっと溜め込んできた涙を、
桑野くんは受け止めてくれたんだ。
俺がようやく落ち着き始めると、
桑野くんの頭を撫でる手も止まる。
「・・・・・」
ちょっとだけ、寂しかった。
もっと撫でていてほしかったのに。
もっと、側にいてほしいのに。
「さて、帰るか」
桑野くんは俺から離れて伸びをする。
あ・・・
「桑野くん、これ」
「あ?いいから着てろ。顔隠れんだろ」
「でも桑野くん、半袖・・・」
「これくらいなんでもねぇよ」
桑野くんが歩き出す。
いや、この2月に半袖なんて、
絶対になんでもなくない。
俺がこれを着ていると顔を隠せるから、
だから無理をしてくれているんだ。
「・・っ」
俺は急いで桑野くんの横に並び、
ぴったりとくっついた。
「な、なんだよ」
「少しでも温まってほしいな、って思って」
「・・・・・・あほ」
困っているのか照れているのか、
桑野くんはそのまま歩く。
確かに、桑野くんを温めたいと思った。
でも本音を言うと、
桑野くんの温かさを感じていたいとも思っていた。
「桑野くん、ありがとう」
「あ?」
突然俺がお礼をいうから、
桑野くんからは驚いた声が返ってくる。
「いつも俺を送ってくれていたのは、
俺が誰かに襲われないようにだったんだね」
「お前、人から恨まれてそうだからな」
「恨まれるようなこと、した覚えないんだけどね」
「・・・お前なぁ」
呆れたような声が聞こえて、
桑野くんが立ち止まる。
顔を上げると、
目の前に俺の家があった。
「さっきのことで懲りただろ。
お前が何もしていなくても、お前を恨む奴が適当な噂流してああいうバカ女に勘違いされて、
襲われることだってある」
「あ・・・」
「つーか、俺もその一人だし。
お前が妹を泣かしたと勘違いして、お前を殴っちまったから」
桑野くんが振り返る。
そして、俺がかぶっていたフードを脱がせる。
「・・・っ」
桑野くんに、顔を見られる。
笑顔じゃない、俺の顔を。
桑野くんも一瞬驚いていたけど、
息を吐いて、真剣な顔で俺を見つめた。
「あのときは・・・悪かった」
・・・え?
どうして今になって謝るんだろう。
全然気にしてなかったのに。
「・・・・・・」
桑野くんはその後何も言わずに、
歩いて行ってしまった。
・・・でも、桑野くん、
耳まで真っ赤だった。
これは俺の憶測だけど、
桑野くんが俺を守ってくれていたのは、
罪滅ぼしなんじゃないかな。
あの日、俺を殴ってしまったことの。
じゃなきゃ、今まで存在もわからなかった男を守ろうなんて、
思うはずがない。
そしてずっと、
俺に謝ってくれようとしていたんだと思う。
そんなこと、全然気にしなくてもいいのに。
きっと桑野くんは、
粗野で乱暴者だけど、
シャイで不器用で多少強引なところもあって、
優しくて正義感の強い人なんだ。